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カテゴリ:ニンニク
2019年 01月03日 にんにく その後も 育ち具合はよし 01月12日 にんにく 元気だけど 雑草もよく生えてきているなあ 01月20日 にんにく 元気で たくさん 残っている 02月09日 にんにく その後も 元気である 02月16日 にんにく その後も まあまあである 02月23日 にんにく 雑草だらけになっている 除草が必要だなあ 03月02日 にんにく 4月にはトウの収獲となり 5月には収獲の予定なり 03月09日 ニンニク 雑草とりしておいた これで よし 03月16日 ニンニク 見事に育ってきている 03月23日 ニンニク その後も 生育は 良し 03月31日 ニンニク 見た目も見事になってきているなあ 04月06日 ニンニク 4月になれば ニンニクのトウができてくる 収獲していこう 04月13日 ニンニク トウがついてきている 04月20日 ニンニク トウは どんどん 収獲していこう 05月05日 ニンニク また トウがついてきている 収獲していこう 05月25日 ニンニク 葉も 枯れてきている 06月01日 ジャンボ ニンニク 3本生えていたので 収獲をしておいた 06月02日 ニンニク 全部を 収獲しておいた 秋のニンニク 08月24日 ニンニク hcで売られていたので 500gのを買ってきた 08月25日 芽ニンニク これも 500gのものをかってきておいた 09月23日 ニンニク バラバラにして g-07の畝に植え付けておいた 09月29日 芽にんにく こちらも g-09の畝にうえて もみがらかけておいた 10月14日 芽ニンニク 発芽してきている 大量に植え付けている 10月20日 ニンニク 発芽してきている たくさん 植えている 10月22日 芽ニンニクこちらは 成長がやや早いなあ 10月26日 ニンニク 発芽して 元気にそだってきている 10月27日 芽にんにく こちらは 派手に発芽して にぎやかだなあ 11月03日 ニンニク 大量に発芽してきている にぎやかになってきた 11月04日 芽ニンニク こちらも 元気になってきている 11月09日 ニンニク たくさん植えている 生育も良し 11月10日 芽にんにく こちらも 生育は良い 11月11日 ニンニク こちらも 生育はいい感じになっている 12月08日 芽にんにく もみがら かけておいた もみから 役に立つ 12月09日 ニンニク こちらも もみがら しっかりと かけておいた 12月14日 ニンニク 再度 もみがら大量にあるので 追加でかけておいた 12月21日 ニンニク その後も もみがらの中で順調である 12月22日 芽ニンニク こちらも もみがら かけている もみがらマルチなり 2020年 01月01日 ニンニク もみがらで 暖かくしている マルチが役に立っている 01月02日 芽にんにく これも もみがら たくさんかけている 01月03日 ニンニク 生育は良い 何もしなくても 生育は 良し 01月04日 芽ニンニク これも 生育は良し 01月11日 芽ニンニク もみがらの中 マルチの保護で 生育は良し 01月12日 ニンニク こちらも もみがらのおかげで 元気である 01月19日 芽ニンニク 霜で真っ白け 霜はやはり怖いものだなあ 01月25日 ニンニク 霜のあとでも まあ 元気だなあ もみがら役に立っているかな 01月26日 芽ニンニク マルチともみがらで やはり 効果があるようだなあ 02月01日 ニンニク 2月になっても 元気なり 02月08日 ニンニク 霜と氷点下の時期を通過中 02月09日 芽にんにく こちらも 元気なり 02月15日 ニンニク 鶏糞をかけておいた 認識論 おべんきょうその06 哲学的認識論と科学的認識論 認識論は、今日、「哲学的認識論」と、20世紀にフランスで生まれた「科学的認識論」の二つに大別され、哲学的認識論についても古典的認識論と現代的認識論の区別が必要であるとされる[2]。 そこで、以下に、まずは歴史の流れに沿って哲学的認識論について解説する。 哲学的認識論の歴史 アリストテレス アリストテレス(紀元前384年 - 紀元前322年) プラトンは、 知識とは正当化された真なる確信であるという定式を否定したのだが、 その理由は「ある事」を確信しているということは、その正当化の理由となる「ある事」を既に知っているからであるという循環論法を疑ったからである。 これに対して、 アリストテレスは、 知には常に何らかの前提が存在していることを否定せず、 ある事を確信している場合、 その前提となっている理由はその都度問われても良いと考えた。 また、プラトンは感覚を五感に制限せず、「精神の目」と呼ばれる内的感覚を認めていたが、 アリストテレスはこれを否定し、 広い意味での経験によって得られるもののみを知と見て、 知の諸形式を知覚、記憶、経験、学問に分類した。 さらに、アリストテレスは、その学問体系を、 「論理学」をあらゆる学問成果を手に入れるための「道具」(希: organon)であるとした上で、「理論」(テオリア)、「実践」(プラクシス)、「制作」(ポイエーシス)に三分し、 理論学を「自然学」と「形而上学」、 実践学を「政治学」と「倫理学」、 制作学を「詩学」に分類した。 アリストテレスによれば、 形而上学は存在するものについての「第一哲学」であり、 始まりの原理についての知である。 また、彼は、その著書『形而上学』において、 有を無、無を有と論証するのが虚偽であり、 有を有、無を無と論証するのが真であるとした。 そこでは、「有・無」という「存在論」が基礎にあり、これを「論証する」という「判断」が支えている。 そこでは、存在論が真理論と認識論とに分かちがたく結び付けられている。 アリストテレスの学問体系は、 その後、トマス・アクィナスらを介して古代・中世の学問体系を規定することとなったが、 そこでは、認識論的・真理論的な問題は常に存在論と分かちがたく結び付いていた。 そのため、形而上学の中心的な問題は存在論であったのである。 はた坊 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.02.16 22:00:08
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