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JINさんの陽蜂農遠日記

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2021.02.17
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カテゴリ:綾瀬市歴史散歩
【綾瀬市歴史散歩 目次】​👈リンク

更に「蓮光寺」の境内散策を続ける。
「十三重塔」。



そして「水子地蔵」。



「赤子像」。



「本堂」前には8体の仏像が並ぶ。



左から
阿弥陀如来 西方極楽浄土にあたってすべての人々に往生を約束する。
不動明王  優しい導きを拒む愚かな者をおそろしい顔付きで𠮟り、救う。



左から
大日如来  宇宙の果てを突き抜けてあらゆるものを照らし続ける。
勢至菩薩  智慧の光であまねく人々を照らし智慧の力で救う。



左から
普賢菩薩  幸福を四方八方に行き渡らせあらゆる御利益をもたらす。
文殊菩薩  「三人よれば文殊の智慧」優れた智慧で教えを説く。



左から
虚空菩薩像  人々の罪を取り除き、幸福と智慧 超人的な記憶力を授ける
千手観音菩薩 千本の手と千個の眼であらゆる願いを見届け、かなえる。



そして「子育延命地蔵堂」。



内陣。
本堂は昭和62年改築され、内陣にあった欄間彫刻など地蔵堂内に保存されて
いたのであったが・・・・・。



ネットより「欄間彫刻」を。


 【https://www.city.ayase.kanagawa.jp/hp/page000018300/hpg000018230.htm】より。

「子育延命地蔵縁起
堂内のお地蔵さんは江戸時代に信心深い人々が相寄リ造像され廻リ地蔵として上土棚の地域戸数
およそ百戸を戸毎にニ、三泊ずつしては人に背負われて巡廻し、地域の人々の厚い信仰を
得ていた。
昭三十年代後半よリ地域の開発が進み戸も増加し、戸毎に廻ることが困難となリ本堂内に
安置されていた。
昭和六十三年に本堂が改築され勝縁によリこの地蔵堂が建立されここに安置された。
〇堂内には市指定文化財である旧本堂内陣欄間が収納されている。」



「薬師如来堂
万病を治し、寿命をのばし衣食を満たす願いをかなえる。」



「合妃墓 月影之苑」。



「合妃墓 月影之苑について
どなたでもご利用できます。
お気持ちのある方は、寺までご相談下さい。」



阿弥陀如来像。



ズームで。



「無縁仏」の墓石群であろうか。



「本堂」を横から見る。



「蓮光寺七福神
恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、市袋尊、寿老人、福禄寿の神様の総称です。
「七難即滅、七福即生」の説に基づくように、七福神を参拝すると七つの災難が除かれ、
七つの災難が際かれ、七つの幸福が授かるといわれてます。
七福神の信仰は、室町時代の末期の頃より生じ、当時の庶民性に合致して民間信仰の最も
完全な形となって育てられてきました。特に農民、漁民、商人の信仰として今日まて継承され、
今もなお素朴な信仰として私たちの生活の中に生き続けています。」



「恵比寿天
七福神の中では唯一の日本の神様。 鯛を釣る姿は元々豊漁の神だったが、やがて海上交通の
護り神として商家などにも信仰が広がり後に商売繁盛の神として信仰されています。」



「大黒天
全身真っ黒な福の神。元々古代インドのシヴァ神の化身だったが日本に伝来すると大国主命と
神仏集合し、大地を掌握する農耕の神として、また福徳開運の神として信仰されています。」



「毘沙門天
四天王の一人(多聞天)で古代インドの神。唯一武将の姿をしており七福神の護衛役として
七福神の一員として迎えられた。邪気を追い払い、疫病、災害を除く神として信仰されて
います。」



「弁財天
七福神唯一の女神は、元々古代インドの水の神。
川の水音が音楽にたとえられ、古代の神になり、音楽の神になり、雄弁な語り口からやがて
智慧、学問、幸運、財宝、子宝を授ける神として信仰されています。」



「布袋様
中国時代の禅僧。弥勒菩薩の化身とされ、いつも笑顔を絶やさず、大きな袋にお布施を入れていた
からこう呼ばれるようになる。笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。」



「寿老人
不老不死の仙術を極めたとされる神。中国の道教が起源とされ、右手に長寿のしるしの桃を持ち、
同じく長寿を象徴する鹿を連れている。長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。」



「福禄寿
人生の三大目的とされる福(幸福)・禄(出世)・寿(長寿)のすべてを持つ道教の長寿神。
右手に経巻を結びつけたり杖、左手に宝珠を持ち、招徳人望の神として信仰されています。」



「七福神」を振り返る。
七福神のうち唯一日本の神は土着信仰の神である恵比寿だけ。
仏教の布袋、道教の福禄寿・寿老人などは中国から。
そしてインドのヒンドゥー教から大黒天と毘沙門天。
紅一点の弁才天(弁財天)もインドのヒンドゥー教から。
よって室町時代以降、人々は別々に信仰されていた7つの福の神を集め、
七福神としてグルーピングして信仰を始めたのだと。



再び「本堂」を見る。



巨大な「本堂」の屋根。



徳川家の用いた「丸に三つ葉葵」が。



「観音菩薩」。



「観音菩薩 
この世に有って無限に変身して人々の願いを見、聞き入れ救う。」



そしてこの日の最後に「蓮光寺」の墓地を訪ねた。



「市指定文化財 遠山氏累代之墓石群」碑。



「遠山氏累代の墓碑群
清水山徳泉院蓮光寺は、遠山佐左衛門安則により文禄三年(一五九四)に建立された浄土宗の
寺院で、遠山氏累代の菩提寺です。当寺には安則をはじめ、歴代の当主及びその妻子等の
墓碑が三十七基あります。
遠山安則は徳川家康に仕え、天正一ハ年(一五九〇)九月、上土橋村など三百石の所領を与えられ、
その後、二代安次の代には五百石の所領を持っ旗本になり、それ以後、幕末まで上土棚村全域を
支配しました。遠山氏累代の墓碑群は昭和五十六年より市の指定文化財です。」
遠山氏略系図
安則ーー安次ーー安忠ーー安算ーー安速ーー安英ーー景澄ーー景寿
                ❘ー利安           ❘ー景之ーー景利 


「遠山氏累代の墓碑群」。



そしてこの日で「綾瀬市」内の主要神社仏閣等の散策をほぼ制覇終了し帰宅したのであった。


                             ・・・​もどる​・・・

                  ・・・END・・・





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Last updated  2021.09.05 07:24:58
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