相変わらず1年1年が長いね
歳を取ると1年があっという間に過ぎるというが、実感としては、今の所、全くそんなことはない。去年も随分長いなと感じていたが、今年は去年よりも長かったかもしれない。コロナ過が随分昔のように感じる。まるで遥か昔の事のようだ。でも実際は、コロナ過開けてから、まだ1年半ちょっとしか経ってない。去年(2023年)のGW前まで、外出するのはマスク着用、勤務中もずっとマスク着用、という感じだった。あれは随分過去のような気がするんだが…。嫁さんと結婚してから、まだ、たったの10年しか経ってない。独身時代なんて、もうずっと過去、人生の大半は嫁さんと暮らしているような感じさえする。5年前なんて、次男坊が保育園にも通っていないような幼児だ。家事育児に追われていたあの日々に戻れるかと言われると、絶対に戻れない自信がある。自分で言うのもなんだが、あの時の自分は神がかっていた。どんなに自分の体調が悪くても、やることはやっていた。2年前の資産は今の半分だったというのも少し信じられない。資産が今の半分というのは、もうずっと過去の話なんじゃないだろうか。表示される資産の桁にも慣れた。実は、1億円超えて暫くの間は、資産額の変動時の単位が良く分からなくなったりした。証券口座の評価額109,800,000円が112,000,000円になったり108,800,000円になったり、って表示されても、そんなデジタル表示、心に響かない。惰性でシミュレーションゲームやってる感じ。今のポートフォリオでは、流石にもう1億円を切ることはないんじゃないかとさえ思えてくる。当然日経平均が大暴落する可能性はある。けど、どうせ短期的な暴落で、すぐに急反発するんでしょ。いつから株式市場はそんなイージーモードになったんだ、反吐が出る。昔の日本市場は違ったじゃない。もっともっと緊張感あったじゃない。切った張ったの鉄火場だったじゃない。ハードモードだったじゃない。あの頃の投資家、緊張感もって投資をしていたじゃない。今の投資家よりも、ずっとずっとレベルが高かったじゃない。もう自分はあの頃の高いレベルの投資家に戻れないんじゃないだろうか、という危機感がある。この危機感が無くなったら、僕は投資家として終わるのだろう。少なくても、優れた投資家としては終わるのだろう。色々なことが、もう随分昔のようだ。実際、昔のことなんだろう。1年とか2年とか5年とか10年とか、それはもう、恐ろしいほどに、残酷なほどに、取り返しのつかないほどに昔の事なのだろう。