海に咲く花(四) 1
授業参観のあった日。親が来なかったのは、ぼくとイケだけだった。そのことが、ぼく達を強く結びつけていった。 本当は、おじいちゃんが参加してもいいと言ったけれど、ぼくは断った。恥ずかしかったからだ。それに、イケも親が来ないのを知ってもいたから。もしも、親が来ないのがぼく一人だったら、やっぱり寂しかったかもしれない。 いつもと違って、クラスのみんなは、朝からうきうきしている感じがした。何でもないようなことで、いつもよりオクターブ高い声で笑ったりしている。ふざけあって、どたばたしたり。おいかけっこしたり。 参観は、午後からだった。休み時間に、ぼくとイケは図書室に行った。普段よりも、かなり少ない人数だった。行くと必ず図書室にいる顔を知っている人が、来ていなかった。やっぱり、参観日だからなのだろうか。みんな、緊張と嬉しさの混じった気持ちなのかもしれない。ぼくだって、以前はそうだった。「ルイ、ノジのお袋さん、今日来ると思うか。ノジが来てねーけどよ。ノジも今日ぐらいは、来ればいいのによ、なッ」 イケは、突然そんなことを言った。ぼくは、違うことを考えていたので、ちょっと返事に困ってしまった。「ノジのお袋さん、役員だろッ。来ねーわけに、いかねーよな。どうすんだろ」 イケは、ぼくの返事を待たずにしゃべっている。「来るよ、な」「おばさんだけは、来るんじゃないの。どんな人か知らないけど」「ノジに似てるよ。イケてるよ」「ふーん」「ふーん、じゃねーよ。もっと、感動しろよォ」 イケが、そう言ったので、ぼくはちょっと可笑しくなってしまった。イケは、本当に野島さんのことが、好きなんだ。だから、おばさんのことも、気になるのかもしれない。イケは、今日ぐらいは、野島さんも登校すればいいのにと言ったけど、そんなに簡単にはいかないと思う。ぼくがもし、野島さんだったら、登校しない。イケなら、できることだけど。 北くんも、今日は何だか違う。穏やかで平和的にみえる。これだったら、参観日、毎日にしてほしいぐらいだ。 午後、いよいよ参観が始まった。教室の後ろに、親がずらっと並んで授業の様子を見ている。わが子の姿をみる、真剣な親の眼差しが教室を熱くする。背中を刺すような気さえしてくる。 でも、牧野先生だけは、いつもと変わらない。 イケがぼくを見て、来てると合図した。野島さんのおばさんが、来たんだ。野島さんは、この時間、自宅でどんな気持ちですごしているのだろう。 北くんが指されて、国語の教科書を読み始めた。 その時、先生が、前の方の出入り口のドアに歩いていった。すーっとドアを静かに開けた。みんな一斉に先生を見た。北くんは、一瞬読むのを止め、すぐにまた読み始めた。「野島さん。みんな、待っていたのよ。勇気が要ったわね。すごーい、すごい。さあ、入って入って」 先生は弾んだ声で、包んでいくような安心の響きがあった。 廊下で、下を向いて立っていたのは、野島さんだった! つづく