海に咲く花(四) 8
学校全体で取り組んだら、できるのではないだろうか。ぼくは、本気でそう思った。イケにそう言うと、「お前、マジかよ。金も人手も要るんだぜ。学校全体ったってよ。勉強が大事だからよ、川を綺麗にすることなんかに構ってくれねーぜ。子どもの考えることじゃ、ねーよ。考えるなら、大人になってからだ。そんなことよりよ、お前は、勉強して成績上げて母ちゃん喜ばしてやれよ。お前の父ちゃん。頭、良かったんだってな?母ちゃん、そこに惚れたんだろ?」 ぼくは、ちょっとがっかりした。川を綺麗にすることが難しい話だとしても、それがどうして、父さんや母さんの話になってしまうのだろう。イケがそんなことを言うとは、思ってもいなかった。 確かに、小川を綺麗にして、蛍を飛ばすことは、町の予算なんかも使わないとできないのかもしれない。多分、いろんな手続きなんかも必要なのだろう。 ぼくの夢。小川を綺麗にして、蛍の住めるようにしたい。今は、そう思うしかないのかもしれない、。 イケは、ぼくの父さんや母さんのこと、どこまで知っていて話しているのだろう。「母さんは、ほんとに父さんのこと、好きだったんだと思う。だから、ぼくがまだ、赤ちゃんだったのに、育ててくれたんだと思うんだ。ぼくを生んでくれた人は、病気で死んでしまったみたいだから。でも、もう、昔のことなんだ・・・。ぼくはそのこと、今年になってから知ったばかりだけど、ね。ショックだったよ」「やっぱり、そうなのかよ」「やっぱりって?やっぱりってどういう意味だよ?誰かが言ってたってこと?それって、誰?」「まーな」「まーなって、何だよ?」「まーなって。まーな、だよ?」「イケは都合が悪くなると、いつもそう言うんだ。悪いクセだよ」「悪い癖だって、いいんだよォ」「うーん。そうだよね。そうだよ。誰が言ってたかだって、ほんとはどうでもいいんだ。別に聞いても、どうってこと、ないしね。もう、ぼくはどん底だから。そんな感じ、さ。だから、どうでもいいんだ。誰が言ってても、いいんだ」 今のぼくは、不幸だと思う。でも、ぼくはそこから立ち上がれる希望を見つけた。それは、イケと出会ったからだ。どんなクセがあっても、ぼくにとっては、イケが大事な友だちであることには、変わりない。例え不幸でも、イケといると何だか元気になったりする。 イケは、汚れた小川を見ていた目をぼくに向けた。「ボスが言ったんだけど、よ」 イケは、ぽそっと洩らした。そして、自分の言ったことに慌て、それを遮るように立ち上がった。「違うちがう!」 でも、ぼくには、はっきりと聞こえたのだ。ボス?ワルの仲間だ!ぼくは、決然と言った。「イケ。ボスたちと手、切れないのかよッ?ぼくは、絶対、切った方がいいと思う。切ってもらいたいんだ!」「簡単にいくかよ!いかねーんだよ!オレの一番の○○(ぐちゃっと聞き取れないように言った)、連れてこいだの、仲間に入れろだのって言われてるんだぜ」 イケはそう言って、黙ってしまった。近寄れないような、固い表情と雰囲気になってしまった。「ぐちゃぐちゃって、誰かの名前かよ?」 訊いても、イケはもう答えなかった。それがどういう意味だったのか。分かったのは、ずっと後になってからだった。 ぼくは、ずっとイケに守ってもらっていたのだった。 つづく