海に咲く花(四) 12
ぼくにとって、何だか空しくなるような日々が過ぎていった。 三学期に入った頃のことだった。ぼくは、何の興味も希望も持たないまま、ただ登校していた。目に見えない柔らかい、自由のきかない空気に閉じ込められているような気がしていた。動けはするけど、すぐに所定の位置に戻らされてしまうような感じだった。 そんな時、おじいちゃんが突然、こう言った。「塁、この間の話だけど、な。考えてくれたか?」 ぼくは、おじいちゃんをじろっと見て、返事をしなかった。「塁。四月の新学期から、東京に戻った方がよくないか。区切りもいいことだし、な。その方がいいと思って、さ。お前にとっても、これからが大事な時だから、な」 ぼくは、その言葉で、全てが分かった。区切りがいいことを理由にして、母さんはきっと結婚するんだ。だから、四月からぼくに、東京に戻れと言ってるんだ。「母さんは、何とかと言う人(山中さんなんて、名前を呼ぶのも嫌だった)と、結婚する気なんだ!やっぱり、だよね!したきゃ、すればいいんだよッ。ぼくは、もう東京には帰らないからッ。ぼくは、おじいちゃんと一緒に暮らしたい!いいでしょ、おじいちゃんッ?母さんの結婚なんて、ぼくにはなんの関係もないし。だから、母さんは勝手にすればいいんだよッ」「塁、賛成してくれるんだなッ?いいんだなッ?」 おじいちゃんは、念を押すようにそう言った。おじいちゃんは、ぼくが本気で賛成してるなんて思ってるのだろうか。賛成するしかない方向に持っていってるだけだ。賛成なんかするわけない!子どもには、ぼくには、何の決定権もない!母さんも他人!山中という人も他人。ぼくは、他人の中では暮らせない。耕ちゃんとは、他人ではないけど。でも、耕ちゃんと母さんは他人じゃないんだ!こんなに悲しいことなんて、ないのに、おじいちゃんは、ぼくを追い出そうとしてるのかもしれない。ぼくは、おじいちゃんの所にいたい。おじいちゃんとは、他人じゃないから。ぼくには、ここにいる権利、ないとでも言うのだろうか。「ぼく、おじいちゃんの所にいていいよね?ぼくを、追い出さないでね。東京に戻らなくてもいいよね?ねぇ、おじいちゃん」「それは、じいちゃんも考えておこう。母さんにも、山中さんにも相談しなくては、な。答えはそれからだよ、塁」「どうして?おじいちゃんがいいって言えば、それでいいじゃない!どうして母さんや誰かに相談しなくちゃいけないのッ?」「そうか。それなら、今度の休みに、母さんと山中さんに、花立に来てもらおう。話し合おう、な?塁。お前の気持ちを聞いてもらえば、いいじゃないか?」 おじいちゃんは、ぼくから逃げたような気がした。おじいちゃんは、ぼくを嫌いになってしまったのだろうか。ぼくは、ショックで、黙ってしまった。黙ってしまったことは、母さんと山中さんが花立に来ることを認めたことになると、気がついたのは後になってからだった。それならぼくは、母さんと山中さんが来たら、その日、家出をしてやると、密かに思った。 ぼんやり、登校した次の日。イケが教室にいた!ぼくは、嬉しかった!休み時間、図書室に行った。「イケ、どうして登校してこなかった?イケの家にも行ってみたんだよ」「いろいろ、あったからよ。オレ、お前みたいに暇じゃねえし、よ」「ぼくだって、いろいろあったんだよ。ぼく、おじいちゃんに、花立から追い出されてしまうかも、なんだよ」「東京に帰るってことか?それなら、帰った方がいいよ。お前。花立には、居るな、なッ?オレ、お前とノジの二人は守れねえからよ。ノジだけは、絶対守ってやる!仲間がよ」 イケは、そこまで言って黙ってしまった。そして、意を決したように、「仲間が、よ。お前とノジを連れて来いと言ってやがる」 イケは、怖くなるぐらい、真顔でそう言った。 つづく