海に咲く花(四) 5
「ルイ、何で黙ってるんだよ?いじめを無くそうと言う高い志ってものはどうした?諦めてしまったのかよッ?」 イケと話していると、何だかいつも、ケンカになりそうになる。イケとの、現実ではない時の話なら、本当にいつも楽しくなるのに。この前だって、イケのナスカの話はとても面白かった。でも現実の時は、ケンカになりそうになるのは、ぼくとイケの立場が同じようではないからなのだろうか。立場が同じようでないと、協力ってできないものなのだろうか。だとしても、ぼくはイケと協力できると信じたい。「もう止そうよ。ぼく、読みたい本あるんだ」「何だよ。いつもそうやって、お前は逃げるッ。まあ、いいけどよ」「逃げてるわけじゃ、ないからッ」 ぼくは、そう言って立ち上がった。読みたいと言った本を探しにいった。イケの言っていたナスカの本。ぼくは、探し当てると、そこに座った。ちらっとイケの方を見た。イケは、気を悪くしてる風でもなくすっと立ち上がり、何かの本を探しにいってしまった。しばらく背表紙を見て迷ってたみたいだったけど、一冊を引き出した。今日は何の本にしたのだろう。そのまま、そこの椅子に座った。表紙をながめ、中身をぱらぱらと繰った。そして、勢いよくその本の世界に入っていってしまった。こっちには、一度も目を向けなかった。 ぼくの方は、本に目を落としても、なかなかその中には入っていけない。どうしたら、協力しあって頑張っていけるのだろうと、考えたりしていたから。ぼんやりとナスカの写真を見ているうちに、本当に巨大なコンドルやクモやハチドリ、サルが動きだすような気がした。クジラだって泳いでいる。ぼくは、びっくりした。そして、どきっとした。ぼくは、何て小さな世界に住んでいるのだろう。それにひきかえ、本の中には、大きな世界があった。何世紀にも亘ってそこに生き続けてきた動物たち。乾いた大地の上で、びくともせずに。何世紀もの時に晒されながら消えることなく。 イケは、あの時、大人になったら、ナスカの番人になりたいと言った。夏休みに、一人で京都にナスカ展を見に行ったと言っていた。ヘリに乗って上空から見下ろしているような映写もあったと、目を輝かせて話していた。本当にヘリに乗ってる気がしたと。迫力ある映像に三回も見てしまったと、得意げに話していたのだ。イケはどれぐらいの時間、一人で見ていたのだろう。その時、ぼくは、イケの言ったことをふっと思い出した。「ナスカの石によ。サルを描いた、オレの宝物。お前にやるよ。無い小遣いから、買ったんだぜ。厳選して厳選してよ。コンドルとサルをよ、買った。クモもハチドリも欲しかったけどよ。金がなかったから仕方ねえよな。でもオレよ、大人になったら、ナスカの番人になるからな。本物の側で暮らすからよ。いいんだ。マリア・ライへのようにだぜ」 でも、イケからぼくは、サルを描いたその石、まだ貰っていない。ぼくは、マリア・ライへという人も知らない。 イケが夏休み、京都に行ったのは、大阪の母さんにも会うためだったのではないかと、ぼくは思った。イケの母さんてどんな人なのだろう。やさしいのだろうか。なぜ、血のつながったイケを置いていってしまったのだろう。 ぼくの母さん。そう言えばフォルクローレの、『花祭り』が好きなことを思い出した。(血のつながっていない)母さんのこと思っていたら、かすかに『花祭り』の旋律が聴こえて来たような気がした。 つづく