海に咲く花(四) 19
おじいちゃんが、安堵したように大きく、ふぅーと息をした。「山中さん、湖子さん!おめでとう!良かったなぁ。・・・」 おじいちゃんは、目に涙をためてそう言った。「ありがとうございます!」 頭を下げた山中さんも、うっすらと目が滲んでいた。そして、力強く、母さんに向かって「湖子さん。再度、結婚を申し込みます。受けて頂けますか?」 母さんは、びっくりしたように、山中さんを見た。そして、うなずきながら、はっきりと、「はい」 と、返事をしたのだった。「ありがとう!嬉しいよ!」 山中さんは、母さんにそう言ってから、おじいちゃんに向かって、「本当に、ありがとうございます。湖子さんのことも、塁くんも耕ちゃんのこともお任せ下さい。全力で、守ります!」 背筋をぴんと伸ばし、決意に満ちた顔だった。父さんと母さんの間には、この瞬間から、きっちりと線が引かれてしまったのだ。父さんの時計は止まったままで。母さんの時計は、未来に向かって大きく動き出していった。 ぼくは、今でも、何かの拍子にこのシーンを思い出したりする。線を引いたのは、山中さんだと、ぼくは思っている。でも、おじいちゃんは、それぞれが、自分の意思で線を引いたのだと、言った。 あの時、ぼくだって、(山中さんに対抗した訳ではなかったけれど)母さんに、思い出に残る言葉を、プレゼントしたかった。はなむけの、言葉として。「母さん、うんと幸せになってね。前みたいに、笑って暮らしていってね、きっとだよ」 母さんは、ありがとうとは、言わずに怪訝な顔をした。ぼくは、そのまま続けた。はなむけの言葉が、そうじゃなくなっていった。「母さん、ぼくはね。この花立で暮らしたいんだ。いいよね?認めてくれるよね?」 母さんの顔が、歪んだまま凍りついた。「おじいちゃん、いいでしょ?ぼく、ここで暮らしてもいいよね?ぼく、友だちもできたし、もう転校するの、嫌なんだ」「塁!お前、何を言ってるんだ!何で、自分のことしか考えないんだ。少しは、山中さんや、母さんの気持ちを考えろッ」 おじいちゃんは、膝に乗せた手を、震わせている。「山中さん、済みません。塁は、こんな扱い難い子ですが、よろしくお願いします。世話の焼ける子ですが、頼みます!」 山中さんは、力強く言った「はい!何でも話せるような家庭を、しっかり作っていきますから、大丈夫です。心配なさらないで下さい。塁くん、そうしていこうよ、ね?」 おじいちゃんも、山中さんも、ぼくの気持ちを聞くと言ったのに、話し合うと言ったのに、聞きもしないし、話し合いだってしていない。ぼくは、母さんの結婚に、やっとではあったけれど、賛成した。こんどは、ぼくが賛成してもらってもいいのだと、ぼくは思った。 山中さんは、こう言った。「塁くん、何かしてほしいこと、あるかい?君が今言ったこと、ぼくも、この人(母さん)も、真剣に考えるよ。でもね、どうして花立で暮らしたいのか、本当の訳を教えてくれないかな?正直に話してほしいんだけどな。おじい様も、こんなに心配して下さってるんだよ。何が、君にブレーキをかけさせているのかな?」 ぼくは、正直になんか話せない。石のように、頑なに黙ってしまうしかなかった。「塁。お前は、めでたい席を台無しにしてるんだぞ。少しは、みんなのことも、考えろッ」 おじいちゃんは、はき捨てるように言った。ぼくのどこが、間違っているのだろう?耕ちゃんが、固唾を呑んでぼくを見つめていた。 つづく