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「ぽこ」と呼ばニャいで!

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放射脳

2013.07.21
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カテゴリ:放射脳

俗に言う「放射脳」として生活しているアタシ。
一般の人との外食は正直疲れる。

この春先などかなり危険度の高い、川魚や山菜をチョイスされた日にゃ
マジ泣きしそうになったが、場の雰囲気が壊れるので何も言わずに食べた。
っつーか、オーダーの時はシラフだけど、料理が運ばれて来る頃には
ほろ酔いなので、正直どーでも良くなってる(^_^;)

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だから理解のある友人との外食は解放感を味わえるひと時。
連れだって、麹町のイタリアン「エリオロカンダイタリアーナ」へお出かけ。

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前菜

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パスタ

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ドルチェ

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お茶請け

HPを見る限り、ごくフツーのイタリアンの店なのだけど
イタリア人スタッフも多く在籍しているせいか、そちら方面の問題意識がかなり高い。
こちらのサイトを覗くと、食材を厳しくチェックしているのがわかる。

日本人スタッフ曰く、従業員の会話は70%以上がそんな話題だという。
「OKフード」などのサイトを見てきた、といえば
水道水ではなく、ボトルのミネラルウォータをサービスしてくれるという徹底ぶり。

初めて味わう「完全ベクレルフリー」の外食が、こうも解放感があるものとは!

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「とこニャんか365日×3食全て家食だニャ。
でもボスが外食出来たということは、日銭が入ったってことで
おかげさまで再リハウス出来たニャよ~♪」







最終更新日  2013.07.21 20:19:28
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2013.03.17
カテゴリ:放射脳

ガイドの最後のページ、2011/3/15と3/21にどんな行動をしていたか、とあります。
この2日間に東京にもブルームが来た。21日は特に雨だった、と記憶している。

危機を知らせてくれた友人は「雨に当たるな。特に降り始めに注意。」とも言っていた。

アタシは2日とも1日中家にいた。もちろん意図的に。
ただ、事前にブルーム到来日がわかっていたワケではない。
わかんないからひたすら引き籠っていただけの話。

15日は事故前から打合せの予定があり、電車も不通なのでチャリで行かねば
と覚悟を決めていたが、クライアントがメールと電話で何とか済まそう、
と言ってくれた。とてもラッキーだった。

初期被曝をほんの少しだけだろうけど軽減できたのは
助言をくれた友人と配慮してくれたクライアント、間違いなくこのお二人のおかげ。

事故の前年に20年以上暮らした、隙間風が吹き抜ける
渋谷のオンボロマンションから現在の
2重サッシ付きのマンションに越していたことも大きい。
前の住まいではとこちんにも影響が大であっただろう。

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「とこちんの住まいは、青山のお外の暮らしから、雨風はしのげる渋谷へ。
そして床暖でヌクヌクの今。次は高級マンションにアップグレードにゃね、ボス!」


コンシェルジュに頼んでもカリカリの増量は無いけどね(-.-)



雨上がりの24日夜、高級レストランで食事した。
少々無謀かとも思ったが、これが事故後初の外出だった。

2011年4月、運悪くか運良くか、未だに判断は付かないけど
人気だった江東区の「プランター菜園講座」に補欠当選してしまった。
震災の関係で、講座は1ヶ月遅れの開始となり、キャンセルが発生した結果だ。

初夏の時点でのアタシの選択は、地に根付いて栽培された
北関東の野菜を食べるより、プランターで育てた野菜の方が安全だろう、
という考えで補欠合格を受け入れた。
【今でこそ、西日本の食材は近隣でも入手出来るが当時は非常に困難であった。】

ずっとベランダで野菜を育ててみたかったので、欲望が勝ってしまった。
これからここで生きて行くのだ、我慢ばかりはしていられない。
不幸な人生にも楽しみは必要。納得して死ねれば良い。

福島民友
画像は今年の1月17日の「福島民友」という地元新聞。
出身者によるとあちらの家庭では全国紙はあまり読まれず
二大地元紙に人気があり、そのうちの一紙である、とのこと。

掲載の基準が名士だけなのか、角のタバコ屋さんのおばあちゃんまで
載せるものなのか、無償or有償なのか、など全く不明。

何にせよ、紙面の下半分がお悔やみ欄で埋め尽くされているのは事実。







最終更新日  2013.03.17 19:59:08
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2013.03.15
テーマ:放射能汚染(406)
カテゴリ:放射脳

とこちんには悪いが、アタシはリスク回避体制を取りながら
東京に住み続ける決断をした。
最大の理由はアタシが天涯孤独の身であるということ。
若い頃に子供を持たない選択をして本当に良かった、と心から思う。

しかし子供のいる友人達は違う。子々孫々の将来を背負っている。

以後、彼らに向けて放射能の恐怖を啓蒙活動をするも、皆の反応は薄かった。
そりゃそうだ、TVや新聞では「放射能は怖くない。」と言うばかり。

法律で決まっていた「年間1ミリシーベルト」の一般人の被曝限度の壁は
「有事」ということでいとも簡単に破られた。

0121A
教材は、早川マップ
この地図のソースは主に文科省や市町村が採取したデータを
火山学者である群大の早川教授が、放射能の拡散と火山灰の拡散は
同じ原理であることに着目し、地図上にまとめた物。

今は全国紙マンガ「美味しんぼ」にも掲載され、
印刷物が有料で出回るようにもなっております。
当時はネット上のみの公開だったためか、信頼が得にくかった。

【このマップの詳細を知りたい方は最初にガイド、次に地図裏面の解説をご覧ください。】

結果、アタシに洗脳されたのは見事に子供のいない女友達ばかり。
無論ある程度の危機感を最初から持っていた人達だ。

子供に屋外の部活をさせていたママには
「部活は止めさせた方が良いかも。」と言ってみたが
仲間内でいわゆる「放射脳」「危険厨」として
アタシのことを笑いものにしていたことを後に知った。

そんな友人たちが決まって口にするのは「アンタ、いくつまで生きる気なの?」

あぁ、そーなんだ。天寿を全うしたいと願うことは恥ずかしいことなんだ。
だから自分の子供が被曝したというのに平常で居られるのか。

わかってはいたけど、理解ある友にも
「お前のやってる事は新興宗教の布教活動と同じ。慎むべき。」と注意を受けた。

そして「布教」からは足を洗った。

時折雑談で放射能の話が出る時がある。
意図的に話題を変える人はいても
アタシの不安を解消する具体的な材料を提供してくれた人は
今現在も、誰一人として現れていない。

事故当時、東大のド偉い先生が「全く心配は要りません。」
とテレビでコメントしていた同じ時
東大の研究室では「換気扇廻すべからず。」とお触れが出ていた。

そのド偉い先生は放送が終わり、「よかった、原発は大丈夫なんですね♪」
と声を掛けた日テレのD(ディレクター)に対して「ダメダメダメ!!」と
手を横に振ってお帰りになった。
そのDは局を辞め、西日本に移住した。

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「とこは大丈夫ニャよ。お外には出歩かニャいし毎日のゴハンはオーストラリア製。
ボスの呑み過ぎの方がよっぽど心配ニャ。」







最終更新日  2013.03.15 13:33:36
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2013.03.13
カテゴリ:放射脳

F1(福島第一原発)がヤバいのはわかってたけど
200km以上離れた東京にまで被害が及ぶとは考えていなかった。

東京から離れることも考えたが、受注済みの仕事がある、とこちんもいる。
下関の兄に頼めば、おそらくは受け入れてはくれただろう。

が、テレビではかのエダノ氏は「ただちに影響は無い」と国民に語りかけていた。
兄はアタシが恐怖でおかしくなった、と思うに違いなかった。

【ちなみにエダノ氏は、まさにその時、妻子をシンガポールに逃していた。
当時「記事を書いた記者を訴える!」とご本人は息巻いていたが
後日事実と認めた。が、前から決まっていた「ただの旅行」だったそうで。
それが事実としても、とーちゃんが人生の一大事で寝ずに仕事してる時に
普通はキャンセルすると思うけどね!(-_-;)】

とりあえずアタシは自宅で、ハイパーレスキュー隊の注水作業を固唾を呑んで見守った。

効果の程はわからなかったが、あの石原都知事が任務を終えたレスキューに
泣きながらお礼を述べていた。それをTVで見て少しホッとした。

直後、別の友人から入った電話が人生で一番絶望を感じた瞬間だった。

「F1はもう何をしたってダメなんだって。」

彼女は郡山にも校舎を持つ私大の出身。複数の教授から情報を得ていた。
大学は郡山校の閉鎖を、国は東北新幹線の福島中通りの駅を
ノンストップで通過させる運転を検討していると言う。
【又聞きなので真偽のほどは不明。現在も両者は変わらず運営している。】

会社の社長でもある彼女は、避難せず東京に留まると言った。
首都圏で太く短く生きるのだ、とも言った。

アタシも仕事の事、見知らぬ土地で独り暮らしをするリスク、自身の年齢など
色々天秤に掛けて、今の暮らしを維持することを最終的に決断した。

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若干イカミミのとこちん。 道連れにしてゴメン・・・。







最終更新日  2013.03.13 20:37:59
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2013.03.11
テーマ:放射能汚染(406)
カテゴリ:放射脳

歳を重ねると、時間の経過が早く感じると思っていたが
この2年は例外。人生の中で、最も長い2年だった気がする。

20代の頃に広瀬隆氏の著書を読み、原発に関しては
普通の人より危機感を持っていた。
社会人になってたった3年で無謀にもフリーランスとして
舵を切った理由のひとつでもあったかもしれない。

将来何が起こっても悔いのない人生を過ごすために・・・・。
その頃は2年前の3月にそれが現実になるとは
本気では思ってもいなかったけれど。

地下鉄サリン、阪神大震災、が人生の中での2大ニュースだったが
それを超えるものが2011年3月11日に起こりました。

当初は東北の大地震、津波被害の悲劇を愁い
余震に不安を募らせるばかりの日々を過ごしていた。
が、津波警報が解除されてからは呑気にチャリで
近所の液状化被害を調査して廻ったりもしていた。

原発の危険性について認識していながら能天気に生きてきたアタシに
危機感を呼び戻したのは、3/14に友人から入ったメールだった。

「福島原発がヤバい!外出厳禁、洗濯物干すな、換気扇止めろ!」

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「今日はいつになくシリアスな内容だニャ。大人しく避難訓練、そして黙祷ニャ。」







最終更新日  2013.03.11 23:03:57
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