今朝はマイナス10度。富士の高嶺に雪は降りつつ
日記更新がなかなか進まずすいません。もう1月ももう一週間。こう思うと1年って本当に短いものですね。今週は稀に見る最強寒波が日本に来ているらしく、うちのあたりも雪が降り続いて真っ白となっているが、それにしても寒いですね稀にみる最強寒波の到来により、今朝はマイナス10度。午前5時からエアコンを付けて1時間で電気代は70円。設定は27度とかすごい温度になっているけど実際は室温は16度位までにしか上昇せずとはいっても、外との温度差26度だしね古い家だったらと思うと・・・寝る前にしかエアコンのついていなかった2階の寝室の方は室温6.5度。窓のペアガラスのサッシは内側の結露が凍っているし娘が2年前まで住んでいた松本のアパートの朝を思い出させるような寒さだ。そうそう日本一、冬が暖かなのはどこだと思います?とは言っても「家の中(室内)」で暖かだという条件がありますが正解は北海道だそうで平均21.55度。水道管の凍結の危険もあり暖房は24時間光熱費もたぶんすごいだろう上位陣には北国や日本海側の都道府県が並び岐阜県は43位で17、44度といった有様だ床暖房をサービスで付けて貰いながら,勿体ないからと使いもしないケチ旦那がいる限り、うちの暖房は今が限界。北海道の真似は出来ないと開き直って、コタツをつけるならエアコンを切れとか二者択一を迫り、寒いならユニクロ着ろって感じなんだもん。ただ光熱費的には家計に助かってはいるが、所詮は二世帯住宅6人家族なので光熱費倍増の厳しい冬だ一昨日は草津白根山のうち3千年間も静かであった本白根山がよもやの噴火という事でスキー場に居合わせた一般客のスマホ動画や偶然にゴンドラに乗り合わせたテレビ番組の撮影カメラとか様々な映像を見たが、運悪く訓練中の自衛隊の方に犠牲者も出てしまった現在、日本国内で活火山と認識されているものは111。とはいっても御嶽山も長く休火山と言われていたし、昭和新山などは突然に畑が噴火をした訳で。世界文化遺産にも選ばれた、日本一の山である富士山も定期的に大きな噴火を起こしてきた前回の日記でもちらっと出てきた信州諏訪湖お正月の家族旅行で、旦那の運転で娘と三人1泊2日のドライブ旅行へ向かう途中での休憩息子は友達と、草津白根山にも近い信州志賀高原へスキー旅行中で別行動1泊目は編集上、後日の紹介になりますが料理自慢でネットで口コミの評判の良い温泉旅館に泊まっての2日目朝。既に近所でも工事が始まっているリニアの試験線の真横を通って向かった先にはどど~んと富士山。娘が富士市に住んでいた短い間は何度となく出かけていたが、最近はご部沙汰で。山越しに甲府からか、新幹線の車窓からしか見ていなかった富士山が、北側御坂峠からどど~んと目の前にお正月の旅行の目的はずばり富士山を目の前でどど~んと見たいという事で、前日は雲に隠れていたそうで二日目に期待をしていたが願いが天に届いたのか良いお天気で河口湖畔からは、ほんわか逆さ富士に水鳥富士吉田には外国人に人気の五重塔越しに富士山が望める新倉山浅間公園とかあるし吉田のうどんも名物で食べたいところだが時間にも限りがあるのでスルー。信号にも富士山だ♪ちっちゃい信号の富士の向こうに、どど~んとでっかい本物の富士。標高3776メートルと日本最高峰で、百人一首にある山部赤人のうた 田子の浦にうち出(い)でてみれば 白妙の富士の高嶺に雪は降りつつとかが思い出される娘が富士市にいた頃に二人で出かけた絶叫系マシーンで有名な富士急ハイランドの真横を通って向かった先は程近くにある北口本宮冨士浅間神社。ウィキペディアによれば>全国にある浅間神社の一社である。「富士山>信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産のひとつ>である「富士山域」の一部として世界文化遺産に>登録されている。>延暦7年(788年)に甲斐守である紀豊庭が>現在地に社殿を造営したと伝わる。中世>には同社が所在する郡内地方の領主で>ある小山田氏からの庇護を受けた。>富士登山道の吉田口の起点にあたる。江戸>時代には富士講が流行し、周辺には御師の>宿坊が百軒近く立ち並んだこともある。>富士講にとって聖地は富士山であり、巡礼>として富士山登拝を繰り返すまっ、概略は↑こんな感じです。富士吉田にくるとかならず立ち寄るようにしています境内には立派なご神木があり、こちらは富士太郎杉で北条義時お手植えで樹齢は千年と伝わっており、蝶結びがかわいいこちらは富士次郎杉というご神木。他にも富士夫婦檜というものがあったが、写真を撮り忘れてしまったお正月にテレビ番組の中で、女子タレントがお寺でパンパンと柏手を打って参拝をしている映像があって、まわりのスタッフ気づかないものかなぁ~と思いもしたが、魏志倭人伝に「見大人所敬 但搏手以當脆拝」とあり、倭人は貴人に対して柏手を打ち拝礼したんだとか古来からの神国日本の作法が柏手。でもお寺の仏教は、6世紀中頃に百済を通じ海外から来たハイカラ渡来宗教であった事は、昨今は若い子でなくても知らない人も多いのかもしれないそういやぁ~くだらと習った百済も、今は現地の読み方を採用しペクチェというらしいが韓国語ではペクチェでも、当時の百済語ではくだらだったらしいパワースポットとか、スピリチュアルブームなどもあって、鳥居でも拝礼する若い子とか樹に抱きつく中年とかも現れたが、一般人はお寺と神社の成り立ちもあやふやなんだろう一昨日はテレビで仏像の初歩番組をしてたが宗教の事はきっと学校でも教えそうもないしこの天狗もまた仏教の渡来時に、中国からやってきたものであるらしいが、高い鼻が天孫降臨の国津神の猿田彦に似ているので混同される事もあるようだ。天狗は仏法を守護する八部衆の迦楼羅天が、変化をしたものであるとも伝わっている山にも水にも森羅万象に八百万の神が存在するという日本の独特の宗教観か、人間性からなのか、仏教も同時に広まって神様も仏の化身した姿(本地垂迹説)などもありそれが権現(ごんげん)である。ちょっと興味あるので並べてみると天照大神は大日如来、十一面観世音菩薩で大国主は大黒天、山幸彦は文殊菩薩。ここの御祭神の木花之佐久夜姫は浅間大菩薩であり阿弥陀如来だとか。境内の小川は凍っていたさて、ここからは富士吉田の南に位置する南都留郡忍野村。ここはまだ山梨県であるBS放送で、朝ドラの花子とアンの再放送をやっているけど、山梨県の舅と、静岡県の婿がどちらが富士山の表側であるか争っていたけどどっちが表側かは別として、富士山の登山で御殿場ルート、須走ルート、富士宮ルート吉田ルートの4つがあって、このジグザグは須走ルートのようだ。一番多いのは吉田からみたいで半数がそれを使うみたいだが富士山を巡るという事で、一眼レフの望遠レンズも久々に持参したんで撮ってみたが、微妙な積雪によって登山道もくっきりだ思えば5回位は来た事がある忍野村だけど曇りや、晴れていても富士山に雲が邪魔をして、このようにここから富士山を見る事はなかったような。天候の良さそうな週末を狙って直前に予約してなんとかという感じだけに海外からのお客様はこのような富士山を見れるのはかなりにラッキーなんだろうね水面に映りこむ人も、ほぼ全員が海外のお客様だったし、昨今は観光地で見かけるのは海外のお客様かお年寄りばかり昔、摩周湖のまりもがブームになって実家のテレビの上にもまりもが鎮座をしていたが(あと、紅茶きのことか)富士にもまりもがいるんだ。娘が欲しそうだったけど買ってこなかった富士山の雪解け水が長い時間をかけて溶岩の間で濾過され、地上に湧き出てくるという忍野の里は人気の観光地だ忍野八海と名付けられた8つの湧き水は国指定の天然記念物や、名水百選に指定され、2013年「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部として世界文化遺産に登録もされているウィキペディアより>「八海」の名は、富士講の人々が富士>登山の際に行った8つの湧泉を巡礼する>八海めぐりからきており(多数ある湧泉の>うち8つに限ったのは、8を尊ぶ仏教的>思想に基づく>1843年に各池に守護神の「八大竜王」が>祀られ、出口池を一番霊場、菖蒲池を八番>霊場とする巡礼路が整備された。忍野八海>地区からは見える富士を忍野富士と呼ぶところで世界遺産は他にはどんなところがあるのかというと富士山域(山頂の信仰遺跡、富士宮口登山道、須山口登山道、須走口登山道、吉田口登山道、北口本宮富士浅間神社、西湖、精進湖、本栖湖)富士山本宮浅間大社 山宮浅間神社村山浅間神社 須山浅間神社 冨士浅間神社河口浅間神社 冨士御室浅間神社忍野八海(出口池、お釜池、底抜池、湧池銚子池、濁池、鏡池、菖蒲池、出口池)山中湖、河口湖、三保の松原、船津胎内樹型吉田胎内樹型、人穴富士講遺跡御師住宅(小佐野家住宅、旧外川家住宅)登録地域の面積は、構成資産 20,638ヘクタールそれを保護する緩衝地帯 49,376ヘクタールだひょえ~、こちらも寒そうこんなところも霜柱(?)日本の原風景を意識してなのか、茅葺の屋根なども意図的に取り入れられているようだその向こうには富士。絵にはなるな暖を求めて窓際ににゃんこありゃ、1匹増えているにゃ~あっ、こっちにもいたいた。猫屋敷旦那も暖を求めて、なにやら購入ほかほかの草餅だったヒイチーという魔よけ、災難除けの飾りも富士山の形をしていたマンホールにも富士山。山麓の人は日々、富士山を慈しみ暮らしているのだと思った。山麓の旅は続くっ! 平成30年1月6日に富士山麓で撮影にほんブログ村