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今回想すると、福島支店長として着任後の1年間というのものは、 皇子の 会社生活において最も有意義で、且充実していた時間ではなかったのかと。
何故なら、支社長から大抜擢され、彼の社内的面子を潰しては、絶対にいけないと いう想い。その為に身命を賭して福島支店を再建しようと、寝ても醒めても仕事の事 しか、頭にありませんでしたから。
また、場所長というのは一国一城の主であり、総て自分の判断と決断で事が 進められる事が、水を得た魚のように皇子を、自由奔放に活動させたのでした。 私の信念は、ベストを尽くし天命を待つという事であり、失敗すれば 責任をとり職を辞し、腹をかっ切ればよしと割り切っていました。
切腹というのは、日本独特のものです。新渡戸稲造の< 武士道 > によれば、腹部には人間の霊魂と愛情が宿っており、勇壮に腹を切ることが武士道を貫く、 自死方法として最も適切と、されていたからだそうです。
切腹の動機として、主君に殉ずる追腹( おいばら )、職務上の責任や義理を 通すための詰腹( つめばら )、無念のあまり行う無念腹などがありますが、 三島由紀夫の切腹はまさに無念腹でしょうね。
取引先、社内各位の絶大なるご支援のもとに、なんと1年で福島支店の 黒字化に、成功したのでした。
そして福島支店の再建が認められ、場所存続が正式に決まったのです。 自分の抜擢人事が正しかったことが、これで証明されたわけで、支社長が一番 お喜びになりました。
国内取引の活性化を図る目的で、その年に< 社長賞 >が創設されました。 そして第一回の表彰対象者として、福島支店が受賞する事が決定。
弊社の社長賞ですから、最低100万円は戴けるものと、支店内各位は海外旅行 何処に行こうかと、色めきたちました。役員の代理として支社長から、皇子が 社長賞を戴き、開封すると絶句・・・端午の絶句・・・・
えっ・・十万円??????
再建は皇子だけの努力で、なしえたものではありませんから、支店内各位で 分けると手元に残ったのは、わずか数万円。 う~~~~ん・・・これが、社長賞か?!
いんや金銭的なものではなく、社長賞という名誉が総てであると、自分自身を 泣く泣く納得させたのでありんす。
その後は、福島支店の業績も順調に推移したのですが、3年後に東北支社管轄 子場所すなわち、福島支店・盛岡支店・青森支店を総て廃止し、業務を東北支社 仙台に集約するとの、全社決断がでました。
この方針は、東北地域のみならず、全国各地の子場所が適用対象となったのです。
その理由は、交通機関・情報手段の利便化によって、子場所を各県に置く必要も なく、支社からそれぞれの県を、管轄すればばいいとする、< 合理化策 >の 一環でした。
それでは、皇子が心血注いで再建にあたったあの努力は、一体なんだったのかと 怒り心頭に達しましたが、こればかりは全社的な決断ですので、どうしようも ありませんでした。
東北各場所の女子事務員は、その土地にある子会社に転属、この機会に退社、または 仙台への転勤という選択を迫られました。郡山から仙台までは、新幹線で40分 ということもあり、当事務所の事務職員は新幹線通勤で支社へという事で、決着を みました。
さて、皇子はどうしたのか? 東京に戻るという選択もありましたが、既に10年 近く本社を離れており所詮浦島太郎。それよりはこれまでの地縁・人脈を生かした 方がよいとして、仙台への転勤を希望したのです。
皇子を抜てきした支社長は既に退職、燃料出身の同期が交代として赴任したばかり でした。彼と打ち合わせ結果< 副支社長 >、盛岡支店とは異なり本当の NO.2 として、仙台へ赴任したのでした。
それでは最後に、美しい裏磐梯の景色をお届けしながら、福島とはこれでお別れ しましょう。
==つづく ==
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