食べ物の放射能
6時半起床。 曇りぞらである。 予報によるとあとで雨になるらしい。 かみさんはすでに支度中。 きょう、彼女は早番なのだ。 すぐに出かけるかみさんを見送り、新聞をとってくる。 八王子では朝刊が13版で、そのトップ見出し内容は「最高裁の控訴審位置付け」。 1審で無罪、2審で逆転有罪、この最高裁判決で再逆転の無罪判決が確定した裁判について報ずる記事である。 続報がある。 そこでは起訴された安西喜久夫さん(61)が「私を信じてくれた裁判員の判断が間違っていなかったと認められた」と語っている。 じっさいにはそう単純にいえないと分かっているが、裁判員の判断が冤罪を阻んだと考えていいだろう。 記憶に刻印される裁判となった。 ぼくは、裁判員制度に付随する「裁判時間の短縮」という制度変更理由に違和感を覚えるところから、この制度を無批判に認めることができないでいる者だ。 しかしきょうの報道から感じるのは裁判員制度があってよかったという感覚で、ここで裁判員を務めた市民たちの勇気と知能に賛嘆の拍手を贈りたい。 もう一度ベッドに戻ることにした。 横になってラジオをつける。 内橋克人さんが貿易収支赤字化に関する解説をしている。 じっと聞いた。 次いで「きょうは何の日」を知らせるコーナーに変わり、1920年(大正9年)のきょう、箱根駅伝が開始されたと教えられた。 これはあとで知ったことだが、92年前の2月14日、箱根駅伝は学校での授業が終了したあとの午後1時にスタートしたそうだ。 選手たちの集合場所は有楽町。 駅伝のラジオ中継が始まったのは1953年(昭和28年)というから、有楽町でのスタートに気がついたひとはたくさんはいなかったことだろう。 コーヒーを淹れ、トーストを焼き、目玉焼きを作って朝めし。 トースト2枚をまたたく間に喰った。 食べ終わるころ、陽くんが起きてきた。 自分で納豆をといたり生卵を割り入れたりしてご飯を食べ始める。 ウィーンで1年間暮らしたせいで、食べ物からチェルノブイリ事故の放射性物質を取り込んだかもしれないという。 あり得ることだ。 ウィーンにいた陽くんの年齢は20歳から21歳。 ぼくなんぞとは違いこの年齢は、吸収は早く、放射性物質の吸収量も多い時期なのだ。 水といい、牛乳といい、肉類魚介類といい、吸収率が高い年齢の者にとっては食べ物に対する注意を怠ることができない。 午後はパソコンに向かった。 陽くんが外付けのCDデッキを貸してくれて、ジャズ演奏のアンソロジー『BlueNote Play Beatles』をiTuneに取り込む。 夜になると、陽くんは蓮くんと呑む約束があるからとバスでロータスへ。 で、1年間続いていたかみさんとふたりの夕食タイムが再び訪れた。 陽くんが帰ってきてから、まだ10日間を越したくらいしか経っていない。 ふたりきりの夕食になじんでいるので何となく落ち着くところがおもしろい。 食後まもなく彼女は横になった。 ぼくは『CSIニューヨーク篇』を見ることにした。 シリーズ#3、第56話である。 最新版シリーズは#8らしいからぼくが毎日のように見ているのはずいぶん前の作品というわけだ。 酒酔い運転の交通事故で重傷を負った娘をめぐる事件が描かれる。 真犯人を突き止める終盤、驚愕の事実にステラ・ボナセーラ捜査官が示す小さなアクションがすごくいい。 取調室から出てくる際に両手で両腕の肘をさするしぐさなのだが、これが絶大な効果を発揮しているのだ。 ただ、最新版シリーズではボナセーラ捜査官はもういないらしい。 CBSの公式サイトを見ていたら、ボナセーラを演ずるメリーナ・カナカレデス(Melina Kanakaredes)の写真が見あたらなかったことからそう思った。 上の写真は日暮れ直後の風景。 この時間、正面奥の狭い道から手前のバス通りに下りてくる車が多かった。