カテゴリ:社会風俗
クロニクル 第1回日本ダービー開催
1932(昭和7)年4月24日 85年前になりますね。この日、東京府下目黒町の競馬場(通称目黒競馬場)で、第1回日本ダービーが「東京優駿大競走」の名で開催されました。 ところで、この試みは、主催の東京競馬倶楽部が、馬体の改良と馬産の新興を目指して、世界的に人気の高かった本場イギリスのダービーにあやかろうと始めたものでした。 距離2400メートル、出走馬は4歳の19頭でした。前夜から降り続く雨中の重馬場での出走でしたが、観衆は9300人を超える人気となりました。 さて、レースはというと、1番人気の大本命ワカタカが、圧倒的な強さを見せ、2着に入ったオオツカヤマに4馬身の差をつけるぶっちぎりの優勝でした。 馬の名前も現在とは違いますね。当時の馬券は1枚20円。大卒初任給が教員で70円程度の時代ですから、現在の馬券に比べると、遥かに高額でした。まさに当時の競馬は、金持ちの道楽といった趣きだったのでしょう。 当日の売上げ総計は99,080円、4954口となったそうです。大本命の優勝でしたから、配当率は低く、単勝の払い戻し金は30円だったそうです。 ところで、本場イギリスのダービーについて一言。こちらの起源は1780年の5月。主催者のダービー伯爵の名を冠してダービーと呼ばれました。伯爵はトーリー党(現在の保守党の前身)の大物の1人で、1850年代と60年代に3度首相を務めた実力政治家でした。 競馬が当時の上流階級の娯楽として誕生したことが良くわかりますね。 本場のダービー、さすがに高齢のエリザベス女王夫妻は現れませんが、王族を中心に上流社会の社交場としての機能を、現在でも果たしています。日本ダービーに天皇皇后両陛下や皇太子殿下夫妻、あるいは首相や衆参両院議長、最高裁長官らが顔を見せることは考えられないことと比べても、両国の競馬には大きな違いがあることが分かりますね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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