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弁護士YA日記

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日出町法律事務所
2019年6月より1年間、日本弁護士連合会客員研究員としてイリノイ大学アーバナシャンペーン校に留学後、弁護士業務を再開しました。
弁護士葦名ゆき(あしな・ゆき)
2014.01.29
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カテゴリ:東日本大震災
1月24日以降、朝日新聞で連載中の「プロメテウスの罠」で、原発事故当時、法テラス福島に赴任していた加畑貴義弁護士と頼金大輔弁護士が取り上げられている。

二人の弁護士が、原発事故直後に発生した殺人被疑事件の弁護を担当した様子が、目の前に浮かんでくるような記事で、あまりの緊迫感に、日々、息詰まる想いで読んでいる。

原発事故時における刑事弁護人の体験記というだけでも同じ職業の人間として他人事ではない上、加畑さん、頼金さんは、知り合いである。

法テラス福島のスタッフ弁護士として原発事故の被災者救済に奔走していた頼金さんとは、原発事故後にお話をさせていただく機会が度々あった。

加畑さんとのお付き合いはもっと遡る。
彼は、私が所属している静岡綜合法律事務所にて1年間の養成期間を過ごした後、福島に赴任したというご縁がある。そう、姉弁、弟弁の仲なのである。

当時の事務所の所長が病で突然倒れるといった事情もあり、ろくな養成指導もできないまま、加畑さんを福島に送り出したのは、平成22年1月。
相馬ひまわり基金法律事務所に赴任していた私にとって、偶然とはいえ、事務所で養成した弁護士が福島に赴任するということは純粋に嬉しかった。

加畑さんの任期中に大好きな福島に遊びにいこう、などとのどかなことを考えていた日が、今、切なくなるほど懐かしい。

その1年後、まさかの悪夢、東日本大震災&福島第一原子力発電所事故。
二人の過酷な苦労の皮切りとなったのが、この事故直後の刑事弁護の依頼に対し、「受任する」という決断をしたことだった。

記事でも紹介されているが、「やるしかないでしょ」「やるか」という会話に至るまでに、二人の心を駆けめぐった葛藤と苦悩を想像すると、私は何ともいえない気持ちになる。
一番、心にこみ上げてくる想いは、やはり「ごめんなさい」だ。

事故当時、加畑さんは3年目、頼金さんは2年目、経験年数が浅い若手弁護士である。法テラスのスタッフ弁護士という、若干公的な性格を有する肩書きを持っていたとはいえ、たまたま、事故当時、福島にいたというだけのことで、命を賭けて刑事弁護を引き受けるかどうかの決断を迫られてしまった。

どっちを選んでも苦しい選択であったと思う。
そんな決断をさせてしまったことに、心がキリキリと痛む。
ごめんなさい、二人とも。

彼らは、結局、この極限状況の中、刑事弁護を引き受ける決断をした。
加畑さん、頼金さんの勇気と使命感を、頭が下がる、感銘を受ける、といったありきたりの言葉で表現することは不可能だ。
同じ立場に立ったとき、私は彼らと同じ決断はできなかっただろう。

もっとも、この話は、美談にまとめて終わってはいけない。
同じような事態は、災害列島日本ではいつでもどこでも起こり得る。若い弁護士に犠牲的な使命感を求めることで解決してはならないし、加畑さん、頼金さんも、英雄としてまつりあげられることは、決して望んでいないと思う。

そんなことを考えていたある日、当の加畑さんから、電話がかかって来た。

「葦名さん、今日のプロメテウスの罠、読まれましたか?」
「ううん、まだ。でも、毎日じっくり読んでいますよ。今日は家に帰ってから読もうと思ってたけど、どうして?」
「ああ、そうですか。あの、それならお読み頂いてからで構わないのですが、違和感を感じられなかったかなあと。それが心配で心配で思わずお電話しちゃいました」

こんな電話がかかってきては、すぐに読まずにはいられない。
読んでからまた電話しますね、と断って、早速、その日、1月28日付の連載、「爆発、息止め走った」に目を通す。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S10948327.html

加畑さん、頼金さんの半生を振り返りながら、当時の心境を回想する良記事、どこに「違和感」があるというのだろうか。
首を傾げながら、加畑さんに折り返す。

「違和感なんて何にも感じなかったよ。強いて言えば、『未来の結婚相手』って、一体どこにいるわけ?ってことくらいだけど」と冗談を交えて話しながらも、一体何が心配だったのだろうと聞いてみた。

加畑さんは、一気にこう言った。
「記事に、20年後、30年後の自分の身体が心配だ、ってこと書いてあるじゃないですか。これは私の正直な気持ちだから嘘じゃないんです。でも、この発言は、福島の人を傷つけたんじゃないかって気になって。私がこんなことを言ったせいで、福島の人が差別されたり、周りから変な目で見られたりしたらどうしようって、それがすごく心配だったんです」

そうか、自分の発言が福島の人々の傷をえぐるのではないか、それを心配していたのか。
あまりにも切ない「違和感」の正体に、胸を衝かれた。

でも、私は、受話器を硬く握りしめて、答えた。
「加畑さんの恐怖心は、事故当時、福島にいた人が当たり前に抱く恐怖心だよ。それが原発事故の一番の怖さでしょう?日本人が直視して共有しなければいけない恐怖心でしょう?大丈夫だよ、加畑さんの発言で傷つく人なんて誰もいないよ。当たり前の恐怖を当たり前に伝えることはすごく大事なことだと私は思うよ」

こう答えながらも、心の底から怒りが湧き上がってきた。
時限爆弾のような恐怖を心に秘めながら生きている人々は何十万人もいらっしゃるはずだ。
にもかかわらず、意図的に作出されているような無視と忘却と偏見の中、加畑さんが心配する通り、怖い、という気持ちを堂々と吐露することすらはばかられる息苦しい社会が、今、現実に存在している。

本当に情けないし、恥ずべきことだ。

20年後、30年後の未来を純粋に楽しみにできない苦悩が、たった三年で忘れ去られていいのでしょうか。
私たちは、今一度、原子力発電所の未来をどうすべきか、当事者意識を持って考えるべきではないでしょうか。
改めて強く思ったので、書き留めておきます。

プロメテウスの罠、連載はまだまだ続きそうです。
加畑さんと頼金さんのご活躍を、一読者として、今後も楽しみにしっかりと読ませて頂きますね。





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Last updated  2014.01.30 23:34:30
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