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ミニマリスト家族

2021.05.14
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カテゴリ:ミニマリスト家族
突然ですが。


わたしたち夫婦は、



先日めでたく結婚25周年。


晴れて「銀婚式」を迎えましたところのわたしたち夫婦は。



「仲良し夫婦」に見えますか?










見えますか? もなにも、


読者さまのほとんどにおかれましては

このブログからの情報が全てなのですから、


わたしが「仲良し」っぽく書いてしまえば「仲良し!」なのであり、

「険悪!!!」と書けばそうなってしまうのでありましょうが、


そういうイメージ操作もできるのかもしれないのですが、


いやいやいやいや、


そういうものではないのだろうなあ、と。 


それをする意味はないのだろうなあ、と、わたしは常々感じるのです。



言葉を尽くして「円満」を 装って もとい、 語っておられるブログでも、


読み手からすると、

何故だかわからないけれどそうは思えなかったり、

不穏な何かや、発信用に無理してる何か(笑)を


行間のそこかしこに感じてしまったり。


逆に、


いつも「不和」っぽく語られておられるブログであっても、


本当はとっても仲良しなんだろうな、と


なんだろ、


「愛」のようなものがにじみ出てしまっていて、


とても微笑ましく、


うらやましく感じてしまうようなご夫婦も、


やっぱりあるでしょう?













夫婦喧嘩を、どう捉えているか、の、お話。



喧嘩するのか、しないのか、と言えば・・・「します」!



「喧嘩」は、時々は、した方がいいと思っています。



というか  昨日、しました!!! の、お話 (笑)




明日のあなたさまの、


家事の合間の、お仕事の合間の、


小さなお楽しみにしていただけたなら、嬉しいです。



明日書けなかったら、ごめんねー ( ;∀;)





                                   つづく





↓ 仲直りできるといいね、のポチッと、ありがとう。

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今日いちばん思いを込めてこれを押す人は・・・ きっとおとーさんだと思います(笑)

















最終更新日  2021.05.14 15:37:33


2021.04.29
カテゴリ:ミニマリスト家族
今日、結婚記念日だった!!

わたしたち夫婦は、今日で「結婚25周年」です。


最近あまり聞いたことがなかったけれど、


今日って「銀婚式」! だ Σ(゚д゚lll) !!



銀婚式って、ところで、何したらいいの???? 













銀婚式って、

とても先の先のお話で、熟年のご夫婦のお話で、

夫婦としての貫禄十分!! っていう

そういうイメージだったのだけれど。



あらら、その日を迎えてみたら、

わたしたちは、ぜんぜん違うなー(笑)











銀婚式って、何するんだろ。



わたしは、いたって「いつもどおり」だ。

今朝、いつもどおり5時半に起きて、

お弁当を作って。


おとーさんを見送ったあと、お洗濯物を干して、掃除をする。


いつもどおり以上に、いつもどおりの今日。



いつもとひとつだけ違ったのは、


お弁当が完成した頃にウォーキングから戻ってきたおとーさんに


「お誕生日おめでとう!」と言ったこと。


今日は結婚記念日で、そしておとーさんの誕生日です。




 ***********************************




いつもどおりは、当たりまえだと思っていました。



いつもどおりは「つまらない」と。



いつもどおりの こんな日が。


決してあたりまえではないと知ったのは、25年目のことでした。



おとーさん、

去年のいまころ、手術をしたというお話を させていただいたでしょう?



その手術自体はね、

特別な手術ではなかったのだけれどね、

麻酔から醒めて、おしゃべりもできていたのだけれど、


術後、3時間が過ぎたころ、どんどん顔色がおかしくなって、


おとーさんが苦しがり始めて、


青白いを通り越して、顔が黒褐色みたいになってきて、


酸素の値がみるみる下がって、


繋がれた装置から警告の音がけたたましく鳴って、


緊急の再手術になりました。

(縫合した内側で、首の血管が大出血を起こしました。
    気道が押しつぶされた「圧迫窒息」の状態です。)



え!何? 何が起こったの!?

わけのわからぬまま、

わたしは再手術の同意書にサインするしかなくて、

これにサインしたら何が起こっても文句は言えないのか、と不安になり、

説明を求めたくても、

「急いで!!」

「サインがないと手術ができません!!」

「早く!!」

と、看護師さんも必死で。


ゆっくり説明とか、それどころではない雰囲気の中、

震える指で、わたしは名前を書いて捺印して。

本当に、ガタガタと震えてしまって。


酸素ボンベを何本もベッドの柵にぶら下げられて、
大勢の医療スタッフが病室に走り込んできて、
そんなみなさんの表情とご様子から、
これがただ事ではない、ということは、
素人のわたしにもわかりました。


10人くらいの看護師さんたちが一斉にベッドを取り囲んだかと思うと、

猛スピードでエレベーターに向かい、

ぐったりとしたおとーさんを乗せたベッドは、

手術室へと消えてゆきました。




思わずついてゆきそうになったわたしは、


「奥さんは、ここで待っていて!!」と。


叫ぶように制されて。




「奥さん? え、あれ?? お子さんですか!?」



と、付き添っていたわたしが、

おとーさんの、まさか「娘」だと思われたことは、


今となっては笑い話(ちょっと自慢話・笑?)なのですけれど、



ああ、このままどうにかなってしまっても、

わたしは何もできないんだな。

麻酔が醒めて、

ちょっと安心しておしゃべりしたあの時間が最後だった、ということも、


医療の現場では、


いいえ、人生には。 起こりうるんだろう。



たった一人で病室で待つ時間は、

おとーさんの突然の「死」の可能性と、

25年の結婚生活の中で初めて本気で向き合った、

はじめて「そういう覚悟」をした・・・

とても恐ろしい時間だったのでした。








エンゲージリングのダイヤをリモデルした、この世にたったひとつのネックレスです。
25年間変わることのないこの輝きに負けぬよう・・・生きられますように。




 ***************************************




この日のできごとだけが特別なことなのではなく。


生きているということは、


いつも、いつも、本当は、守られていて、


本当は、毎日が、


「生きていることの奇跡」の連続で。







元気になって。 よかった。


ともに歩んできた、25年。


今日、わたしたちは「銀婚式」です。



指輪もない。 お花もない。 何もいらない。




だって、「命」があるもの。



すっきりと片付いたこの部屋で、



一緒にケーキを食べるだけの、こんな時間が嬉しい。



それがわかった奇跡が、嬉しいのです。




 **************************************



それにしても「銀婚式」って、何したらいいの?




今日、うち「ハンバーグ」なんだけど・・・




もう「ハンバーグ婚式」ってことで、いいかしらー(笑)









                                    おわり








今日もお読みくださって ありがとう。




↓ 結婚25周年&おとーさん誕生日の日記を読んでくださって、ありがとう。

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思い出すと怖くて、 あの日のあの出来事のお話をできるまでに、1年がかかりました。

 今日、聞いてくださったあなたさま、ありがとう。







  ↓ このケーキを食べるのよー ヽ( ´▽`)ノ























最終更新日  2021.04.29 21:02:51
2021.03.28
カテゴリ:ミニマリスト家族
春です。

進学や、就職や、それぞれの「新生活」に向けて。


この春、お子さんが生まれ育った家を出て遠くに旅立つのです、

いよいよ送り出す時が来たのです、というお話を、


たとえ見ず知らずのお方のお話であっても、


涙なくしては読めないでいるすずひです。


こんにちは。











とっても短い日記です。


心が動いたことは、書かないではいられません。




わたしには、4つ半違いの姉がいます。


とっても素敵な人なのです。


長女につづき、あの小さかった次女が。

わたしの結婚式の日には、まだ姉のお腹の中にいた、

可愛い可愛い姪っ子が。

(すずひのために「しましまのスカート」探してくれた、とっても優しいあの子です)


この春、家を出て、上京し、ひとり立ちするのだそう。


国家試験の合格も、すごい! 本当におめでとう!!


送られてきた卒業式の、

キラキラとした晴れ着姿の写真に、

同じくご卒業を迎えられたご学友のお嬢さん方に囲まれた彼女の晴れやかな表情に、

胸がいっぱいになりました。



大学5年生〜卒業年度に見舞われたコロナ禍において。

講義も、実験も、インターンも、

たくさん制約があって、どんなにか大変だったろうと思います。






このケーキの手配が、お引越しの日に残念ながら間に合いそうになかったから・・・







お姉ちゃん、二人の娘を、


立派に社会に送り出したこと、


本当に、本当に、おめでとう。


そして、お疲れさま。


長いような、短いような子育ての・・・


これが本当の「卒業式」ですね。





確かな美味しさと「あす楽」が嬉しい「コガネイ チーズケーキ」を贈ります ( ´▽`)ノ




 ***************************************



4年半先を歩く姉の姿は、わたしにとって、


いつも「導きの星」です。


遠く輝く、美しき北極星。



わたしは いつまでたっても未熟な親で。


いつまでたっても「妹」で。


我が子が本当の意味で「ひとり立ち」するその日まで、

まだまだ不安になるだろうし、

時に悩み、迷うのだとおもう。



迷った時には、だから、


遠く輝く「北極星」を 見上げなから


後を追って、しっかりと、歩こう。



目指す方向を見失うことなく、


不器用でも、ぶざまな失敗しながらでも、


本当に嬉しい涙だって、たくさんたくさんあるのだから、


1歩1歩、前を向いて、



これからも、歩こう。



おとーさんと 、一緒に。






                                     おわり







短い日記に気づいてくださってありがとう。




わたしのブログを実はずっと読んでくれているらしい姪っ子は、
少ない荷物でお引越しをし、少ないもの、少ない食器、そして「少ない服」で、
とってもミニマルに暮らすのかもしれません。

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いつもポチッとしてくださって、ありがとう。

あしたは。

お約束通り「爪痕日記」の後半を・・・心を込めてお届けしますね ( ´▽`)ノ

ちょっと長いですよ(笑)





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更新を楽しみに待っていて下さるあなたのお気持ちがとても嬉しい。いつもありがとう ( ´▽`)




















最終更新日  2021.03.28 21:40:36
2021.02.27
カテゴリ:ミニマリスト家族
生まれたばかりや、

まだまだ知らないことだらけの頃は。


「親がしっかりしなくては!」

「親がどうあるかで子の人生は変わってしまう!」

「いい親であらなくては!」


そんな気持ちで無我夢中で。 必死でした。


保護がなければ生きられない年齢までは、

親には、無論 そのくらいの責任がありますね。











親なんて、何にもできない。


そこを知ることこそが子育てなのかな、と。 


今は、思うのです。



子のためにわたしが何かできると思って(思い上がって)いるうちというのは、おそらく。

まだまだこちらの、

子ではなく「わたし側」の。

親側の自立が足りていなかった。 

ただただ そんな気がするのです。











親は子のために、
死にものぐるいで頑張るんですけれど、

もちろん楽しことや笑顔ばかりではなく 

苦しいことや涙もたくさんあるのですけれど、

どんなに大変であろうと、

自分の意思で産んだ以上、

そんなことは「当たり前」のことで。


決して「恩に着せるようなこと」ではなくて。


誰にも肩代わりしてもらえない、


それは「わたし」の課題、なのです。


いいえ。


子の父親と母親である 「わたしたち」 の、課題。







久しぶりの「スープストックトーキョー」。楽しく選べる8スープセット、です ( ´▽`)









子に対して。

あんなことも、こんなことも、

こんなにしてあげた!

なんて思っていた頃のわたしは大馬鹿もので。



親なんて、何もできなかった。



こっちが いつも本当で。 真実で。


いじけるのではなく、
謙虚にそう思えるようになってようやく、
ようやくわたしも少しは「親らしく」なれたのかなあ、と

そんな気がしている、50歳のある日の朝。







「とうもろこしとパプリカのチリビーンズスープ」は、お初!ですよ。楽しみ!


 ***************************************




こんなにしてあげている!と思っていた頃はね、

子の身に起こった「つらい出来事の話」を聞くのが、

わたしはものすごく苦手だったのです。

耳を塞いで逃げまどいたいくらいに苦手だったのでした。


本人以上に動揺し、
ショックを受け、傷ついてしまうんですね。
一刻も早くなんとかしなければ!と、
わたしが焦ってしまう。

おかしいでしょう? 


恥ずかしいです。


でも、本当にそうなのです。


こんな人、いるんかな。


「わたしもそうです!」や、

「かつてそうだったです!」っていう方・・・ 


読者さまの中にも・・・いてくれるかな (;_;)?






甘いスープは「朝食」に。 すっかり沈没してしまっている緑の物体は・・・



 **************************************




「かーちゃんはさ、

     もっと肝っ玉母さんにならないとね。」



お子が13歳くらいの頃のことだったでしょうか、
おとーさんからこう言われたことがあります。

本当にその通りで、「正論中の正論」で、
なろうと思ってなれるものならば、
わたしだってなりたかった。

見るに見かねたおとーさんの、心からの助言も。

正論突きつけられ逃げ場を失った当時のわたしには
とても追いつめられたような、
「もっとしっかりしてくれよ」と叱られたように感じて。

わたしだってこれでも精一杯頑張っているのに! と。

たまらなく孤独な、

打ちのめされたような気持ちになりました。


あの頃のわたしは「わたしたち」ではなく。

「わたしだけ」で子育てをしているような気でいましたから。

そしてその時はまだ「親は何でもできる」と。

「母親は絶対的な存在であらねば!」と、そう思っていました。

その傲慢さが、どれだけ子を傷つけてきたかも知らずに。

「助けてほしい」と頼ることもできなかったわたし。

どうして頼れなかったんだろう。

可愛げのかけらもなかったのです。





巨大ブロッコリーです。自宅スープストックならでは。「追いブロッコリー」できる喜び。



 ***************************************




何にもできないのだ。 


親なんて、何もできないのだ。 と気づいてからは。

(気づいた、なんて格好いいものじゃないです。
「突きつけられた」「思い知らされた」という感じでした。)


子の「つらい話」を聞くことが、
わたしは徐々にですが、できるようになりました。

ただ、黙って聴く。 

どうにかしようとしない。

むしろ、これこそが、わたしの、
母親にできる唯一のこと、
唯一の「役割」だったのではないか。

そんな境地に至りました。


そこを逃げ回っているうちは、子から信頼されることはない。


そこ逃げ回っていた頃のわたしは、子からだけでなく、


恐らく誰からも信頼などされていなかったことでしょう。












つらい話、どんとこい!!



こう思えるようになれるまでが、


わたしは本当に本当に遅くて、

肝っ玉が小さくて、

子の試練や苦境を黙って信じて見守る度胸がからっきしない、というか


ずっと怖かった。


「堪えがたい恐怖」だったんですね。


耐える度胸、強さ、しなやかさが、なかった。

(できれば嬉しい話だけを聞いていたいという、
        とても愚かな母だったのです。)


それすなわち、心が弱かった。 


愛が弱かった。 


全てを受け止める覚悟がなかった。



子は、それを、必ず見抜きます。



こちらにちゃんとその覚悟が身につくまで、

その課題からは決して卒業できない。



なんども なんども

ひ弱な母(わたし)の魂を鍛えるための、

同じようなことが起こるのです。






しょっぱいスープは「お昼ごはん」に。薄く切ってカリッと焼いたブールを浸しながら。



 ****************************************




どんと来い! どーんと来いや!!  

どんなことだって、受け止める。


だから安心して。


わたしたちで。とーさんと、かーさんで、受け止める。


だから、安心して、あなたらしく お生きなさい。


わたしたち夫婦に、

未熟な親に、

こんな経験をさせてくれて、ありがとう、と。


こんな尊い気持ちをまた一つ教えてくれて、ありがとう、と。




いいことが起こったときだけじゃなくて。

つらいことが起こったときにこそ、そう思えたとき。

これが「親心」なのかなあ、って。

「わたしだけ」では乗り越えられない時は、

「わたしたち」で乗り越える。

これが「夫婦」であることの意味なのかなあ、って。


今さらなから 気づくのです。









                              

家族が何かに挑戦し、立ち向かい、

試練を乗り越えるとき、というのは。


励まし合い、支え合い、信じ合い、
そして人として尊敬し合うことのできる、
かけがえのない瞬間。

もはや「親」も「子」もない、

同じ志(こころざし)を持った・・・


大切で、対等な、そう。 「仲間」だ。






こんな風に届きます。 8種類の幸せ。 ほとんど一人で食べちゃうのよー(笑)



 ***************************************




人生に起こる試練は、だから。

「つらいこと」や「わるいこと」なのではなくて、

本当は「たからもの」なのですね。

お互いの成長のために必要なことが起こっているのだ、ということ。

必要だから起こったのだ、ということ。



その時にはすぐにはそう思えなくても、

いつかそのことの起こった意味、理由が、

はっきりとわかるときが 必ずおとずれる。


ああ、このためにあの日あの出来事はあってくれたのか!と。



人生って、すごいですね。


そして。


「家族」って 「夫婦」って 


「仲間」って 


「人間」って・・・ いいですね (;_;)




                               


                                   おわり








家族が、ある試練を乗り越え、

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きのう、待ちに待ったうれしい知らせがありました。

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今日、このお話聞いてくださったあなたさま・・・心から ありがとう。

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楽しみに待ってくださるお気持ちを、いつもありがとうございます りんご


















最終更新日  2021.02.28 11:57:17
2021.01.11
カテゴリ:ミニマリスト家族
今日 2021年1月11日は。

2000年生まれと、2001年早生まれのみなさんの

成人式の日、

成人式だったはずの日、ですね。





とてもとても「ふつうの朝」を迎えました。 これが一番ありがたいことなのです。



 **************************************




この年の生まれのお子たちは、

進学先の入学式も、
母校の卒業式も、
在学中の文化祭も、修学旅行も、受験も、

なにも影響を受けることのなかった奇跡の学年でした。

新型ウイルスによる混乱が始まってしまったのは

一つ下の学年さんたちから、だったのでした。


「成人式のご案内」という葉書が秋ごろ届いて。

そのあとすぐに「やはり延期します」という通知が。


主催さま側の「前例のないことに対する混乱」のほどは、


いかばかりか。












うちは男の子でしたが、
女の子の場合は、
それこそ2018年くらいから着付けの予約をしたり、
前撮りの予約、ヘアサロン、メイクやネイルの予約・・・
壮大なプロジェクトなのだということを知りました。

12月の街で、

その日は「前撮り」だったのでしょうか。
華やかな晴れ着を纏った新成人のお嬢さんたちが
3人並んで歩いてゆかれる姿をお見かけしたのです。


知らないお嬢さんなのに。


ああ、同じ年に生まれたお子たち。

こんな美しく成長されて・・・・と

目がしらがおかしくなってしまいました。


みんなとてもキラキラと輝いて、嬉しそうだった。



どんな状況の中にも笑顔があるのが若さなのですね。



その眩しさを見習いたいと思いました。








成城石井のミネストローネでちょっとだけお祝い。 キアヌがたっぷり!







成人式をとても楽しみにしていたよ。
そうでもないかな。
そのどちらでもないな。


それぞれにいろんな気持ちを抱かれながら、


今日の日を迎えられたことでしょう。



一つだけ確かなことは。



今日の日の命がある、ということで。


式があっても、延期になっても、

もしも無くなってしまったのだとしても。


今日までこうして育ってくれた大切なあなたへの・・・


心からの祝福と感謝の日なのだ、ということ。














我が子の命につながるまでの
いくつもの命があったから、

懸命に生きてくれた命があってくれたから、


わたしの命があるし、おとーさんの命があるし、



あなたの命がある、ということ。







30年前の写真です。この振袖を7年前、姪っ子が成人式に着てくれたこと、うれしかったなあ。




 ****************************************




今日は、だから。


ご先祖さまに。 先祖代々の精霊に。


静かに感謝を捧げる1日にしたいです。



新成人のみなさま。


おめでとうございます。



20年前のあの日、


あなたがたが生まれてくれた時、


嬉しくて、嬉しくて、


小さなあなたを、慣れない震える手で抱いた。



その気持ちを、「命の重み」を。


そして「心細さ」と「震えるほどの覚悟」を。


みんな、みんな。


お父さんとお母さんは、みんな。


まるで昨日のことのように、覚えていますよ。







                                     おわり







今日もお読みくださって ありがとう。


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読者さまの中には、今同じお気持ちでいらっしゃるお母さまもおいでなのかもしれません。

20年は、あっという間ですね。 

20歳から49歳というのも、なかなかあっという間でしたよ(笑)




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みなさまが、今日もどうか安全に、そしてお健やかにお過ごしになれますように りんご














最終更新日  2021.01.12 06:23:49
2020.11.20
カテゴリ:ミニマリスト家族
すずひは待ってたよ!

とうとうこの日が来てくれたよ! ヽ(;▽;)ノ










2020年のすずひ家のリースが届きました! 


うわぁー!!って 小さく叫んでしまったよ ヽ(;▽;)ノ




 ****************************************




さて。 ソファーのお話。


ソファーに対する「こだわり」のようなもの、は。

わたしはそれほど熱くないのです。

色味が部屋に馴染んでいて、布張りで、
へたりにくくて、なるだけ脚がないもの。

これまでも、4〜5年のサイクルで買い替えながら暮らしてきた「消耗家具」。

だから、お値段も、できればお手頃なもので。











我が家のソファーは。

2015年の2月に購入したソファーです。
この撮影の時は、すでに「4年目」でした。
「ニトリ」で購入したソファーです。
歴代ソファーの中で、
これはいちばん長持ちしてくれました ( ´▽`)



それまでの「2人掛け」では、

家族3人が揃ってゆったり座ることができない。


誰かが「地べた」で。

たいていの場合は、すずひが「地べた」で。


先代のもののスプリングが飛び出しかけたタイミングと合わせ、

この「3人掛けソファー」を購入したのです。


確か3万円台で購入できたことを記憶しています。








座面よりも「背もたれ」の方が限界です。日に日に変形し、歪んできている6年目(笑)



*****************************************




けれどもね。



ソファーに3人並んで座ることなんて・・・


実際には。


数えるほどしかなかったんですよ ( ´▽`)



ちょうど、母と子の心がばーんと離れてしまう時期と重なってしまって、ね。


わたしの不徳の致すところ、なのですが。 







知らない間に「6年目」のソファーでした。奥の壁の余白が・・今年のリースを待っています。



 **************************************




大人3人が並んで座れるサイズが必要だったのは、

このソファーが「最初で最後」だったのだなあ、と。

2020年の今、気づきました。



買うときは、まだ子育て真っ只中の頃でしたから。



けれど。 今は。





 *************************************




子育てに終わりはある、と 思っています。

お子が、まずは「肉体的」に、やがて「精神的」に。
そして社会に出たなら「経済的」に。

とくに「国民年金的」に! ( ← もうこれ!地味にラスボス!)

完全に自立することのできる日がおとずれたなら、
それは親にとっても子にとっても、どちらにとっても誇らしいことで。

素晴らしい「人生の門出」で。

名実ともに。 

そこが「子育ての終わり」なのかもしれません。



そういう時期に到達された子育ての諸先輩方のご様子を垣間見させていただきながら、


だから「終わり」は、あるんだろうな。って 


とても眩しく そう思うのです。














けれども。 きっと。


たとえ「子育て」には終わりがあっても。

「親」であることの終わりの日は、永遠に来ないのでしょうね。


ひとたび お子を産んだなら。


死ぬまで、わたしは「親」なのだと思います。


ずっと大切で、ずっと心配で、

たとえ邪険にされようとなんであろうと、

どうか元気でいてほしいと願う。
どうか幸せであってほしいと願う。

ツラい目にあったと知れば、
胸が引き裂かれそうな気持ちになるけれど、

親では決して与えることのできない、
親では用意することのできない、
ありがたいありがたい人生の試練の中にあるのだ、と、

心の奥で、ぐっと歯をくいしばる。


自分の命よりも何倍も何百倍の大切な存在がこの世にある、という奇跡。



奇跡と・・・責任。




 **************************************



ときに「この試練はわたしには、もう越えられないのではないか」と挫けたり。

いくつもの理想をかかげすぎて、苦悩と葛藤に陥ってしまったり。

なんどもなんども自信を失い、
途方に暮れては、
まるで息をするように自分のことを責める。

それが、とても苦しくて。

自分にも家族にも優しくしたいのに、それができなかった。



 ***************************************



多くの親は子のまちがいを正そうとしますが、
自分では親として真っ当な意見や助言をしているつもりでも、
相手は間違っていて自分が正しいと示すことは、
結局は相手を。子を攻撃している。

自分の怒りや決定を、
「親だから」という理由で正当化してしまう。

相手がこちらの期待どおりに変わってくれないとき。
家族同士でも、それ以外の関係性でも。
わたしたちは「相手に非がある」と、
どうしても考えてしまいがちな生き物なのだと思います。


自分は「非のない存在」として。 

相手は「責められるべき存在」として。


攻撃は、いつも自分の中から生まれている。

攻撃的な思いは、だから。 
相手ではなく自分自身を傷付けている。

そこに「やすらぎ」は、ひとかけらもないのです。



 攻撃的な思いから心の安らぎが生まれることはなく
 自分の怒りを正当化しても、
 自分を守ることにはなりません。

        ジェラルド・G・ジャンポルスキー


            

ああ・・・・・・・













けれども過ぎれば、どの瞬間も、その時の「全力」で。

「ただただ一生懸命だった」
「すべてのことに意味があった」と振り返ることのできる、
それは かけがえのない時間と体験の連続で。

子にとっても、それはきっと同じことなのでしょう。

自分が50歳間近になったことで。

ようやく、はじめて。

こんな心境になれたような気がしています。










そろそろこのソファーの買い替え時かな、と思った今。
その選択が、ふたたび「2人掛け」であった今。

ああ、また2人の暮らしに戻るんだな。

いや、戻るんじゃない。

そういう人生のステージに。「次のステージ」に。

わたしとおとーさんは「進む」んだ。


「子育ての終わり」というステージ。


それは 嬉しいような、淋しいような。

とても幸せなことのような、一抹の侘しさような。

けれどやっぱり、じんわりと嬉しくあたたかい。 

はじめて経験する、なんとも言えないこの気持ち。





おとーさんと だって、お子だって。

みんな、そう。

みんなここまで頑張って生きた。

笑ったり、泣いたり、喜んだり、怒ったり、


その時その時を、「精一杯」に。「一生懸命」に。













だから。


今日も、これからも、1日1日を大切に。


ひとことひとことの言葉を大切に。



疲れてしまったり、元気が出なかったり、
ホルモンのせいか、どうしようもなく苛立ってしまったり、


できない日もあるけれど。


なるだけ優しいお母さんでありたい、と。


そう思うのです。


ツラいことなんて、
生きてゆけばいくらだってあるでしょう?

世間は「つらさ」や「厳しさ」を、いくらだって用意してくれる。



ああ、それなら、せめてお母さんだけは。


どんなときも うんと優しくったって、いいじゃないか。



いつの日かわたしがこの世からいなくなったとき、


「声」でも「笑顔」でも、そして「言葉」でも。


あのとき、優しかったなあ、と。


コロッケは、まじウマかったな、と。


そんな風な、できることなら「優しさ」の、


「ほほえみの思い出」になることができたら幸せだなあ、と。


そういう「人」で、
そういう「母」でありたいなあ、と思う。



それができるのは「今」しかなくて。 


優しい言葉をかけられるのも、
優しく微笑むことができるのも、

生きている「今日この瞬間だけ」の連続、なんだな。と。



とても、そう思うのです。







ソファーが「2人掛け」に 戻ったら。

いいえ、「進んだ」なら。


小さな6畳のリビングは、


もっともっと がらーん と 広ーくなるね!








                                    おわり






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今日も、書けたよー ( ´▽`)ノ りんご




















最終更新日  2020.11.21 05:36:57
2020.10.04
カテゴリ:ミニマリスト家族
ブログ塾、のようなものが


あちらこちらにあるのですね。


そこでは、どんなことを教えてくれるのでしょう。



読まれる書き方、とか
PVを伸ばすコツ、とか、
そういう「マル秘テクニック」みたいなものを、
教えてもらえるのかな?



わたしの思う、良いブログとは。



わたしの、未だたどり着けない「良いブログ」とは。


いつか辿り着きたい「良いブログ」とは。






そのブログを読んだあと。

 読む前よりも もっと、

   その人のことを好きになっていること。






そんなブログ。



途中、どんな道を辿っても。


まっすぐそこへ向かうことは難しくて、
ときに逸れたり迷ったり、
大きく間違ってしまったり、
失敗をおかしてしまうことがあっても。



そこに回帰するのではないのかなあと。



そう思うのです。



それは、どんなテクニックも通用しない境地。





だからこそ、いちばん大切で。


いちばん嬉しくて、いちばん素敵で、



そして。



何よりも「難しい」こと。



 



半端袖のワンピースが大活躍の季節です。この秋は、わたしは「白」ばっかり着ていますよ。




 **************************************




金木犀が香り始めると、
ああもうすぐお子の誕生日だなあ、と、
毎年、思うのです。



その香りを、かすかに感じた、


今朝は「20回目」の朝、でした。












つわりがあまりにも重く、長すぎて。


ちっとも大きくならなかったわたしのおなか。


予定日から1週間も遅れて生まれた、


あの日の小さな、


とてもとても小さな赤ちゃんは。



すらりと背の高い、優しい青年に育ってくれました。



あともうほんの少しで。



お子は。 



いいえ「彼」は。 「二十歳」です。








                                     おわり







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最終更新日  2020.10.04 21:49:48
2020.08.28
カテゴリ:ミニマリスト家族
おとーさんの服と、わたしの服は、

とても相性がいいと思うのです。









夫婦は、定年を迎えて初めて、しっかりと向き合うことになる。
子育てにかまけ、仕事の忙しさにかまけて、
しっかり向き合ってこなかったツケを、
ここで払わなければならない。  P.7




コロナ禍の、ある時期。

おとーさんは、しっかりとお休みがありました。

結婚してこれまでの中に一度もなかったような長期休暇でした。

これまでの3連休や5連休、
お盆休みやお正月休みなどとは比較にもならないような・・・


それはまさに「定年後」の予行練習、だったのでした。







わたしが真っ黒の時は、おとーさんが綺麗な色を。
自分がわざわざ「差し色」を身につけなくても、隣にいる人の服で、真っ黒感は和らぎます。



 ****************************************



これまでのお休みは どこか「お休み!!!」で。

一方、コロナ禍のお休みは、「ただの生活」だった。

どこにも行けないお休みなんて、お休みが勿体無いね、

なんて毎日言い合いながら・・・


「定年したら、きっとずっとこうなのだろう」。


お互いに、そう思っていたに違いない。


毎日どこかにウキウキお出かけするわけなどないのだ。


そんな元気など、多分、もうないのだ。


ただ一緒に「暮らす」、ということ。







おとーさんがジャケットをきた時に「つり合う服」を、やはり1着は持っていたいと思うのです。



 ***************************************



生活が変わるそのときは、
絶望のスイッチを入れるピンチだけれど、
希望の灯を大きくするチャンスでもある。 

夫婦はたった一つの言葉でやり直せる。

たった一つの言葉で絶望させるその一方で。 

                    P.7




わたしは コロナ前は おとーさんの連休がしんどかったんですけど、

それは「お休み!」「せっかくのお休み!」「おとーさんだけがお休み!」っていう
あの特別な感じが苦手だったのであって、

ずーっとお休みで「生活」になってしまえば、

そんなに苦じゃないのだ、ということを知った。


コロナ禍のおかげで、知った。








白シャツを挟めば、2人揃った「トップスの暗さ」も解決。2人でいる時の服は、2人で完成。




 *************************************




どんなに長い休暇があっても。


どう考えてもわたしにだけ「お休み」は訪れず、


何かしらの家事を一切しないで済む日はない。


 1日もない。



定年もない。


3日や5日程度の連休やお正月は、

どこかそれでも仕方ないような、
いつも働いてくれてるんだから
たまの休みくらいゆっくりさせてあげたいような、

それが結局

じゃあわたしはいつ休んだらいいのだ!


いつならわたしは休めるのだ! という


「超・不公平」を感じることになって・・・



そんな風に不公平に思ってしまうのは、

「お休み」という存在が、これまでは。


どちらにとっても「特別なこと」だったせいで。








輝くものは「シルバー」で統一。お揃いにするのは、アイテムじゃなくて光。「白い光」です。







 ****************************************




お休みが日常になって。生活になって。


実際。3週間もした頃・・・


おとーさんの家事参加には、目を見張るような躍進があったのだ。

わたしの動きをじっと観察し、
それまでやったことのなかったことにも果敢に挑戦し、


それはわたしを「助けよう」とか「手伝ってあげよう」という
恩着せがましいものでは決してなく、


ここで暮らしているんだから俺もやる、という、

自分が気持ちよく暮らすためにやる、という、

まことに自主的な意欲に満ちたものだった。



そんな姿にちょっと驚き、そして嬉しくて、




この人と 暮らしていける、と 




そう思った。




 *****************************************




この人と暮らしていけるとか、いけないとか。

結婚25年目にもなってまだそんなことをいちいち考えているの!?と思われそうですが、


わたしは意外と、常に考えています。


1日1日、思いを更新しているようなところがある。


おとーさんだってそうかもしれない。


「絶対大丈夫」とか「永遠」なんて、そんなものは、どこにもないのだから。



この人と暮らしていけるのか。



定年後も、暮らしていけるのか。



定年後の暮らしのことは、何一つわからないのです。



その疑似体験ができたのは、本当に貴重な経験で。


こんなことでも起こらなければ、わたしにとって「定年後の生活」は 


ただただ漠然とした不安であり、闇だったのでした。



 **************************************



生活が変わるそのときは、絶望のスイッチを入れるピンチだけれど、

希望の灯を大きくするチャンスでもある。 




ピンチはチャンス。


男の人は、本当は、繊細で優しい。

無骨で気が利かず、優しい一言も言えないけれど。
威張りやで、余計な正論を振りかざして女性を怒らせるけれど。



お子が小さかった頃。



原因不明の熱が2週間近く下がらなくて。
わたしは連日の看病と不安とで、もうヘトヘトで。

仕事から帰ってきたおとーさんから「まだ熱下がらないの?」と言われて 


泣いて発狂したことがある。


「一人でずっと看病して、
ちゃんと病院に連れていって、お薬も飲ませて、それでも熱が下がらなくて、
ちゃんと家のこと、ご飯もお洗濯も掃除もして、これ以上一体どうしろっていうの!!」と。


おとーさんは「熱が下がらなくて心配だね、大変だね。」という労いの意味で言ったのに、


女性には「まだ熱下がんないの?何やってんの?」と


いたらなさを責められたように聞こえるのです。


子どものことは、全てわたしの責任。 


いつもそんな気がしていた。


そういう「心のすれ違い」ばっかりだった気がします。


なにも話せていなかった。












 **************************************



若いころは、心がばらばらで。


言葉が足らなくて。


若さのエネルギーと、好きだった気持ちと、
そういうものだけで一緒にいられたような気がする。


お互いに、すごく頑張っていた。




 ***************************************




安らぐような。 ホッとするような。


そういう関係性になれたのは、ここ最近だ。


子育ての終わりが、本当に近づき・・・


ものが少なくなってからだ。



 

 *************************************




ものが少なくなったら、


衝突が少なくなって、けれども会話は増えて、誤解が少なくなって。



わたしの服と負けないくらいおとーさんの服も少なくなって、


そんでもって とにかく「そっくり」になった。



出会って 28年くらいになるけれど。




今が、多分、いちばん、相性がいい。




もうだめだ、もう嫌だ、と思ったことも なんどもなんども あったけど。



おとーさんだって、そうだったろうと思うけれど。



今が、いちばん 仲がいい気がする。


お互いが お互いを 好きな気がする。


こういう全てが、誰かと生きることの醍醐味、


「夫婦の醍醐味」なのかな。  



そんな気がします。




やだ、恥ずかしい (笑)







                                   おわり









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おとーさんは、平日であるとか、ふだんの短いお休みには
「あれとって」「これとって」と、わたしをめっちゃ手足の代わりにするのですが、
うんと長期のお休みであれば、生活であれば、それをしなくなることにも気づきました。 

25年目の大発見でした!












最終更新日  2020.08.28 18:02:34
2020.07.04
カテゴリ:ミニマリスト家族
46年連れ添った夫がいなくなってしまい、
眠れず、食欲がわかず、体重は5キロ減りました。
泣き過ぎて、自分の顔ではないみたいに変わってしまって。

バリバリ仕事をしているから、
自分のことを自立した人間だと思っていました。
でも、そうじゃなかった。
夫に依存していたんですよね。
自分でも驚くほど。    朝日新聞デジタルより



この記事は。

長年連れ添ったご主人を亡くされた、あるお方のお言葉です。

「栗原はるみさん」のお言葉、です。










あまりにも泣きすぎて、
とうとう目の粘膜がおかしくなってしまったほど、なのだそうです。


とても意外でした。











「意外」なんて。 勝手な言葉。

何も知らないわたしだからそう感じるのであって、
長年連れ添ったご主人やパートナーを亡くされたことのあるお方なら、
共感で胸が痛くなるほどのお話なのかもしれません。

栗原はるみさんのご主人・玲児さんが。
かつて専業主婦だった頃のはるみさんに向けておっしゃった、


「僕を待つだけの女の人にならないでほしい。」


という言葉は、あまりにも有名で。

はるみさんが料理研究家になるきっかけになったのだ、と。
雑誌やコラムその他で、何度も読んだことがあります。


「自由でいてほしい。自分のやりたいことを探して。」


はるみさんは、ご主人のその言葉を受け、
料理研究家として、大成功を収められた。

「旦那さんの帰りを待つだけの女の人」では、決してなかった。



それなのに。



ああ、それなのに、と、思った。




わたしは、まだ、何も知らないのです。


長年連れ添った旦那さんが亡くなる、ということを。


けれども。


つい2ヶ月半ほど前。


わたしは「疑似体験」をしました。














ここに詳しく書き記すことは赦してくだい。

ただ、その時の気持ちは、ちょっと「衝撃的」で。

たった1日の疑似体験であっても、
こんなにも心細いものなのか、と。

自分の知らなかったような「自分の弱さ」に驚いたのです。

一人になるのが怖い、という気持ち。

どうか生きていてほしい、という気持ち。

大好きだ、という気持ち。


わたしの、「弱さ」と、


これは・・・愛?












NHKの「クローズアップ現代」という番組を見ました。

見ようとしてはりきっていたのではなく、
お風呂から出てきたら、
ちょうどテレビがその画面だったのです。

栗原はるみさんの姿が映し出されていました。

はるみさんは、目を真っ赤にして、涙をこらえていた。

こらえきれずに、ハンカチに隠れて泣いていた。


飾り気のない、
大きな笑顔が素敵なイメージのいつものはるみさんとは、
まるで「別人」のようだった。

悲しい道から、早く元気な道に渡りたいと思っているのに、
必ず元気になる!なって見せる!と思っているのに、
二つの道を行ったり来たりが激しくて、
なかなかこっち(元気)の道に渡れない・・・と。
絞り出すような声で、語る。


こんなに成功しているのに。
こんなに経済的にも社会的にも「自立」しているのに。


大切なひとを失った時の喪失感や心細さと それは。


全く関係がないものなのだ、と知りました。






シロツメグサと、モスバーガー。家族3人分のモスバーガー。6月のある日の、小さな幸せ。




 ***************************************


夫・玲児さんはね。 余命を宣告されたあと。

はるみさんに1通のお手紙を残されていたそうです。

すごい手紙でした。


 **************************************


「はるみ様」と始まるそのお手紙には。



ご自分は「決して良い夫ではなかった」という言葉と。

それなのに、よく耐え、許し、愛してくれたことへの深い感謝と。

努力家で、いつも前向きなはるみさんへの、
惜しみない尊敬の言葉と。


あと。


初めて会った下田の海でのことを思い出したよ、という


最後に綴られた言葉。


君は本当に可愛かった。

そして 今も 可愛いよ。














1947年生まれの栗原はるみさん。

この春に73歳になられたのだと知り、びっくりしました。


旦那さんの「美味しいね」が聞けなくなってしまって。

はるみさんは、家でご飯を作らなくなってしまったのだそうです。

一緒に食べたことを思い出してしまうから、と。


そういう気持ちになるんですね。


この旦那さんのお手紙は。

はるみさんのこれからの人生を、きっと生涯、支えてくれる。


はるみさんの心を勇気付けてくれるのは。


これはわたしの想像でしかないのですけれど・・・・


聞けなくなってしまった「美味しいね」の言葉、よりも。


最後の手紙に残してくれた 


「そして 今も 可愛いよ」


こちらの一言なのではないのかな、って・・・



今も。
そしてこの先お幾つになられても。 

一生涯色褪せることなく、

ずっとずっと嬉しいのではないのかなって。


そんな気持ちが・・・ ふと、してしまいます。



ああ、涙が出ちゃいます。






                                  おわり







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涙を拭ったあとのはるみさんの笑顔はとても美しく、印象的でした。
夫婦の亡くなる順番は、誰にもわからないことなのだけれど・・・
うちのおとーさんはいつも「絶対俺が先にいくんだからな!」と息巻いているタイプです。











最終更新日  2020.07.26 17:10:39
2020.06.28
カテゴリ:ミニマリスト家族
献立どおりの決まった食材を、
決まった量でぴったり買ってくる生活を、
もう何年もしてきているので。









不意に何かしらの食材をいただいた場合。
ふだんと違ったことが起こった場合。

分散して温存して使う、というよりは・・・
できるだけ早く食べきってしまいたい。

新じゃがをたくさんもらってしまった時の、
このあいだの「コロッケ」もそうでしたが、

もらった食材はなるだけ一気に消費してしまいたいところがわたしにはあります。

何かが残っているために
週に1回の「冷蔵庫がらーん」の、
あのお楽しみが叶わなくなることが嫌、なんでしょうね(笑)
食材を予定通りに使い切ったあの快感を、
毎週、すごい楽しみにしてるってことです。

楽しみです。 もはや、生き甲斐であります!







だから、たくさんいただいたミニトマトの一気消費! なんて可愛い見た目なの (*゚▽゚*)





焼いたトマトが好きなので、
このままオーブンで焼きましょう。

いいえ、とけるチーズをのっけてから焼きましょう。









ふだん、こんな使い方してしまったら 
次の買い出しまでのミニトマトが足らなくなってしまいますからね。
こんな贅沢な使い方できることの、ああ、なんたるありがたき幸せよ ヽ(;▽;)ノ





わーい、焼けたー。 オリーブオイルをかけて。 なんて美味しそうなんだー (*゚▽゚*)



 **************************************




さて、ここからは 昨日のお話のつづき、です。


ひさしぶりに「雑誌」を買って。

素敵なものを誌面に見つけてしまって、

欲しい!欲しい!欲しい!となってしまってどうしましょう!ということは

今回も、無事、起こりませんでした。

掲載されているものは、
もちろん素敵なものばかりなのだけれど・・・

わたしが、本当に素敵だな、と思ったページは、

この、たった1ページだけ、だったのでした。








美容院を控えている、という霧島れいかさんの、このページ。

そのお考えと、服の感じ、髪の感じが、
とてもふんわりとお似合いで、素敵でした。
このダッチェスデザインのトップスはとても好みのものだけれど、
これはわたしのもっている白いブラウスでも叶えられそうな雰囲気かな? と。


↓ Duchess Designs (ダッチェスデザイン)の素敵なシャツは、楽天さんにも! 洗える!






 **************************************









雑誌で見た素敵な人と全く同じものを買わなくても、
そういうイメージのものが、ある。

好きなイメージは確立しているし、
そのために必要なものはもう揃っている、という、この不思議。
十分に足りている、という安心の気持ち。


かつては。

雑誌を1冊買えば、
「あれが足らない!」「こっちの方が素敵!」となって、
自分の持っている服や持ち物が何もかもくすんで、
たちまち劣って、色あせて見えてきて、

どんどん自信がなくなって、不安になりました。

何か買わなければ!という猛烈な不安と焦燥にかられた。


今は、ちゃんと、ある。

少ないのに、ある。


雑誌に紹介されているものはもちろん素敵なのだけれど、
わたしにとって必要なものは、もうある。

足りている、という気持ち。


そんなわたしに「今、必要だ!」と感じたページは・・・










結局は、この「レジかごバッグのたたみ方」のページだけ、だったという(笑)



 ***************************************




何もかも、自己満足なのだけれど。

自己満足は、人が自分らしく生きるにおいて、
実はとても大切な、かけがえのない感情で。

最新の雑誌に掲載されているどの服よりも、どのサンダルよりも、
わたしの持ち物の方がずっといい!と思えたことの
この「自己満足」の嬉しさったら。


この安心感、ったら。









こんな顔の気持ち、です。


ものを手放した直後は。

雑誌を見るのも怖くって。
SNSを見るのも怖くって。

世の中はわたしを陥れようとする危険に満ちていて、
魅力的な「新しいもの」は日々無数に更新されて、
まんまと引っかかって次から次へと何かを欲しくなる、愚かしい自分との戦いで。

戦っているときは・・・しんどかったです。

今、このオムライスみたいな穏やかな表情で、

素敵なものを「素敵ね」と、ただ楽しんで、

けれどもわたしは、足りている。

「大丈夫」と思えることが・・・


ああ、こうなりたかった姿だなあ、って しみじみと、思う。


あのツラかった戦いの日々は、終わったんだなあ、って。


買うのも、手放すのも、
とどまることを知らぬ物欲に抗うのも、必死だった。


冷蔵庫いっぱいに詰まった食材を消費するのも「戦い」で、

決まったものを決まったように使い切り、

少ない服で足りる暮らしを、今は、楽しめている。


もう、わたしはなにとも戦っていないんだなあ、というこの気持ちが・・・


なんだか、とても うれしい。






目が笑ってないよ、と どうか言わないで(笑)



 *************************************


50歳目前になって、
ようやくこの境地にたどり着けて。

暮らしのあり方も。
自分のあり方も。
子育てのあり方も。 
夫婦のあり方も。

もっともっと早く気づくべきことが、
わたしには、本当にたくさんあったのだけれど。

それを思うと、もう、切なさしかないのだけれど。

これがわたしにとって、
もっともふさわしいタイミングだったんだろう。


自分が大きく変わことのできる、絶妙なタイミング。


わたしにとって、あの夏の「捨て」は。


神さまが与えてくれた、人生に一度きりの、


「気づき」のチャンス、だったのかもしれないな。







                                     おわり






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キャッシュレスの還元事業が終わる「6月」なんて、ずっと先だと感じていたのに、
あと2日ですね。 上半期も終わりですよー。
こっからお正月までの早さは異常です。年々早く感じられて、ただただ恐ろしいです ( ;∀;)













最終更新日  2020.06.28 20:30:31

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