カテゴリ:人間関係、不即不離
本多信一さんが2011年9月号の生活の発見誌に投稿された記事です。
本多さんが小学校の頃の話です。 担任の先生が「実はおれね、学校をやめることになった」と言われたそうです。 その先生は超内向的で、生徒の前で話をしているとすぐに顔が赤くなってしまう。 それに生徒に見つめられるとうつむいてしまうという視線恐怖を持っていた。 父兄からは「赤面恐怖で、子どもの視線に耐えられないのだったら、学校をやめてもらいたい」という要望が出されていたそうなのです。 本多さんはその先生に次のように言いました。 私のような内気な子は内気な先生を頼りにしています。 もし先生が辞めたら、結局自分たちは生きていけないと悟ってしまいます。 先生を辞めないで、内気な子、神経質な子、緊張型の子どもの先生として生きたらいいじゃないですか。 そうしたら先生の顔に赤みがさして、「そうだな、そういう生き方もあるな」と言われたそうです。 この話から学ぶことがあるようです。 このブログを読まれている方は神経症の経験者が多いと思います。 森田を学習・実践して、乗り越えた人も多数いらっしゃることと思います。 神経症になって経験したつらい体験は、今現在その渦中で苦しんでいる人にとっては宝の山です。その苦悩した経験を公開して、他山の石として役立ててもらうことはできないものでしょうか。 神経症を克服して「ああ、生きていてよかった」と救われた体験は大変貴重です。 森田先生は神経症が治ったら犠牲心を働かせて、その経験を赤裸々に開示することを勧められていました。 これが小我から大我に生きることになります。 私は森田先生のように多額の寄付をするような社会貢献はできません。 私のできる社会貢献は、神経症に陥り森田に出会って得た貴重な体験を包み隠さず開示することです。できれば一人でも多くの人に役立ててもらうことです。 後悔のだらけの人生でしたが、今になればそれはとても貴重な体験でした。 それを他山の石として開示すれば、自分も今後の生きがいが持てます。 現在神経症で苦しんでいる人も解決のヒントが見つかるかもしれません。 人の役に立つことができればこんなにうれしいことはありません。 今まで苦しんだことを後悔するよりも、その体験を宝の山として、これからに活かせば恥ずかしいことにはなりません。自分を責める必要もありません。 素晴らしい人生を全うしたと自分で自分を褒めてあげることができます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.04.22 06:41:37
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