カテゴリ:生の欲望の発揮
困ったときに他人の助けを借りることは悪いことではありません。
反対に他人が困っているときは助けてあげる。 人間社会は、助けたり助けられたりすることで成り立っています。 自分の得意分野では人の役に立つことを実行する。 それ以外は他人に頼ることで、豊かな生活を手にすることができます。 ここで問題なのは、本来自分たちがしなくてはならないような、食事作り、雑事などから手を抜くようになることです。 昔の生活は自給自足が基本でした。自分達が食べるものは自分たちで作っていた。 旬のものを工夫して料理していました。加工食品もふんだんに作っていました。 牛やニワトリなども飼っていました。 生活に余裕が出てくると横着をするようになります。 最近は田舎に住んでいる人でも、米、野菜を作らなくなりました。 近くの工場で働き、近くの大型スーパーで好きなものを買ってくる。 都会生活をしている人とあまり変わりません。 年金が出るようになると、わずらわしい雑事からは解放されてきます。 これからは趣味や旅行を楽しんで、今まで苦労してきた分を取り返えそうと思うような人が増えてきました。 一日中テレビを見なから、食べたいものをスーパーで買ってきて、腹いっぱい食べるという生活習慣が定着してきました。 傍から見ると心豊かに生活しているように見えます。果たしてそうでしょうか。 私の亡くなった母は遺族厚生年金をもらい、田んぼを小作に出して、趣味三昧・旅行三昧の生活をしていました。 年金をもらい米作りをやめて食事まで他人に依存した生活ぶりでした。 その母がもう何も思い残すことはない、何時お迎えが来ても後悔はないなどと口走るようになりました。 暇を持て余すようになり、その間隙を瞬間的、刹那的、享楽的な刺激で埋め合わせるような生活は精神的にはむなしくなってくるということだろうと思われます。 規則正しい生活、凡事徹底、自立した生活、課題や目標を持った生活を放棄してしまうと、決して人間らしくは生きていけないということだと思います。 いったん放棄してしまうと、元に戻ることは難しい。 それは、やる気や意欲が骨抜きにされてしまうからだと思います。 全ての面で依存することは、動物と同じように生きていくことになります。 それは、人間らしく生きることを放棄しなさいと言われているようなものです。 安楽な生き方のように見えますが、精神的には地獄の苦しみをもたらします。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.05.14 06:20:09
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