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月の砂漠-ヨルダンから

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おススメの観光スポット

2017.10.09
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今回の9月のアテンドでは久しぶりにペトラ入りしました。ヨルダンに住んでいるときは、もう数えきれないくらいペトラには出入りしていました。「死ぬまでに絶対行きたい絶景」と呼ばれるペトラ遺跡。でも私は飽きるくらい出入りしていたので、もうペトラには行かんでもいいな…と拒否反応が出るくらい。ヨルダン在住歴が長い方なら、私のようにツアーの仕事を例えしておられなくてもそんな気持ちになるかもしれませんね。ゲストが来るとペトラには絶対お連れすることになりますし…。

そんなわけで今回も、あやーーーペトラかぁ、というのが正直な気持ち。でも数年ぶりに入るペトラは思った以上に新鮮で、やっぱり格好いい遺跡!そしてどこを見ても岩なのに、なぜが写真を撮ってしまう。写真を後から見るとどれもこれも同じように見えるのがペトラ遺跡。やはり実際にこの広大でスケールの大きい遺跡を目で見る以上に勝るものはありません。

どどーーーんとそびえ立つシークの中を歩きます。







↓ペトラ遺跡はお墓の集合体。下の遺跡は、「王家の墓」と呼ばれている岩に掘りぬかれたお墓群です。右から「壺の墓」「シルクの墓」「コリント式の墓」「宮殿の墓」と名付けられています。



時間と体力のある方は、それぞれのお墓まで登って見られるのも良いですが、ペトラ観光が1日だけという方は寄り道をせずに頂上のエドディルまで行かれる方が良いかもしれません。ペトラ観光2日目など、すでに王道を制覇された方は、こうした脇道のお墓群を探索されるのも良いかも、ですね。

ペトラ遺跡は広大。歩き方は人それぞれです。皆さま思い思いの歩き方で是非この世界遺産を堪能していただければと思います。

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最終更新日  2017.10.24 06:33:01


2017.10.03
引き続き初冬のような寒さのイスタンブールです…(涙)。しかも昨日はシトシトとこれでもかというほど雨が降り続きました。カラッと晴れていたヨルダンとイスラエルのお天気が懐かしい~。

とはいえ、ヨルダンも9月後半は朝晩が肌寒くなっていました。友達曰く、今年のヨルダンの夏はこれまでになく強烈に暑かったけど、暑さが長続きせずあっという間に秋の様相になっているのだそう。夏が猛烈に暑かった年は冬が強烈に寒くなるそうで、今年の冬はかなり寒くなるんじゃないか…と話していました。さてはてどうなることやら。

そんな秋模様のヨルダン。私がペトラにお客様と行ったときは、日中の日差しはきついものの風がふわっと吹き抜ける気持ちの良い秋晴れで、夜も適度にひんやりして本当に気持ちよかったです。

さて私は、ペトラでは遺跡近くのホテルに泊まらず、あえてワディムーサ中心部のホテルに宿泊。ワディムーサ村の中心部は遺跡からは徒歩15分から20分の距離。帰りは登りになりますので、徒歩だと20-25分みておいた方が良いかもしれません。

ペトラ観光は非常に疲れますので、できれば遺跡の近くに泊まりたいという方も多いと思います。ペトラ・バイ・ナイトを見る場合は特に夜遅くなりますので、遺跡近くのホテルのほうが何かと都合が良い。これは確かです。でもワディムーサ村でも頑張っているホテルたちがあります。専用車がある場合は、足の確保ができていますから、ワディムーサ村の中心部にお泊りになっても良いかも。ホテルによっては遺跡への足を提供しているところもあります。

ワディムーサ村の夜景は素朴ですが、けっこうきれい↓。これは遺跡付近のホテルからは見ることができない風景です。夜のお散歩がてら、撮りました。



↓こちらは私の泊まったホテルではありませんが、ワディムーサ村にある2星ホテル Petra Gate Hotel から見たワディムーサ村の夜景。Petra Gate Hotel は2星ですから、ホテルの快適さという点では物足りませんが、予算の限られたお客様にはお勧めのホテル。



オーナーのナーセル氏はとても良い人で、日本人大歓迎です。バックパッカーに今でも根強く支持されているこのホテル…大不況にもめげず、屋上のレストランを改装したりして頑張っていました。このナーセル氏と私とは7年来のお付き合いで、ペトラが全盛期の時からイスラム国の台頭で不況に陥った数年前まで、私がペトラ入りする度に出会ってきました。今回3年ぶりくらいに出会いましたが、不況の中頑張っていましたよ。

上の写真は改装した屋上のレストランで撮ったもの。ゲストはここでゆったりとくつろぐことができます。もしご予算の限られた方で、ペトラのリーズナブルなホテルをお探しの方はぜひこのホテルにお泊りくださいね。ナーセル氏は遺跡への送迎も喜んでサービスしてくれます。

さて、ペトラ・バイ・ナイトにも参加してきました。これは…質が多少向上しておりました。以前にペトラ・バイ・ナイトを見たときは、見るのは1回でいいな…というのが正直な感想。見ないよりは見た方がいいかもしれないけど、でも絶対に見たほうが良いとも言えない…なんとも微妙な出し物だったのです。エルハズネがキャンドルの明かりでぼんやり照らされているだけで、特に大したことはない。

でも今回行ってみると、遺跡が七色にライトアップされるようになっていて、それなりに素敵でした。これだと、まぁ…お客様にもお勧めできるかな。





私の写真の腕はそれほど良くありませんが…、お客様はペトラ・バイ・ナイトがとても良かった、とおっしゃっていました。確かにお昼間見るエルハズネと全く印象が違いますから、昼間の顔と夜の顔の両方を見ていただくと興味深いかもしれませんね。

そんなわけで、世界一高い観光地と名高いペトラではありますが、やはり素敵な観光地であることは確か‼ ところがなんと現在は、世界遺産のリストから削除されるかもしれないという危機にも瀕しているそうな…。これは遺跡内で使われているセメントのためだそうです。石だたみの部分をセメントで固めて歩きやすくしているのですが、人工的な手を加えすぎると世界遺産とはみなされなくなるようで、今後どうなるか…。この情報が正しいかどうか分かりませんが、ガイドさんがおっしゃっていたので本当のことだと思います。

イスラム国の影響をもろに受けて不況にあえぐヨルダンですが、観光客の方が戻ってきていることが救い。皆様もぜひこの世界遺産に足をお運びくださいね。私もヨルダンを引き続き応援していきます。

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最終更新日  2017.10.24 06:35:06
2016.10.10

少し前ですが、ベルリンのペルガモン博物館に行ってきました。ベルリンには博物館がたくさんあって、博物館めぐりだけでもかなり時間がかかりそう…。私は一番関心のあるペルガモン博物館に絞って見学してきました。

このペルガモン博物館には貴重な発掘物の数々が収められていますが、とりわけ私の関心を引いたのは、ヨルダンのムシャッタ城のファサード(いわゆる外壁にあたる)部分。こんなところでヨルダンとドイツが結びついているなんて…なんだかびっくり。

さてこのムシャッタ城は、ヨルダンのアンマン空港からほど近い場所にある砂漠のお城です。ヨルダンに残っているのは焼きレンガでできた廃墟のみ。これだけ見てもなんのこっちゃ、という感じで、このお城を観光地に含めるツーリストはそうそういません。現在は修復作業が進められているようで、廃墟とはいえ、全体像がある程度分かるようには修復されるのかもしれません。

 
mushatta
ところが、このムシャッタ城のハイライトともいえる優美なファサード(外壁)部分がほぼ完ぺきな姿でベルリンの博物館にドデン! と飾られているのです。まずはその美しさをご覧ください。

ベルリンのペルガモン博物館

 ムシャッタ城

ムシャッタ城2
 
ムシャッタ城3 
どうでしょう…? 繊細で優美なこの彫刻!!! 圧巻です。思わず見惚れてしまう…。

このお城はウマイヤ朝のカリフ(支配者)であったワリード2世の時代に建設が始められたようです。でも写真をよく見ていただくと…彫刻が施されていない部分があります。そうなんです、このお城が完成することはありませんでした。あまりに凝りすぎたので、資金面での工面が難しくなってそのまま捨てられたのか…理由は分かっていないようですが、いずれにしてもウマイヤド朝が滅亡した時点で未完成だったようです。

そのまま捨て去られていたのですが、オスマントルコが現在のヨルダンを含む一帯を支配していた時(20世紀初頭)に、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世のもとに贈られました。そうした経緯で、このムシャッタ城のハイライトは現在ではベルリンのペルガモン博物館に保存されています。この皇帝ウィルヘルム2世というのは、考古学に造詣が深い人だったのか、とりあえずどうしてもこのムシャッタ城のファサードが欲しいとオスマントルコ側に依頼したようで、ムシャッタ城を形成していた石が分解されて膨大な数の箱に入れられて汽車 (だったか船だったか) でドイツまで運ばれたそうな…。

ドイツに届いてからの組み立て(?)作業も大変だったと思われます。でも素晴らしい彫刻ですね。多分これがヨルダンに残っていれば、ムシャッタ城は砂漠のお城(ハラナ城、アムラ城、アズラック城など)の中でも一番美しいお城だったはずです。

私としては、博物館の中よりもヨルダンのあの砂漠の中にこの優美な外壁がぽつんと立つほうがしっくりきますね(笑)。ドイツからヨルダンに戻されることはないでしょうから、残念! でもここドイツで、ヨルダンからやってきたこの優美な彫刻を見ることができることになんだか深い感慨を覚えてしまったのでした。

皆様もベルリンに来られることがあれば、ぜひこのペルガモン博物館に足を運んでみてくださいね。ムシャッタ城以外にも興味深い展示がたくさんありました。またこのブログでもご紹介したいと思います。

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最終更新日  2016.10.12 06:56:53
2015.03.02

旅行会社から本日連絡が来まして、ムジブ保護区のシャレーの改修工事が始まるので 2015年9月まではシャレーでの宿泊ができないということ。あちゃちゃ…これからハイシーズンを迎えるヨルダンなのに、なんでまた今頃から改修工事なのぉぉ~と思わずため息が出ました。

ムジブ? シャレー? それは何?? と思われた方のために…以前の私のブログで、ヨルダンが誇る (?) この保護区をご紹介させていただいております。ぜひご覧くださいませ。

http://plaza.rakuten.co.jp/fmtours/diary/201210260000/

http://plaza.rakuten.co.jp/fmtours/diary/201210260001/

下の写真は、ムジブのビーチとシャレーの写真。ここからの死海が一番美しい! と断言できるこのビーチですが、ここのシャレーの改修工事が始まるそうです。でも、ヨルダン王立自然保護協会によると、シークトレイルは普通にできるとのこと。このシークトレイルについては、私のブログで徹底解説? をしております。詳しくは、http://picturesque-jordan.com/Recommended_Sites_Japanese.html もご参照くださいませ。

ムジブ

ムジブのシャレー

で、わたし的には、ハイシーズン中にわざわざ改修工事をするなんて! なんで保護区が閉鎖されている冬の間に工事をせんかったんか?? とちょっとプンときましたが、あ、そうか、と思いつきました。通常、冬の間は保護区が閉鎖されるのでシークトレイルができません。ただしシークトレイルができない冬の期間中も、シャレーだけは開いていて泊まることができます。

冬の期間にシャレーの工事を始めてしまったら、シークトレイルはできない、シャレーには泊まれない…というダブルパンチとなり、お客様がムジブという場所そのものに来れなくなってしまいます。これではイカン!! というわけで、シャレーの改修工事はあえて冬の期間中を避けて春の時期に回したのかもしれません。そう考えると賢い~。

でも残念です。私のお客様にはムジブのシャレーでのご宿泊をお勧めすることも多いですし、ぜひムジブのシャレーに泊まりたい! とリクエストされる方もおられます。2015年9月まで改修工事となると、シャレーに今年お泊まりいただくのはなかなか難しそうですね。いやいや、とーーっても残念です。

ところでこのシークトレイルですが、保護区がオープンする4月1日以降からトレイルも可能になります。この保護区は10月末から3月末までは、必ずクローズとなります。ですから、シークトレイルもその期間はしていただくことができません。また、その年の雨量によっては、4月1日になってもオープンしないこともあります。これは、冬の雪や雨でシーク (岩壁) 内の水かさがかなり増し、流れもかなり速くなるので、身に危険が及ぶことになるためです。

年末年始にヨルダン旅行をされたとある方のブログで、ヨルダン人ガイドから「冬の期間でも日によっては保護区が開いていて、シークトレイルができることがある」などと説明を受けたためにすごく楽しみにしていた。でも実際に行ってみると閉まっていて(当たり前!!)、がっかりした…というようなことが書かれていました。いやぁ、ちゃんとした旅行会社なら、こんなテキトーな情報を伝えているガイドなんか速攻クビですね。

保護区が冬の期間中に閉まることは、ヨルダン王立自然保護協会のホームページにもシッカリ記載されていますし、旅行関係者の間では常識の事実です。改訂版の「地球の歩き方」にもきっちり記載されています。こうした不正確な情報に踊らされないためにも、ご旅行前に正確な情報をぜひ入手していただければと思います。

さて、4月以降のヨルダン旅行をお考えの方がおられましたら、是非是非ムジブ保護区でのこのシークトレイル、プランに含めてくださいね。


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最終更新日  2015.03.02 07:24:05
2011.07.13
さて、ピクニック日和のこの日、私たちは朝7時にベイルートのとある場所に集合し、9台ほど連なりながらシューフ保護区へ。到着したのは9時頃だったでしょうか。保護区の中に入ってすでに3時間ほど歩き続けています。ひぃひぃ、ふぅふぅ。

遠くに見えるのがヘルモン山頂上に近いところでヘルモン山が遠くに見えます。ズームアップすべきだった!! 右の写真では分かりにくいのですが、 一番奥に見えるのがヘルモン山。頂上には少し雪が残っています。

ヘルモン山は標高が高く、年中雪をいただいていたそうです。雪を頂いたその峰は白髪の老人の頭に似ているので、アラビア語ではこの山が「ジャバル・シェイヴ」(″長老の山″みたいな意味。最後の「ヴ」はアラビア語独特の発音で喉から出す音です) と呼ばれています。温暖化の影響で現在では夏に雪がすべて解けてしまい、もはや「ジャバル・シェイヴ」ではなくなってしまったということです。

このヘルモン山についても、もちろん聖書で何回も触れられています。かつては年中雪をいただいていたヘルモン山、その地に多量の露を生じさせ、降雨量のほとんどない厳しい気候の時でも草木を保護していたようです。またヘルモン山の解けた雪は,ヨルダン川のおもな水源となります。恵みの山だったんですね~。

やっと頂上に着きました!! 頂上から見渡す風景。

やっと頂上に到着

頂上でみんな一緒にパチリ 頂上でみんなとパチリ。う~ん。右側の人たちが全然写っていません(しょんぼり)。スンマセン!

汗をたっぷりかいているはずですが、乾燥しているのであっという間に乾いてしまいます。

ひたすらに歩き続けます 

何だかまだ歩くらしい…。疲れましたよぉ。ランチはまだですかぁ? あとちょっと、あとちょっと、となだめすかされ、またまた歩き続けます。そしてやっとランチタイムがやってきました。レバノン杉の木陰で、杉の香りに包まれながらのランチです。

さわやかな杉の香りの下でランチしました

皆様にもこのマイナス・イオンを少しでも味わっていただきたく…写真を大きめにアップさせていただきました。さわやかな杉の感じが伝わるでしょうか…?

イスラエル軍の砲撃によって割れた木 こちらは、イスラエル―レバノン間の戦争が起きた2006年くらいでしょうか、イスラエルの砲撃によって倒されてしまった杉です。倒れてもなお力強く生き続けています。

 

 

 

レバノン杉とお花たち

ランチの後は山を再び越えながら、車の場所まで移動します。かなり疲れていますが、美しい野草や木々からのマイナス・イオンに助けられて、テクテク テクテクと歩き続けます。

これがシューフ保護区の中では一番古いレバノン杉こちらはシューフ保護区の中では一番古いレバノン杉。やはり背が高いですね~。

このシューフ保護区にあるのは、杉だけではありません。オークやアカシアの木々もあります。昔はうっそうとした美しい森林で、多くの野生生物の住みかでもあったようです。

現在ではすっかり姿を変えてしまったレバノン。美しさの象徴だったレバノンがかつての姿に戻るのはいつの日か…。

そんなわけで、くたくたになりましたが、自然を満喫した一日でした! レバノンに来られることがあれば、是非レバノン杉も皆さまご鑑賞くださいませネ。


足跡ヨルダン散歩のことなら:http://picturesque-jordan.jp/japanese.aspx 






最終更新日  2011.07.14 04:47:52

レバノンの国旗先日、レバノン杉の保護区に出かけてまいりました。写真が多いので、2回に分けてレポートいたします。レバノンといえばレバノン杉! …というのは知る人ぞ知るレバノンの基本情報。実はレバノンの国旗にもレバノン杉が描かれています。

レバノンについては、旧約聖書の中でも何度となく出てきます。聖書の中ではレバノンは美しさ、肥沃さと結び付けられ、レバノン杉は威風堂々とした雄大さの象徴となっています。が、残念なことに現在のレバノンにはこうしたかつての姿をしのばせるものはほとんど残っていません…。レバノン人は現在でも自分たちの国を誇りますが、それでも彼ら自身が「レバノンは本当に変わってしまった、とても汚くなってしまった」と嘆くほどです。

かつてはレバノンの山々を覆っていたレバノン杉も、ほとんど残っていません。レバノン国内には杉の保護区に指定された場所が幾つかあり、レバノン杉保存のために細々とした努力が続けられています。

さて今回行ってきたのは「Shouf (シューフ)」と呼ばれるエリア。ユネスコの生物圏保存地域にも指定されている場所です。ここはレバノンにある保護区で一番大きいものです。保護区にある4つのエントランスのうち、今回は「Barouk(バルーク)」と呼ばれる地区から保護区に入りました。

 現在レバノン杉の植林がおこなわれています

この Shouf Cedar Reserve (シューフ・レバノン杉保護区) の特徴は、植林作業が懸命に続けられていること。ほとんどの杉が若くて、まだまだ小さい。それから保護区の面積がかなり広いです。

これと対照的に、北部にある有名なブシャーレ保護区には1200本ほどしか杉が残っておらず、あっけなく観光が終わってしまいます。ほとんどの方はブシャーレ保護区にしか行かれないと思いますが、トレッキングなどを楽しんでいただくにはシューフ保護区がお勧め。

きれいな高原の花

この日の天気はからっとしていてとても気持ちが良い。保護区には、色とりどりの野草がたくさん自生しています。野草の上品な匂いに囲まれながら、私たちは4時間ほどひたすら歩き続けます。

お花を左右に見ながら歩きます

こんな小道をひたすら歩きます

ひたすら続く小道。今回は総勢50名ほどで出かけましたので、ガイドをつけました。とはいえ 3,4時間も歩き続けるわけですから、初めは団子のようにくっついて歩いていた私たち、やがて何個かの小さなグループに分かれ、早い組と遅い組に。私は道中に食べすぎたせいで胃がおかしくなり、最終のグループにくっついてチンタラちんたら歩きます。

空気は乾燥していますが、太陽がギラギラと照りつけ、お昼に近づくにつれて影がなくなります。野草を摘みながら、のらりくらりと歩いたおかげで、海に行ったと同じくらいに肌が焼けてしまいました(現在、皮がぽろぽろと剥がれております)。

さらに野草は摘んではいけないことが後から発覚!! なんてったって保護区ですからね 雫とはいえ、摘んでしまったものは仕方ありません。ガイドさんも笑顔で「まぁいっか~」という感じ。このように適当なのは、やはりアラブ。事前の注意もありませんでしたしね(笑)

さてそんなレバノン杉保護区ピクニック。シューフ保護区についてさらに知りたい方は、次のURLからどうぞ。http://www.shoufcedar.org/scr.asp  次回に後半編をレポートいたしま~す。


足跡夏はヨルダン散歩。http://picturesque-jordan.jp/japanese.aspx






最終更新日  2011.07.13 19:38:16
2010.12.08

死海周辺にはソドムとゴモラという都市があったと考えられています。ソドムとゴモラとは聖書の創世記18章に出てくる都市の名前。聖書の記述は知らないけど、名前は聞いたことがあると思われる方も多いかもしれません。これらの都市の遺跡は、現在では死海の湖底に沈んでいると考えられています。

ソドムとゴモラの話をかいつまんでいたしますと・・・これらの都市はそれはそれは遠い昔、アブラハムが生きていた時代に存在していた都市です。アブラハムの時代、ソドムとゴモラがあったといわれている死海の付近は今よりもはるかに多くの部分が肥沃だったようです。

土地は素晴らしく潤っていたのですが、そこに住む人々は極めて不道徳なことで知られていました。そこで神はこれらの都市を滅ぼすことにされます。ソドムには、義人ロトが住んでいました。イスラム教では、このロトは預言者の一人と呼ばれています。

ロトには妻と2人の娘がいたのですが、神はこの4人を悪い人々と一緒に滅ぼすことを望まれませんでした。そこで、天使が遣わされます。もうすぐこの都市は滅ぼされること、救われたいなら急いでこの都市から出る必要があること、逃げるときには決して後ろを振り向いてはいけないこと、などが指示されます。

ロトの妻の塩の柱
 塩の柱の現場から死海を望む 

 

  塩の柱の反対側

振り返ったために塩の柱になったロトの妻

 

 

天使に従って、ロトとその家族はソドムを出ます。その後、ソドムとゴモラは硫黄と火によって滅ぼされました。ところがロトの妻は,自分が後に残してきた物を惜しんだのか、天使からの警告を無視して後ろを振り返ったのです。その結果、彼女は塩の柱となりました。

そのロトの妻の塩の柱が現在でも残っている?? と言われています。それが写真の柱。死海沿いの道を車で走られる方は、この柱を見ることができます。

もちろん、本当にロトの妻の柱かどうかは不明。イスラエル側にも「ロトの妻の柱」があるようで、これらの真正性は証明されておりません。ま、よくある話・・・。

それでも、死海の南東部付近(死海のヨルダン側)がソドムとゴモラの存在した地域であることは証明されています。死海に来られる観光客の方は、ぜひロトの妻の柱がある場所で、写真をパチリと撮ってみてくださいね。この柱の向かい側から見る死海もとても美しいです。


足跡新春の中東散歩。http://picturesque-jordan.jp/japanese.aspx






最終更新日  2010.12.09 00:56:52
2010.12.07
中東といえば聖書の地。古(いにしえ)の過去からイエス・キリストに至るまでの数千年、聖書に登場する様々な人物が行き廻り、数々のドラマを繰り広げました。ヨルダンも聖書にたびたび登場します。とはいえ、聖書時代にヨルダンという国はありませんでした。ヨルダンには聖書にちなんだ場所が数多く残されています。

そんな名所の一つが、今日ご紹介するムカーウィル。バプテストのヨハネがヘロデによって打ち首にされた場所と言われています。とはいえ、実は本当の現場だったかどうかは不明。ヨハネの打ち首現場といわれる場所は別にもう一つあり、そちらの説のほうが有力といわれています。そんな訳でかどうか知りませんが、このムカーウィルは訪れる観光客の少ないひっそりとした観光地となっています。

やっと頂上に着きました 頂上の遺跡 小高い山の頂上にある遺跡

ヨハネの打ち首ってなんじゃらほい? と思われる方も多いことでしょう。少し簡単にご説明しますと・・・バプテストのヨハネはヨルダン川で人々にバプテスマを施していたことから、この名前で知られています。イエスの親族であったといわれています。

ヨハネはヘロデ王によって投獄されていたのですが、ヘロデ王のいわゆる内縁の妻ヘロデアはかねてからヨハネを憎んでいまして、殺したいと思っていたのです。そんなとき、格好のチャンスが訪れました。ヘロデアの連れ子サロメがヘロデ王の宴会の席で踊りを見せてヘロデ王を大変喜ばせたのです。

ヘロデ王はみんなの前でサロメに「何でも欲しいものを与えよう」と誓いました。サロメが求めたものは・・・「バプテストのヨハネの首を大皿に載せて,ここでわたしにお与えください」(マタイ14:8)。これはもちろん母親ヘロデアの指示によるもの。ヘロデは深く憂えたのですが、自分の大言を取り消すことはできず、体裁を取り繕うためにヨハネの打ち首を命じます。

ヨハネの首は大皿に乗せて運びこまれ、サロメに、そしてヘロデアのもとに運ばれました。

頂上に見えるのがムカーウィルの遺跡

さてこのムカーウィル、小高い丘の頂上にあります(紫の矢印の部分が遺跡)。ビジターセンターから延々と歩いて登っていかねばなりません。かなりの距離と運動量。車はビジターセンターまでしか入れませんので、あとは徒歩で。

ビジターセンターがはるか遠くに見えます ひたすら歩く道

左上の写真は振り返ってビジターセンターを撮ったもの。黄色の矢印がビジターセンターの場所です。かなり歩いたことがお分かりになるかと思います。でも頂上の遺跡から見渡す景色は最高です。遺跡には何の説明もなく、幾つかの円柱が残っているだけ。健脚の方にはお勧めの観光地です。


足跡新春の中東情緒をお楽しみください。http://picturesque-jordan.com/






最終更新日  2012.04.12 00:14:57
2010.12.05

12月になりました。今年もあと少しで終わり・・・。本当に時の経つのって早いですね。ブログの更新を怠っているにも関わらず、たくさんの方が毎日ブログを訪問してくださっているようで、ありがとうございます。クリスマスから年末年始にかけての中東ご旅行に向けて、このブログを読んでくださっている方も多いことと思います。

今日は死海博物館のご紹介。ヨルダンには幾つかの博物館がありますが、どの博物館も名ばかりで・・・ほとんど整備されておらず、全くもって充実していないのが現状。そんな中で一番新しい博物館がこの「死海博物館」。この博物館は「Dead Sea パノラマ・コンプレックス」という最近建てられた建物の中に入っています。

このDead Sea パノラマ・コンプレックスは、ヨルダンのRSCN (王立自然保護協会) が管理・管轄する建物。死海のリゾートホテルエリアからは15KMほど離れた場所にあり、死海を眼下に望む岸壁に建てられています。

眼下の死海とごつごつした岩山が対照的 死海パノラマコンプレックス

お車がないとアクセスは非常に難しいのですが・・・。死海エリアにご宿泊の方は、ぜひ足を延ばしてみてくださいね。この博物館、まだまだ内容は充実していないとはいえ、RSCN もかなり力を入れている様子。死海の成り立ち、死海付近の環境、地理的特徴などなど・・・死海に関する情報なら何でも(???)手に入ります。

どんどんちっちゃくなる死海死海が年々小さくなっているのは皆様、ご存知でしたか? 死海の水面は毎年30センチずつ下がっているのです。このままでは近い将来死海がなくなってしまうといわれています。現在、アカバ港が面する紅海から死海まで水を引くプロジェクトが進行中。死海保存に向けての試みです。

パノラマコンプレックスから眼下に死海を見下ろします 

パノラマ・コンプレックスから眼下に見下ろす死海はまさに絶景。周りのゴツゴツした白い岩肌と青い死海のコントラストが得も言われぬ美しさを作り出します。

見下ろす死海はまさに絶景

眼下には死海、眼前には死海の向こう側、パレスチナが広がります。さて、このコンプレックスには死海博物館のほかに、会議室やレストランも入っています。レストランはハママトマインにある Evason Main ホテルが所有するもの。死海を眼下に見下ろしながらいただくお食事は、格別です。営業時間はお昼の12時から夜の9時。私が訪れたのは猛暑のまっ最中でしたから、照りつける日差しが最高潮に達するお昼の12時にお食事は到底できない状況。もちろんお客さんも誰もいませんでした・・・。この日はうだるような日差しでした。夏にはちょっとお勧めできませんね。

まだまだ知られていないこのパノラマ・コンプレックス。死海に来られた方は、この絶景だけでも見る価値ありかもしれませんよ。お時間の余裕のある方は、ぜひどうぞ!!


足跡年末年始は中東で。http://picturesque-jordan.jp/japanese.aspx






最終更新日  2010.12.06 07:18:21
2010.11.20

ヨルダンでモザイクの街として知られるのはマダバ。アンマンから30キロ離れたところにあります。かつてはクリスチャンだけの町でしたが、現在ではムスリムとクリスチャンの割合は半分ずつになっています。

このモザイクの街マダバは、ここ数年、ヨルダンの観光地には欠かせないスポットとなってきました。どの旅程表にも必ずと言っていいほど含められています。そんなマダバの栄光の陰に隠れてひっそりとたたずむのが、ウンム・アル・ラサース。マダバから30キロの位置にあります。モザイクの規模と美しさからいえば、断然マダバをしのぎます!! このウンム・アル・ラサース、実は2004年にユネスコの世界遺産に指定されてもいるのです。

 ウンム・アル・ラサースのビジターセンター ビジターセンター

まだまだ知名度が低いこの観光地。訪れる人は本当にわずか。ビジターセンターはひっそりと静まり返っています。私たちが訪れた時に観光客は一人もおらず、したがって受付にも人はおらず、しばらくうろうろした揚句に「暇で暇でしゃ~ない」というようなやる気のない兄ちゃん(ツアリスト・ポリス)を見つけ出しました。遺跡への入り口はどこ…? と聞くと顎でしゃくってあっちだといいます。ゲートをくぐると、広~い遺跡が広がります。遺跡というか…瓦礫(がれき)跡といったところか。

ウンム・アル・ラサースの入場料は無料。ぺトラで50JDも取ってるわりに、同じ世界遺産のこの観光地は無料なんですよ。それにしてもだだっぴろい遺跡です。

きれいに保存されたモザイク ここウンム・アル・ラサースの発掘はほとんどなされていません。遺跡内に説明やサインなどもほとんど無く(まぁ説明しようがないのだと思いますが)、瓦礫の上をさまよい歩くしかありません。

 遠くに白い屋根が見えます。下の写真にあるように、モザイクが保存されている建物です。

モザイクが保存されている建物

 

 

 

 

 

床のモザイク

 

 

 

 

 

 

中に入ると、あっと息を呑みます。まさに圧巻のモザイク。かなりの規模で床一面に散りばめられています。この保存の良さと規模はマダバにあるどのモザイクもしのぎます。建物の中にはブリッジが設置されており、床一面のモザイクを上から見下ろすことができるようになっています。モザイクがあまりにも大規模なので、まさにブリッジを歩きながらモザイクの中を泳いでいる気分。う~~ん、素晴らしい!! の一言です。

ウンム・アル・ラサースの遺跡で分かっていることは、ローマ時代にローマ軍の駐屯地であったこと、その後ビザンチン時代からウマイヤド朝に至るまでの時代に重要な都市として栄えたことだけです。モザイクの数々はその後、いわゆる偶像破壊期にたくさん破壊されることとなりました。

まだまだ整備が進んでいないウンム・アル・ラサースですが、ヨルダン政府のことですから、ここもぺトラに劣らない観光地に仕上げようと虎視眈々と狙っているはず(笑)!! いずれ入場料はぺトラに次いで高額になるやもしれません。ウンム・アル・ラサースを訪れるのは今が旬かもしれませんよ!


足跡中東散歩で中東情緒。http://picturesque-jordan.com/






最終更新日  2012.04.12 00:16:50

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