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カテゴリ:庭の花 木 メダカ
庭のきんかん 鉢にうえつけている 朝はかなり冷えてきているが 無事である 2017年 01月03日 hcでの苗の買い物をしておいた 01月14日 きんかん 庭の鉢で 無事なり 様子見をしていこう 01月18日 きんかん まあま 無事のようだ 玄関にあるので 毎日 見ている 07月14日 きんかん 花が咲きだした たくさん 実がつくかな 07月17日 きんかん 花もかなりある 実がつくのが楽しみである 07月22日 きんかん マッチ棒の先くらいの実がつきだした 07月29日 きんかん 花が2回目に咲いてきている 追加の花がでてきている 09月10日 きんかん 花が3回目のものが また 咲いてきている 10月07日 きんかん 実もたくさんついている 鉢でも 良く育つものだなあ 11月18日 きんかん 実も黄色になりつつある まあまあ いい感じだなあ 2018年 05月12日 きんかん 庭のちいさい木 今年も実がついたままである 06月23日 きんかん 庭のちいさいもの まだ 実がすこし残っている まだまだ いける 07月14日 きんかん 花がまた 咲いてきている 楽しみだなあ 08月04日 きんかん 花も咲き 実が また付きだしてきている 08月11日 きんかん 小さい実がついてきている これから成長してくれそう 08月18日 きんかん その後 実は 結構とついてきている 09月02日 きんかん 実もすこしついてきて 花もまだまだ 咲いている 09月20日 庭のきんかん 実も かなり 大きくなりだしてきている 10月01日 庭のきんかん 実が かなりついて にぎやかになっている 11月17日 庭のきんかん 実が黄色くなりつつある 順調である 12月01日 庭のきんかん 実も黄色で 収獲できそうになってきた 12月08日 庭のきんかん 黄色になった 収獲できるものは2個かな 12月29日 庭のきんかん 実も収獲してみた まあまあ うまいもの 2019年 01月12日 庭のきんかん 実も色づいている 収獲もokなり 02月02日 庭のきんかん 実もたくさん ついている 02月16日 庭のきんかん 黄色の実は どんどん 収獲していこう 03月02日 庭のきんかん 鳥さんも実をたべにきているなあ 03月16日 庭のきんかん 実はまだまだ あり 03月23日 庭のきんかん 実の黄色のは 収獲はok 05月19日 庭のきんかん 実は 残りは3個のみとなった 06月29日 庭のきんかん 最後の実が1個になった 花はたくさん咲きだした 07月06日 きんかん 花が咲きだした 新しく実がつきだした 07月13日 きんかん ちいさい実がつきだした 07月14日 きんかん 実がたくさんついてきている 08月31日 きんかん 花が咲いて 実がまた たくさんついてきている 09月07日 きんかん 実がたくさんついている なかなか いいなあ 10月06日 きんかん 実が 青いけど 大きくなってきている 10月27日 きんかん 実もたくさんついている まだ青いので 黄色になるのを待とう 11月10日 きんかん 実もすこし 色がうすくなりつつある 11月24日 きんかん 実の色 黄色がついてきている いい感じだなあ 12月07日 きんかん 実が 黄色になりつつある もう 収獲できるかな 12月14日 きんかん 黄色の実が半分くらいになってきている 12月21日 きんかん 実が 真っ黄色に なってきている 2020年 01月01日 きんかん 黄色の実 収獲はokだなあ 01月25日 きんかん どんどん つまんで 収獲している うまいなあ 02月01日 きんかん 黄色から 金色になってきている 02月08日 きんかん いい感じになっている 見た目も良いな 02月15日 きんかん 黄色の色が なかなかのものだなあ 02月22日 きんかん 実を鳥さんがついばみだした 東浩紀 おべんきょうその028 哲学 哲学の自己証明 2012年、國分功一郎との対談のなかで、今日この時代における「哲学の自己証明」の必要に言及した。 哲学の有用性を市民に対し証明し続けていた古代の哲学者ソクラテスを取り上げ、 彼のような人物が哲学者のスタート地点だとしつつ、 「今、哲学がなぜ必要なのか」、 「哲学の自己証明が必要だ」と述べた。 また、言論人としての姿勢と物書きとしての欲望の大きさについて言及し、10年や20年の社会変化だけを見て話をする「つまらない」論壇にはもう興味が無いとし、500年や1000年、2000年単位で歴史を見ながら物事を考えたいとしている。 また、自らの仕事については「消費社会と情報化社会が可能にした新たな社会思想を作りたい」と表明しつつ、そのことを著書の『一般意志2.0』と絡めて語った。 その後行われた梅原猛(哲学者)との対談のなかでも、歴史の話がなされている。 梅原との対談のなかで、 2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故を「文明災」と位置付けた梅原の議論に対し、 特に文明の長い歴史から考えるという点に賛同し、 現代の文明を創り上げてきた西洋哲学の歴史的な再検証の必要性と、 西洋哲学を超克した先に日本においてだからこそできる 新しい哲学というものへの展望について期待と意欲を示した。 このことについてはこの対談をする以前に、 先述した2月時点の國分との対談でも既に言及しており、 エジプト文明では太陽が神であったにもかかわらず ギリシア以降太陽が忘れ去られてきたその長い歴史にまで言及して 太陽エネルギーを語る梅原猛を賞賛し、 やはり長い歴史から物事を考える必要があることを強調している。 また、どちらの対談においても、「人間の欲望」の重要性について言及している。 (國分との対談について[89]) 上述のような経緯もあり、 日本の哲学界における梅原の存在を非常に高く評価し、 尊敬している[90][91]。 はた坊 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.02.28 02:30:00
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