ハワイ・ケブンの成長
ケブンは15歳。でも、20歳だと言っても、疑う人はいないだろう。彼が私のピアノスタジオに初めて来たのは、もう8年も前になる。ワイキキのホテルでのピアノリサイタルでスーツに蝶ネクタイの彼は、何かかわいい曲を弾き満場の拍手にすっかり気をよくして、「僕、将来はピアニストになる」と言ったものだ。あの時6歳だった彼。今では私より背が高くなり、私より手が大きくなり、私より老けている(それはないか・・・)。今、彼は自分で選んだポップスを練習している。黒人2人のユニットの歌うバラードだ。きのうのレッスンで、「随分よくなったじゃない!今週はだいぶ練習したの?」ときいた私に、彼は「うん、でもこの後半がスムーズに弾けなくて、ちょっとイライラしちゃうんだ」と笑った。ケブンとこんな会話を交わせるようになるなんて・・・と感慨にふける私。いたいけな少年だった6歳の彼が、何年か前、一時期道を外れたように見えた時期があった。まずは学校で喧嘩して、停学。ピアノには来ていたが「最初に向こうがあれこれ言ってきたから、顔面をパンチしたら、血が出ちゃったんだ」と、悪びれる様子もない。彼はフィリピン系で色が真っ黒。目が大きくて、彫りの深い顔立ちをしている。小学校高学年くらいから、いったい何を食べたらこうなるのかと思うくらい、どんどん体格がよくなっていき、見るからに喧嘩が強そう、といった風貌だ。その頃、同じ学校に通う生徒からよくない噂をきいたりもした。「あいつ、いとこの家に集まって、悪いビデオとか見てるらしいよ。」「友達が何もしてないのに、自転車を持ち上げて地面に叩きつけて壊したんだよ。」レッスンも、しょっちゅう遅れてきたり、さぼったり。ストリートギャングのようなファッションにウォークマンを聴きながらやってきて「あれ、誰の生徒?」って感じで、みんながジロジロ見ていた。「あなた、ベートーベンでも聴いてるの?」とからかうと、「いや、これはラップミュージックだよ」と笑っている。私に対する態度は、決して悪くなく、音楽好きな両親も、ピアノをずっと続けさせるつもりでいる。どうなるのかなあ、この子・・・と思いながらもどんどん月日が経っていったのだが。彼が変わってきたのは、フットボールを始めた頃だろうか。同時に、学校のバンドでサキソフォーンを吹き始め、彼の生活は忙しくなってきた。フットボールはまさに彼にぴったり、という感じ、練習で怪我をしたりもしたが、楽しかったようだ。そして、サキソフォーンは学校でも認められ、「僕はソロパートを任されて、すごくうまく吹けたんだ」などと、自慢げに報告するようにもなった。この間は、まじめな顔で「ジャスミン先生、ハワイ大学の音楽科でどうやって奨学金をもらったの?僕も取りたいと思ってるんだけど」という質問をしてきて、私を驚かせると同時に喜ばせた。何がどう影響したのかはわからないけれど、彼の中で何かが大きく変わったようだ。「僕は次のピアノのリサイタルは、少し早目に曲を用意したい。絶対に間違えないように、ベストな演奏をしたいから。」これが、ケブンの言葉かと思うと、涙ものだ。今や、絶対にレッスンをさぼらない。私も教えていて、気持ちが全然違う。子供たちはどんどん大きくなっていく。初めて来た頃は私を見上げていた小さな男の子が、車を運転してレッスンに来るようになる。みんないろいろ波はあるけれど生徒たちが、音楽を楽しめるようになってくれたらそれがいちばん嬉しい。そして、私は子供たちにとってはただのピアノの先生に過ぎないけれど・・・みんな道を外れないでまっすぐに成長していってくれたらいいなと思う。 花盛りのレインボウシャワーKing Street にて