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2007年09月28日
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カテゴリ:宮澤賢治の世界
「雨ニモ負ケズ手帳」の133ページにとてもロマンティックな詩が載っている。

 きみにならびて野に立てば
 風きらゝかに吹ききたり
 柏ばやしをとゞろかし  
 枯れ葉を雪にまろばしぬ

 峯の火口にたたなびき  
 北面に藍の影置ける
 雪のけぶりはひとひらの 
 火とも雲とも見ゆるなれ

 「さびしや風のさなかにも
 鳥はその巣を繕はんに
 ひとはつれなく瞳澄みて 
 山のみ見る」ときみは云ふ

 あゝさにあらずかの青く 
 かゞやきわたす天にして
 まこと恋するひとびとの 
 とはの国をば思へるを



 賢治の歌で女性に対する恋愛感情を歌ったものはそんなに多くはないけど、これなんかとてもロマンチックだ。
 「あなたはどうして、山ばかり見ているんですか。」
つまりどうして私を見てくださらないのですかという問いかけに対して、
「私はまことの永久の国を見ているのです」
と答えるのが生涯独身を通した賢治らしいといえる。 
この歌で「峯の火口」と出てくる。
この火口は伊豆大島の三原山で、きみとは伊藤ちゑではないかといわれている。
 宮沢賢治は、1929年6月12日に大島に船で渡った。
当時北の山の野地に同郷の伊藤七雄が妹ちゑの看病のもと療養生活を送っていた。
七雄は、体調も回復しつつあり、かねがね構想を抱いていた農芸学校を設立しようと思い、賢治に現地を見てもらい、助言を得ようとして大島訪島が実現した。
そして実はこれはちゑとの見合いが隠された目的だったという。
賢治は伊藤宅に二泊して帰京した。
その間、土壌調査や農園全体の装景などの助言・指導に当った。
この時の体験を中心に創作されたのが大長編詩「三原三部」だ。
賢治はちゑに好意以上のものを抱いたと思われる。
 三原三部の一部には、たとえばこんな一節がある。


  ……南の海の 南の海の
    はげしい熱気とけむりのなかから
    ひらかぬまゝにさえざえ芳り
    つひにひらかず水にこぼれる
    巨きな花の蕾がある……


 ここで「南の海の熱気とけむり」というのは大島のことだ。
「つひにひらかず水にこぼれる巨きな花の蕾」とあるのは、恋心を秘めたまま詩に封印したということじゃないかと思われる。
三原三部の三部には、

 もういま南にあなたの島はすっかり見えず
 わづかに伊豆の山山が
 その方向を指し示すだけです
 たうたうわたくしは
 いそがしくあなた方を離れてしまったのです
 あなたの上のそらはいちめん
 そらはいちめん
 かゞやくかゞやく
 猩々緋です


 ここであなた方というのは、伊藤七雄とちゑを指し、あなたをというのは、ちゑのことであろう。
 賢治は、大島から帰った後、親友藤原嘉藤治にこう語ったという。
「あぶなかった。全く神父セルゲイの思いをした。指は切らなかったがね。俺は結婚するとしたら、あの人だな。」
 神父セルゲイとは何か。
疑問に思って調べたことがあった。
するとトルストイの小説の題名だった。
セルゲイはロシア皇帝に仕える親衛隊の将校だったけど、恋人が皇帝に寝取られたと知って、絶望して隠者となったんだ。
その高潔な行いが評判となり、ある女性がたぶらかせてみせると友人とかけて道に迷ったふりをして、セルゲイの気を惹こうとする。
セルゲイはその時、自らの指を斧で切ってその誘惑に耐えた。それを踏まえた述懐である。






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最終更新日  2007年09月28日 23時02分45秒
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