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カテゴリ:報徳記&二宮翁夜話
ふるさとナビ:市民記者ニュース 秘境石仏・人生開眼の証し--福岡・築上町 /東京
<地域交流のページ> 北部九州の秘境、福岡県築上町の山奥で、高さ10メートルを超す磨崖仏(まがいぶつ)に出会った。この「寒田(さわだ)の石仏」を、自分の力で彫り上げたのはこの町に住む河野準一郎さん(79)だ。 辺りは信仰の山として知られる、霊峰・英彦山などが連なる。ここを源流とする城井川が20キロメートル以上流れ下って周防灘へと注ぐ。谷の一番狭まった集落、築上町・牧の原地区は、戸数7戸。住民は9人。1人暮らしは5戸、夫婦2人暮らしが2戸だ。平均年齢80歳を超す高齢化した過疎地区でもある。 河野さんは、隣町で経営していた鉄工所が破綻(はたん)。どん底から夫婦2人で鉄工所を立て直したが、一緒に苦労した妻をがんで亡くし、 一時、自分を見失いかけた。68歳で築上町に移り、四国霊場巡礼の傍ら、一人で自宅裏山の岩壁に観世音菩薩(ぼさつ)像を2年かけて1999年に完成させた。さらに、不動明王像も彫り上げた。「決意は必ず実行する」という河野さん。苦しい歩き遍路を経て開眼。その心は「石仏」に宿り永久に残るはずだ。【安倍賢治】 毎日新聞 2009年11月27日 http://www.kirin22.jp/kodawari1.htm http://www.kirin22.jp/on_01.htm 寒田磨崖仏(築上町) 河野準一郎さん 「私はもともと鉄工所をやっていて、実はまったくの素人なんです」という河野さんは、石仏で知られる大分県国東生まれ。子どもの頃から石仏は身近な存在でした。やがて、何度か四国の八十八カ所巡りをするうちに、自分で磨崖仏を彫ってみたいと思うようになったそうです。「自分がどこまでやれるか挑戦してみたかったんです」。 10年前から築上町の寒田にも居を構えている河野さんは、早速、近くに適当な岩を見つけ、山の持ち主に頼んで、まず観音菩薩を彫り始めます。写真を引き伸ばして寸法を図り、足場を組んで…。なにしろ、すべが初めて、すべてが手探りでした。「1体彫るのに3年はかかるだろうと思っていたら、1年で彫れました。じゃあ、あと2年あるからもう1体彫ろうと、次に不動明王を彫ることにしたんです」。こう、いとも簡単に言ってのける河野さん。しかし、1日に何万回もハンマーを振らなければならない孤独で地道な作業は、決して生やさしいものではなかったはずです。しかも、岩が均質ではなかったため、ずいぶん苦労したとか。「とにかく、3年間ぶっ通しで彫り続けた」河野さんを支えていたのは、「自分が本当にやろうと思えば、やれないことはない。彫り上げてしまおう!」という不退転の決意でした。「彫れば、その磨崖仏は何百年も残ります。皆さんへのお土産のつもりで彫り上げました」。今では、遠方からも参拝者が訪れる、寒田の新名所になっています。牧野観世音菩薩は高さ9.3m。牧野不動尊は高さ11.1m、目には中国の敦煌で買って来たという玉がはめられています。周囲の景色に映える2体の磨崖仏は必見です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年12月10日 23時06分27秒
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