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時勢の観察
（『時勢の観察』は『国民之友』明治二九年八月一五日に載った長編の評論である。一公徳と私徳の分離、二実益主義の国民、自讃的国民、四国民の罪悪とその建築物、五方針の定まらざる理由、六東洋の青年国、七俗吏論、八小なる日本の八編からなる。カーライルとクロムウェルに関連する箇所を抜粋する。）
　日本人の大なる実業家とはよく金を儲ける人をいう。日本人の大なる文学者とは二十年の長き貧と孤独とを忍びしカーライルの如きをいうにあらず。･･･品性は日本の文壇においては一文の価値なし。･･･
　クロムウェルの大なりしは彼の強硬なる外交政略にあらずして彼の温和なる強直なる私行にありし。
　議会の舌戦なるものは概ね党人の小戦闘にして大義正論の発表にあらず、新聞記者は余輩に報じていう「日本の議会に未だ一人の雄弁家なし」と、これ日本の政治家に大信仰を有する者なきの証にあらずして何ぞ。人、宇宙の大真理に動く時にのみ雄弁あり。

　主義の政治家は宇宙自然の理に基いて国是を定む、英のオリバー・クロムウェルはこの種の政治家なり、水の大洋を覆うが如く正義の地上を覆わん事は彼の最大最終の目的なりし、彼は彼の愛する英国を以て上帝の定めたまいし正義拡張の機関なりと信じたり。故に彼は大胆にも時の最強国なるスペインに当り、ブレーク、モンテーグの猛将を指揮してその暴虐を挫きたり。彼はサボイ山民の虐殺を憤り、強く大陸の政治に干渉し、仏国をして彼の政府に免を乞わしめたり。彼は北方の弱国スウェーデンを援け、該国におけるフランスとオーストリアとの干渉をしりぞけたり。僅々五年間にわたる彼の強硬政略は欧州大陸を震動せしめたり。公平なる歴史家はいう「クロムウェルは英国における憲法政治の基礎を定め、その大膨張の端緒を開けり」と。剣に血塗るに憚らず、国家の存在をも犠牲に供せしオリバー・クロムウェルは英国百年の栄光と平和とを来し、地球表面六分の一をイギリスの領土に加うるの開路者となりぬ。