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2018年02月11日
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カテゴリ:鈴木藤三郎

観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)信仰(しんこう)鈴木(すずき)(とう)三郎(さぶろう)()      

 1.鈴木(すずき)藤三郎(とうざぶろう)観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)信仰(しんこう)

 藤三郎(とうざぶろう)は、(じっ)生活(せいかつ)では二宮(にのみや)(そん)(とく)報徳(ほうとく)(おし)えを基礎(きそ)としていたが、精神(せいしん)生活上(せいかつじょう)では観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)(ふか)信仰(しんこう)していた。毎朝(まいあさ)(れい)水浴(すいよく)をした(あと)で、仏前(ぶつぜん)(むか)って観音経(かんのんぎょう)(かん)読誦(どくしょう)することは、どんな(あさ)()かしたことはなかった。急用(きゅうよう)出来(でき)汽車(きしゃ)時間(じかん)(せま)っているような(とき)でも(かなら)ずやった。時間(じかん)がないので、大急(おおいそ)ぎで()げている藤三郎(とうざぶろう)読経(どきょう)(こえ)()きながら(いえ)(もの)は「こんな(いそが)しい(とき)は、一朝(ひとあさ)くらいやめたってよいものを」と(わら)ったものだ。しかし藤三郎(とうざぶろう)としては、これが一(にち)活動(かつどう)源泉(げんせん)であったのであろう。どんなことがあってもやめなかった。

 藤三郎(とうざぶろう)観音(かんのん)信仰(しんこう)するようになったのは、(いえ)宗旨(しゅうし)禅宗(ぜんしゅう)であったことよりも、二宮(にのみや)(そん)(とく)観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)信仰(しんこう)していたことの影響(えいきょう)(ほう)(おお)かったらしい。

報徳記(ほうとくき)」に、(そん)(とく)一四(さい)(きん)次郎(じろう)(ころ)隣村(りんそん)飯泉村(いいずみむら)観音堂(かんのんどう)参拝(さんぱい)した(おき)そこへ行脚(あんぎゃ)(そう)がやって()て、堂前(どうぜん)(すわ)って読経(どきょう)した。その(きょう)()(きん)次郎(じろう)はなぜか歓喜(かんき)()えない気持(きもち)になった。それでお(きょう)(おわ)って(ぼう)さんに、「いまのお(きょう)(なに)(きょう)ですか」ときいた。「これは観音経(かんのんぎょう)す」と(ぼう)さんは(こた)えた。(きん)次郎(じろう)不審(ふしん)(おも)って(わたし)観音経(かんのんぎょう)なら(いま)までたびたび()いてますが、(いま)のように(こころ)にしみ(とお)るように(わか)ったことはありません」と(たず)ねると、(ぼう)さんは、「それは普通(ふつう)呉音(ごおん)棒読(ぼうよ)みにするから意味(いみ)(わか)らないのであるが、(いま)のは国音(こくおん)訓読(くんよ)みしたから(わか)ったのでしょう」といった。そこで、(きん)次郎(じろう)は、懐中(かいちゅう)をまさぐって(ぜに)二百(もん)()()して、

「これをお(そな)いたしますから、(いま)のお(きょう)を、もう一()()んでお()かせください」と(たの)んで、(ふたた)()いてすっかり観音(かんのん)信仰(しんこう)()たということが()いてある。

 三郎(とうざぶろう)の読んでいたのもやはり訓読(くんどく)観音経(かんのんぎょう)だった。

五郎(三男)お父さん、観音経(かんのんぎょう)では、どこが一番(いちばん)ありがたいと(おも)いますか?

藤三郎   それは観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)が、仏身(ぶっしん)(もっ)得度(とくど)すべき(もの)には、(すなわ)仏身(ぶっしん)(げん)じて説法(せっぽう)し、童男(どうなん)童女(どうにょ)(げん)じて説法(せっぽう)するというように、あらゆる相手(あいて)要求(ようきゅう)に広(げん)てこれを済度(さいど)する無礙(むげ)自在(じざい)(しん)を持ってられる(ところ)だな

 三郎(とうざぶろう)信仰(しんこう)中心(ちゅうしん)はそこにあった。そして(かれ)猛烈(もうれつ)発明(はつめい)活動(かつどう)も、もちろん名誉(めいよ)(よく)利得(りとく)(よく)をも(ふく)んでいたであろうが、その(おく)には、衆生(しゅじょう)要求(ようきゅう)即応(そくおう)してこれを実現(じつげん)してゆ観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)の一(おう)(げん)でありたいという念願(ねんがん)発露(はつろ)でもあったのだ。

 三郎(とうざぶろう)鈴木(すずき)鉄工所(てっこうじょ)で、観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)銅像(どうぞう)を四(たい)(三体説(たいせつ)もある)鋳造(ちゅうぞう)させた。原型(げんけい)大熊(おおくま)(しじ)(ひろ)(さく)で、(たけ)は一(じょう)(あま)り、眉間(みけん)白亳(びゃくごう)三郎(とうざぶろう)(きん)のカフスボタンを

()つぶして()れた。

 現在(げんざい)現存(げんぞん)しているのは郷里森町(きょうりもりまち)庵山(あんやま)台湾(たいわん)

橋仔頭(きょうしとう)工場(こうじょう)構内(こうない)建立(こんりゅう)した(たい)だけである。
 
 
 観音経 訓読 に対する画像結果
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





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最終更新日  2018年02月11日 18時54分20秒



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