252788 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

brog

brog

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Comments

katu6448@ Re:ティンバルカ(09/15) 正直な所、何を言っているのか? 最後はテ…

Recent Posts

Archives

Freepage List

2013.09.13
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
このようにわたしによって聞かれた。あるとき、尊師は、サーヴァッティに滞在し、東園の鹿母堂(ろくもどう)に住していた。

さて、尊者アーナンダは、夕刻時に独坐の瞑想より立ち上がって、尊師のところに近づいた。近づいて、尊師に敬礼して一方に坐った。一方に坐して、アーナンダは、尊師にこのように言った。

「尊師よ、かのあるとき、尊師はシャカ族のところに住しておられました。都市は、すなわち、シャカ族の都城です。
尊師よ、そこで、(次のようなことが)わたしによって、尊師より、面前で聞かれ、面前で受け取られました。(つまり)『アーナンダよ、わたしは、今、空性の住処に多く住している』と。
これは、わたしによって、善く聞かれ、善く受け取られ、善く注意され、善く知られるものでしょうか?」
 
【森についての想い】
「たしかに、このことは、アーナンダよ、善く聞かれ、善く受け取られ、善く注意せられ、善く知られた。かつて、わたしは、アーナンダよ、そして、今も、空性の住処に、多く住している。

あたかも、この鹿母堂が、空(=中にいない)であるのは、象や牛や馬や騾馬についてであり、空であるのは、金や銀についてであり、空であるのは、女と男の集まりについてであるが、この比丘の教団による独住だけは、空ではないように、
そのように、実に、アーナンダよ、比丘は、村についての想いに集中することはなく、人についての想いに集中することなく、森についての想いによって独住に専念する。
かれの、森についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう(adhimuccati)。

かれは、このように知る。
(すなわち)あったのは、村についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、人についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あるのは、この森についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは、「空であるものは、この想いにあるものであって、(それは)村についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるのは、この想いにあるものであって、(それは、)人についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、森についての想いによる独住であって、それだけが、空でないものである」と(知る。)  

以上のように、そこ(A)に全くないそのもの(B)によって、そこ(A)を空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。  

【地についての想い】
さらに、また、アーナンダよ、比丘は、人についての想いに集中することなく、森についての想いに集中することなく、大地についての想いによって独住に専念する。かれの地についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。  

アーナンダよ、あたかも、牛の皮が百の棒でよく打たれてしわがなくなるように、そのように、実に、アーナンダよ、この大地について、高いところ低いところ、川の淵、切り株や刺の多い藪、山の崖である一切に専念することなく、地についての想いによる独住に専念する。かれの地についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。

かれは、このように知る。
(すなわち、)あったのは、人についての想いによるもろもろの不安であるが、それらは、ここにはない。
あったのは、森についての想いによるもろもろの不安であるが、それらは、ここにはない。
あるのは、この、地についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは(このようで)ある。
「空であるものは、この想いにあるもので、人についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるものは、この想いにあるもので、森についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、地についての想いによる独住であって、それだけが、空ではないものである」と(知る)。

以上のように、そこに全くないそのものによって、そこを空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。

【空無辺処についての想い】
さて、また、アーナンダよ、比丘は、森についての想いに集中することなく、地についての想いに集中することなく、空無辺処の想いによって独住に専念する。かれの、空無辺処についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。

かれは、このように知る。
(すなわち)あったのは、森についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、地についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あるのは、この空無辺処についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは(このようで)ある。
「空であるものは、この想いにあるもので、森についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるものは、この想いにあるもので、地についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、空無辺処についての想いによる独住であって、それだけが、空ではないものである」と(知る)。

以上のように、そこに全くないそのものによって、そこを空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。

【識無辺処についての想い】
さて、また、アーナンダよ、比丘は地についての想いに集中することなく、空無辺処についての想いに集中することなく、識無辺処についての想いによる独住に専念する。かれの、識無辺処についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。

かれは、このように知る。
(すなわち)あったのは、地についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、空無辺処についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あるのは、この識無辺処についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは(このようで)ある。
「空であるものは、この想いにあるもので、地についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるものは、この想いにあるもので、空無辺処についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、識無辺処についての想いによる独住であって、それだけが、空ではないものである」と(知る)。

以上のように、そこに全くないそのものによって、そこを空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。
 
【無所有処についての想い】
さて、また、アーナンダよ、比丘は空無辺処についての想いに集中することなく、識無辺処についての想いに集中することなく、無所有処についての想いによる独住に専念する。かれの、無所有処についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。

かれは、このように知る。
(すなわち)あったのは、空無辺処についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、識無辺処についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あるのは、この無処有処についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。  

かれは(このようで)ある。
「空であるものは、この想いにあるもので、空無辺処についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるものは、この想いにあるもので、識無辺処についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、無所有処についての想いによる独住であって、それだけが、空ではないものである」と(知る)。

以上のように、そこに全くないそのものによって、そこを空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。

【非想非非想処についての想い】
さて、また、アーナンダよ、比丘は識無辺処についての想いに集中することなく、無所有処についての想いに集中することなく、非想非非想処についての想いによる独住に専念する。かれの、非想非非想処についての想いに向かう心は、躍進し、喜び、確立し、信に向かう。

かれはこのように知る。
(すなわち)あったのは、識無辺処についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あったのは、無処有処についての想いによるもろもろの不安であるが、それらはここにはない。
あるのは、この非想非非想処についての想いによって独住する、ただこの不安だけである。

かれは(このようで)ある。
「空であるものは、この想いにあるもので、識無辺処についての想いに向かうものである」と知る。
「空であるものは、この想いにあるもので、無所有処についての想いに向かうものである」と知る。
「あるのは、この、非想非非想処についての想いによる独住であって、それだけが、空ではないものである」と(知る)。

以上のように、そこ(A)に全くないそのもの(B)によって、そこ(A)を空であると見る。なおまだそこに余ったものがあるとき、在るところのそれを、「それはある」と知る。
このように、かれには、アーナンダよ、この、如実であって転倒なき清浄な空性が顕現し存在している。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.09.13 12:41:43



© Rakuten Group, Inc.