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カテゴリ:読書
「また会う日まで」池澤 夏樹 著 /朝日新聞出版
海軍軍人、天文学者、クリスチャンとして、明治から戦後までを生きた秋吉利雄。この三つの資質はどのように混じり合い、競い合ったのか。著者の祖母の兄である大伯父を主人公にした伝記と日本の近代史を融合した超弩級の歴史小説。 『静かな大地』『ワカタケル』につづく史伝小説で、円熟した作家の新たな代表作が誕生した。朝日新聞大好評連載小説の書籍化。 〇 長編小説の冒頭は印象的な場面からはじまる。主人公の秋吉利雄は病におかされ、死を前にして自らの生涯を思い返す。息子と一緒に行った球場で驟雨に打たれながら、自分の生きてきた道筋はどのようなものだったのか、改めて考える。 天文学者として自分の手がつむぎだした計算結果が飛行機や軍艦を導き、人の上に爆弾や砲弾を降らせた。海軍の軍人であることは、クリスチャンとしての第六戒「汝、殺すなかれ」にあきらかにそむいたのだ。戦争に加担してきたことを悔いる。 * 長崎の熱心なクリスチャンの家庭で育った秋吉利雄は、難関の海軍兵学校に入学、優秀な成績で卒業した。その後、海軍大学校を経て東大で天文学を学び、海軍の水路部に入った。幼なじみのチヨと結婚したが、10年共に暮らしたチヨは長女の病気を世話するうちに感染して他界した。妻を失った利雄は職務に専念する。 1934年、日本統治下のローソップ島へ、国内外の研究者を率いて皆既日食観測に向かい、大きな成果をあげた。島を離れる時に交流をふかめた島民がうたってくれた賛美歌「また会う日まで」が思いおこされる。この日にこそ私は帰りたい。 アメリカへ留学経験もあるヨ子(ルビ・よね)と再婚し、養子にむかえた亡き妹の次男、チヨの遺した長女も交えて新たな生活がはじまった。 1937年、天皇陛下が水路部に行幸されることになり、天文・潮汐を掌理する部門を率いる立場からご説明を申し上げた。水路部で日本近海の調査業務にかかわったが、1941年、山本五十六大将によばれ、真珠湾の精密な潮汐表を求められた。 アメリカとの戦争がついに始まる。ミッドウェー海戦では、海軍兵学校の同期、加来止男(ルビ・かくとめお)が空母「飛龍」の艦長として戦死した。この年、養子にした甥の文彦が17歳で天に召された。ついに学徒出陣がはじまり、戦況は悪化したため、水路部は分散疎開がすすみ、東京郊外の立教高等女学校に水路部の井の頭分室を設置した。ここで生徒の協力を得て、天測暦が作られた。築地では信仰の仲間でもある聖路加の日野原重明医師とすれちがって、長い立ち話をした。1944年、甥の福永武彦が山下澄と結婚して、その後、夏樹が生まれた。 1945年3月10日の東京大空襲により、築地の水路部も被災したので、かねて準備していた岡山の笠岡に家族とともに疎開した。戦争が終わって、一家は東京に戻ったが、公職追放で次の職場はなく、軍人恩給も停止された。妻のヨ子はGHQの仕事を得て活躍するようになった。兵学校の同期のMとなじみの居酒屋で、あの戦争を振り返る。 そして娘の洋子が父の秋吉利雄の最期を記す。病床の父は聖歌の「主よ、みもとに」を歌って欲しいと言った。 父が亡くなったあと、洋子と4人の弟妹の歩みが記され、水路部の部下によるお墓まいり、そして作者からのことばで「また会う日まで」は終わりをむかえる。 〇目次から 終わりの思い 海軍兵学校へ 練習艦隊 第七戒 海から陸へ、星界へ 三つの光、一つの闇 チヨよ、チヨよ ローソップ島 ベターハーフ 潜水艦とスカーレット・オハラ 緒戦とその先 戦争の日常 立教高等女学校 笠岡へ 終戦/敗戦 希望と失意 主よ、みもとに コーダ 新聞の書評で読み、面白そうだと図書館で予約して借りた本。 図書館で手に取り、あまりの分厚さにビックリ。 少し忙しい時期だったので、期間中には読めないかと思いつつ、それでも最後まで目を通したくて、終盤は久しぶりの飛ばし読み。 著者の池澤夏樹は、福永武彦息子であり、この作品は父方の大叔父が主人公である。 私が興味を持ったのは、主人公の秋吉利雄が、敬虔なクリスチャンであり、天文学者で海軍軍人だったということであった。 科学者で信徒で軍人ということが、一人の人間の中でどう折り合いをつけるのかを、どのように描くのかが私の主たる関心だった。 しかし、読み進めると秋吉利雄を取り巻く環境は予想以上に複雑であり、かつ戦前から戦後までの諸々の日本の社会環境が書き込まれているので、理解しながら読み進めるのには時間がかかった。 さらに、もう一つのサブテーマのように、登場する女性たちの生きざまもまた多様であった。 戦争をはさんだあの時代は、誰にとっても時代と生き方の折り合いをつけるのは大変だっただろうと思うと、そちらの方も興味深かった。 しかし、何せ時間が足りず、後半はただあらすじを辿ったのみである。 ただ、様々な場面で、信仰を持つ人はこのように考えるのかと思うことは多々あった。 信仰を持たない私には、「そうなのか…」と思うしかないのだが、信仰という芯がある人は強いなとも思うし、少し羨ましくも思う。 今、これを書こうとしてネット検索をしたら、下記の池澤さんの記事を見つけた。 参考までにコピーしておこう。 池澤夏樹が3作目の歴史小説「また会う日まで」で描いた大伯父の3つの顔 現在と重なる日本の戦中史 作家・池澤夏樹さん(77)が、自身3作目となる歴史小説『また会う日まで』(朝日新聞出版)を刊行した。主人公は、父方の祖母の兄(大伯父)にあたる秋吉利雄。明治から戦後までを生きた秋吉の生涯を通して、日本の戦中戦後史が描かれている。(飯田樹与) ◆ただの「親族の一人」だったはずが… 主人公・秋吉は、天測や海図製作などを担当する「水路部」に属する海軍軍人で航海術に業績を残した天文学者、敬虔けいけんなキリスト教徒という三つの顔を持っていた希有けうな人物だ。 「親族の一人」という程度の認識だった池澤さんは、秋吉の三男が残した秋吉に関する資料を譲り受け、大伯父の三つの顔に興味を引かれたという。「信者と軍人では十戒の『汝なんじ、殺すなかれ』に反することになる。非常に悩んだんじゃないか。三つの人格にどう折り合いを付けたのだろう」 折々に自問する秋吉の姿がリアルだが、残された資料には日記はないという。中学校の卒業生総代として読み上げた答辞、練習艦寄港地から送った絵はがき、日本統治下のローソップ島で皆既日食観測を指揮した際の隊員の手記などが保管されており、聖書と合わせて作中に多く引用され、確かに生きていた人なのだと、ぬくもりを感じさせる。特に印象的だったのは、前妻・チヨが亡くなるシーン。親族や教会関係者に宛てたと思われる文章は、報告文のように淡々としている。が、秋吉の深い悲しみがじわりとにじむ。池澤さんは秋吉の人柄を、「冷静に伝えようとしながら気持ちがあふれる文章が書ける。やっぱり魅力的な人物だったのでは」と話す。 ◆軍部、メディア、国民…今と重なる 秋吉の妹で池澤さんの祖母にあたるトヨ、前妻・チヨ、後妻・ヨ子ね…。夫に付き従うのが当たり前という、当時の女性像とは大きく懸け離れた女性たちが登場する。終戦後の公職追放で職を失った秋吉に代わり、米国に留学経験のあるヨ子は連合国軍総司令部(GHQ)に雇われ、家族を支える。〈うちは奥方といっても奥にはいない。家内といっても家の内にはいない。むしろ家外と呼ぶべきものだ〉という秋吉のせりふに、ニヤッとしてしまう。「女性が生き生きとしている話を書きたかった」と池澤さんは語るが、背景にはそうした女性がいた一方で、伯母や母親のように性別を理由に不遇な目に遭った女性の存在もあるという。「(彼女たちの)リベンジをしているんだ」 軍艦や飛行機が位置を把握するための暦の作製にあたった秋吉は、泥沼化する戦争の中を歩んだ。「歴史というのは、時間がたたないと正確な図が見えてこない。今、私たちが共有する戦争の像を書きたい」。 そこで池澤さんは語り手として秋吉の海軍兵学校同期「M」を創作した。不都合な事実を隠した軍部、国民をあおるメディア、熱狂する国民—無謀な戦争に突き進んだ裏側を説いた。 80年ほど前の出来事だが、どこか今と重なって見えるのが恐ろしい。 「政府はウソをつくし、文書を焼くし、メディアはあおるし。大衆はころころ(意見が)変わる。戦争中と同じことをしているなと思いますよ」と苦笑いする池澤さん。世界全体で見ても、不穏さが増している。「結果としてみると、現実にある意味、こんなに近い小説は書いたことないかもしれないね」 この文章を読み、海軍兵学校同期の「M」という人物は架空の人だとわかった。 実は、きっとモデルがいるのだろうと思っていたのだ。 しかし、きっとМのような人もいたのではないだろうか。 「政府はウソをつくし、文書を焼くし、メディアはあおるし。大衆はころころ(意見が)変わる。」という池澤氏の言葉に、心から共感する。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年06月06日 14時29分30秒
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