カテゴリ:大人の遠足
青梅街道のバイパスを少し東に移動して、この交差点に着きました。
青梅街道と秋川街道の交差点です。秋川街道を南に下っていくと、 多摩川に架かるこの橋に出ました。 調布橋(→→→こちら)という橋です。このあたりはかつて東京府西多摩郡調布村と呼ばれていたので、それに因んだ名前だそうです。 多摩川沿いの地域には、このように、調布市、田園調布(東京府荏原郡東調布町(→→→こちら)など、「調布」とつく地名が多いですね。 調布とは、律令制下の租税である租庸調のうち、その土地の特産物を納める「調」が、東国の特産品として知られていた多摩川で晒した布だったことに由来するそうです。 布は調布橋の下を流れるこの多摩川の賜物だったのですね。 調布橋左岸側にある小さな公園です。 公園の奥に飾られている調布橋の橋名版で以前の橋に掲げられていたもののようです。 下のレリーフは、以前、この橋が吊り橋だった頃の主塔の絵が絵嗅がれていました。 こちらの石碑には、現在までの調布橋の銅製モニュメントが飾られています. 右側にあった、調布橋の歴史です。 むかしよりこの地域は織物がさかんであり、明治22年の市町村制移行にあたり、上長淵、下長淵、友田、河辺、千ヶ瀬、駒木野の六村落が、織物にちなみ調布村として、村制を、施行することとなりました。当時人々はこの少し下流にあった「千ヶ瀬の渡し」により多摩川を往来し、二ツ塚峠を経て五日市と青梅を結ぶ道として利用していました。 この公園の正面にあった石碑には「雪おんな縁の地」(→→→こちら)と刻まれていました。これは八雲の孫の小泉時(とき)さんが揮毫(きごう)し、地元商店街などが中心となって平成14年(2002)に建てられものだそうです。 裏には、小泉八雲(ラフカディオ=ハーン)の肖像と、その作品の「雪おんな」の序文が英語と日本語で書かれているものがありました。 この「雪おんな」という奇妙な物語は、武蔵の国、西多摩郡、調布村の農民が、その土地に伝わる古い言い伝えとして私に語ってくれたものである ということは、「雪おんな」の物語、このあたりにあった怪談話だったんですね。てっきり、もっと雪国の新潟とか秋田あたりの伝承かと思っていましたが、昔は青梅にも雪はたくさん降ったんですかね。 (青梅の街を散策のコースです) 【つづく】 人気ブログランキング 青梅の街を散策(その9) 調布橋と雪おんな縁の地 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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