REALIZE(リアライズ) 最終章 新しい旅へ
最終章 新しい旅へヒカルはトランクに荷物を詰め、身支度を整える。今日から国内を視察に回るのだ。連れて行くのはベスとリッキー。ガウェインとソフィアには前夜に挨拶を済ませている。15歳になったヒカルは、シルベスタの指示で、国内を回って世の中をより理解するための旅に出ることになったのだ。「お父さん、それでは出発します。」「うん、気を付けて行っておいで。だけどヒカル、本当にこれでよかったのかい」 まだ未練の残るアランは、成長した娘がまぶしくも切ない。この旅の間に、ガウェインが用意してくれる別館にヒカルの住まいを移すことになっているのだ。それはアランの新しい生活のためでもあり、ヒカルの魔術師としての生活のためでもある。「今日は会えなかったけど、シャルロット先生によろしくね。帰って落ち着いたらお二人をお茶にご招待しますね」「はぁ、ヒカルは親離れが早すぎるよ」 アランの嘆きなど聞こえていないかのように、笑顔のヒカルが出かけていく。「行ってきまーす」 馬車の乗車口では、リオン夫妻とウィリアム、ジーク、クランツ、シルベスタが見送りに来ていた。「随分、簡素な馬車だな。王室の馬車でなくていいのかい?」 リオンが心配そうに問うがヒカルは気にしていない。「ええ、だって王室のマークが入っていたら、皆さん普段の生活なんか見せてくれないでしょ?」「なるほど、考えてるな」「ヒカルちゃん、これ、焼き菓子なの。旅のお元にどうぞ」「やったー! レイナ叔母様のお菓子大好き。ありがとうございます」 大喜びのヒカルを心配気に見つめているのはジークだ。何か言いたげにしながら押し黙っている。「ジーク殿、どうされました?」「い、いえ。何でも…」 ウィリアムに心配されながら、ジークは握りしめていた箱をリッキーに手渡した。「怪我と病気に対応できるよう、薬を準備しておいた。くれぐれも頼んだぞ、リカルド、エリザベス」「「はい」」「では、行って参ります」ヒカルが手を振ると、馬車が動き出す。「ヒカル、私からの餞別は後で追いつくからね」「え?あ、はい。ありがとうございます」 シルベスタが声を掛けるのをかろうじて聞きながら、そのまま馬車はスピードを上げ、王城から離れて行った。「王女様、そんなに簡素な服装で良かったのですか?」 いつもドレスに身を包んでしとやかに暮らしていたジュリアーナと比べると、動きやすいワンピース姿は物足りないと感じるベスだった。「新しいお住まいには、ドレスもたくさんご用意していますのに」「ふふ、旅に行くときは動きやすいのが一番よ。一応ドレスも持ってきているでしょ?いざとなったら魔術師としてのローブも持ってきたしね」 この旅にでることは、シルベスタからの提案だった。魔術の師匠であるシルベスタに言わせると、視野を広げ、あらゆることを見聞きしておくことは魔術師にはとても重要なことなんだとか。はじめは渋っていたアランも、それを言われると首を縦に振るしかなかった。シルベスタからは王宮魔術師の証として、大き目のペンダントとローブが与えられていた。「あれ?あの人は…」 ぼんやり外を眺めていたリッキーが声を上げた。ヒカルとベスもそちらをうかがうと、旅行鞄を持ったハワードが手を振っていた。「ハワードさん…」 ヒカルは口元を手で押さえて、感極まっていた。御者が馬車を止めると、ハワードの荷物を預かって、決められていたかのように荷台に積み込む。そして、ハワードは馬車のドアをあけ、恭しく頭を下げた。「お久しぶりです。 シルベスタ様から王女様の旅のお世話係を仰せつかりました。」「…」「ふふふ、王女様は嬉しすぎて言葉が出ないみたいですね」 ヒカルは恥ずかしくなってベスにしがみついている。「では、座る場所を変わりましょうね。ハワードさん、こちらにどうぞ。王女様、お手をお離しください」 ベスの腕を握りしめているヒカルの手をメリッと引きはがして、笑顔のベスがさっさとリッキーの隣に移ると、「では」とハワードがヒカルの隣に落ち着いた。どうにも落ち着けないヒカルを見かねたリッキーが、まるで気にしていないように別の話を持ち出した。「それにしても、ここしばらくはずいぶん忙しそうでしたね。俺たちも、何度かお茶会に誘おうとしたんですが、団長から控えるようにと言われてたんです」「そうだったんですか。お気を使わせましたね。実は、シルベスタ様から、ヒカルの執事として動けるように学びなおすように言われていて、貴族の家系や社交のマナーや国の歴史などを一気に覚えなければならなかったのです。」 それを聞いたリッキーとベスは思わず引いてしまった。「うげ、ウソだろ。そりゃ無茶だ」「なかなか大変でした。私には俳優として貴族的な所作やある程度のマナーは知っていましたが、ことアイスフォレストとなると、少しずつ違ってくるので反って覚えるのに苦労しました。ですが、時折やってくる私の栄養剤があったので、乗り切れました。」 そういいながらそっとヒカルに視線を移した。それに気づいたヒカルはゆでだこになって、顔を手で覆ってしまった。「王女様が熱心に便箋を選ばれていたのは、そういうことだったんですね。」「お願い、もうその辺で勘弁して。恥ずかしすぎる」 馬車内に笑い声があふれていた。 その頃、王の執務室にシルベスタがやってきた。「ヒカルはもう行ったのか?」「ああ、元気に旅立ったよ。今頃ハワードが合流しているころだね。それにしても、ほんとにそれでよかったの? アランが結婚を決めたことは良かったけど、必ず跡継ぎが生まれるとは限らないだろ?」 シルベスタはさっさとソファに座り込んでくつろいでいる。ガウェインもそれにつられてソファに移動してきた。「まあな。ヒカルが遺伝の種の術を掛けられていると分かって、その術が短命を呼ぶと知った時、この娘だけは思い通りの人生を歩ませてやりたいと思ったんだ。そうでなくとも、異世界日本でアランが暮らしていけたのは、ヒカルのおかげだ。 しかも、驚くほどの魔力と魔術のセンスを持ち合わせていて、それを国のために使うと言うじゃないか。」「ああ、確かにね。僕はてっきりあの魔力はデビリアーノの術によるものかと思っていたんだけど、術が解かれても変わらなかったからね。」 侍女が紅茶を持ってやってくると、それに合わせてソフィアも現れた。「あら、あなたも来ていたのね。あの子たち、行ってしまったわね。」 ソフィアもソファに腰を下ろして、少し寂し気な表情を浮かべた。「王妃殿下はかわいい孫が行ってしまって寂しそうですね」「もう、シルベスタはいつも意地悪ね。私、思い出していたのよ、昔のことを。この地にやってくるまで、私が劇団の団員だったことはご存知でしょ? 旅の劇団だから、一緒にサーカスまがいのこともやっていたのよ。私は猛獣使いのソフィアと呼ばれていたわ。いろんな国を旅して、あなたたちの騒動に出くわしたのよ」「ああ、そうだった。ソフィアの鞭はすごかったよなぁ」「そうだったね。僕はてっきり劇団を装った軍隊かと思っていたよ」コホンと咳払いをして、ソフィアが二人を睨む。「旅をすることはいいことよ。視野も広がるし、多くの経験を積めるわ。それに、長い旅の中では、外面の良さも続かないでしょう。本当の自分と向き合い、相手の本当の姿とも向き合うことになるわ。帰ってきたときどんな顔をしているか、今から楽しみね」3人は紅茶を手に、それぞれが思う未来に思いを馳せた。おしまい。