ルカとジョーと秘密のスズラン 24
呼び鈴がなって、玄関の扉を開けると、ルカと麗しい女性が立っていて、ギルバートはひどく驚いていた。「ルカ様、おかえりなさいませ。あ、あの…」「ただいま帰りました。紹介しますね。こちら、僕の師匠のグレース・アリア様です。」「あ、あ、アリア様!!偉大なる魔法使いのアリア様ですか?!」 ギルバートは慌てて跪き、声を震わせてあいさつした。「イアン・A・テイラー伯爵に仕えております、ギルバート・ミゼルと申します。こちらの別宅を管理させていただいております。父スチュアート・ミゼルは、領地でイアン様の執事をいたしております」「そうか。そう固くなるな。私の子孫が世話になっているのだな。」「と、とんでもございません。こちらがお世話になるばかりです。」 あたふたするギルバートの傍で、ぎゅるるるっとなんとも緊張感のない音が聞こえてきた。「あ、ごめんなさい。夕食を食べそこなって、もうお腹がぺこぺこなんです」「ふふ、ルカは育ち盛りだからな。ギルバート、夕食を頼む。今夜はここに泊まって、明日には帰ることにしよう。」 夕食を摂りながら、ルカは、以前から気になっていたことを問いただした。「師匠。突然いなくなった時って、何があったんですか?手紙だって、普通に書けばよかったのに…。」「ああ、あの時は普通に王都に出向く準備をしていたんだ。あの手紙は、ルカにどこまで観察力があるか、試してやろうと思ってな。ところが、急に家の外で子供の泣き声がして、慌てて様子を見に行ったら、ゴードンの使用人に後ろから殴られたんだ。まったく卑怯な奴だ!」「それで家の鍵が開いたままだったんですね。」「そのくせ娘を助けてほしいなどと、うそくさい芝居を見せられてな。あの塔に囚われているというのだ。まぁ、娘はともかく、あの塔がどうなっているのか興味があったらな、様子を見に行ったんだ。」「そしてまんまと捕まったんですね。」「・・・ルカ、最近言う様になったな。」 満面の笑みを浮かべるルカをしり目に、アリアは不満げに眉をしかめて、それでも黙々と夕食を楽しんだ。 翌朝、王都では、王族に何か起こったらしいという噂が流れていたが、アリアは全く関心を示さず、さっさと王都を後にした。 秋の澄んだ風が吹き渡る頃、ルカたちは、すっかり日常を取り戻していた。その日も井戸で水を汲み、床を磨いたり、窓を拭いたりと、学校が終わっても、ルカは忙しく働いていた。「ルカ、それが終わったら、今日は瞬間移動の練習をするぞ」「分かりました。」 ルカは、ウキウキした様子でバケツの水を片付けに外に出た。すると、ちょうど鳩が井戸の傍に降り立ったところだった。足には手紙をつけている。ルカは、すぐさま手紙を外してアリアに届けに行った。「師匠、お手紙です。」「手紙?」 そう言ったまま中身を読むと、にやりと笑ってルカに手紙を差し出した。「ルカ、おまえ宛てだ。」「失礼します。」 受け取って、ざっと中を読むと、まるでよそ事のように感心していた。「師匠、あれから王宮内は大変だったみたいですね。」「そのようだな。真面目な第一王子が王太子に決まったら、国王派の貴族たちがうるさくなるのは分かっていたことだ。これは早々に国王の代替わりがあるかもしれんな。ふふ、どこかの小鳥が迷い込んだぐらいで、なんとも脆弱な事だ。アーチャーも苦労が絶えないな。」「え、僕のせいですか?」「ふふ、おまえのお陰、だ。」 窓辺に羽ばたく音がして、再び鳩が止まっていた。またしても鳩便だった。今度はアリアが手紙をはずしてやると、細長く折られた手紙を広げた。「アイツめ、私の秘蔵っ子を狙うとは、随分強気に出たな。」「え、どういうことですか?」 渡された手紙を慌てて読んで、ルカは声上げて驚いた。「ええ!僕に政治家になれってことですか?!」「アーチャーがそういうのなら、間違いないだろう。ルカ、魔法使いと首相の両刀遣いは大変だぞ。今からしっかり学んでおけよ」「そ、そこは、どちらかにしなさいって言ってほしいですよ」 嘆いていると、外で人の気配がした。「ルカ、いるか?」「ジョー!サイモン!どうしたの、その魚」「このところ、魚がよく捕れるんだ。まるで海流が変わったみたいだって、父さんも言ってた。今日は、こっちにも差し入れを持ってきたんだ。」「ほう、うまそうな魚だな。そうか、漁場が戻ってきたんだな」 アリアは、ニヤっと口角をあげる。それを見ていたルカがぼそりと呟いた。「師匠、また何かやりましたね。」 胡乱気な目でアリアを見る弟子は、微妙な顔でつぶやいた。アリアが目覚めてからのこの1年、本当にいろんなことに変化が及んでいる。そのほとんどがアリアがらみだ。「何かだと? お前たちを苦しめたんだ。少しは償いの意志を見せてもらわないとな」「ええ?どういうこと?」 横からサイモンが口を出す。「つまりだ。あの人魚たちは自分たちの遊び場にするために、魚たちを追い払っていたんだ。だが、悪さが過ぎて、反省することになった。もうこちらの砂浜には二度と近寄れないようにしておいた。ふふ、あの憎たらしいテディスの鼻っ柱を折るのは痛快だったな。」「じゃあ、これからはいっぱい魚が捕れるんだね!やったー!父ちゃんも喜ぶね、兄ちゃん」「そうだな」「ところでジョー、オスカーの体調はどうだ?」「オスカーですか?アリア様のお口添えのお陰で、いい薬をもらうことができました。もうすっかり元気になっています。」 この一年の間に、アリアはオスカーの病気の治りが悪いことに気が付いて、街の病院に苦言を呈していたのだ。病院も貴族の息がかかっていて、平民に渡す薬は、不当に薄められたりしていたのだ。「そうか。家の状態が落ち着いたら、ジョーも簡単な魔法ぐらいは使えるようになっておけ。私の歌が聞こえたおまえなら、ルカほどでなくても、きっと生活魔法ぐらいは出来るようになるはずだ。それに、おまえの親友は、こんなに体は小さいが、将来は魔法使いと首相を同時に努めるらしいから、おまえもしっかり勉強して、こいつの手助けをしてやってくれよ。」 それを聞いたジョーとサイモンは、一瞬、意味が分からないような顔になって、続いてブハハっと大笑いした。「まったく、冗談じゃないよ」 ルカはそう言いながら、心の中では闘志をみなぎらせていた。いつか、本当にそうなれたら、自分の夢だった、平等な世の中も実現できるかもしれない。今は夢物語だけど、いつかきっと…。顔をあげると、そこには、信頼できる仲間の笑顔があった。おしまい。