ハロウィン・キャッツ2 その17 ~エピローグ~
チャーリーに見つかったあと、俺はしばらく気を失っていた。気がついたときには小さなゲージに入れられていたんだ。地下室のどこかの部屋だった。悪夢のような出来事だった。「実験はモルモットでやるつもりだったが、ちょうどいい。このネコで試してみよう」 薄目を開けて確かめると、白衣を着た男が小さなチップのようなものを用意していた。「一応麻酔を打った方がいいでしょうねぇ」 そばにいた男が白衣の男に確かめていた。どうやら麻酔を打って何かの手術が始めるらしい。実験はモルモットではなくネコで…! このままでは危ない。俺はとっさにゲージの端に飛びついてゲージごと机から転がり落ちた。うまい具合にゲージが壊れたので、隙間から抜け出す事に成功。ドアノブに飛びついてドアを開けると、闇雲に逃げ出したのだ。男たちが大声で仲間を呼び追いかけてきた。そして、地下の一番奥の行き止まりにまで行き着いてしまったのだ。男たちは俺を捕まえ、再び実験に取り掛かろうとしたが、俺は自分の毛を引きちぎられても逃げおおせる覚悟だった。つかまれるたび毛をむしられながら逃げ回った。そうこうしている間に、地上が騒々しくなってきた。上でなにかあったのだ。男たちは慌てて何処かに走り去って行ったが、さっきの白衣の男だけは、俺を許さなかった。「ちくしょう! もうちょっとでリモコン猫が試せたのに…。もうお前なんぞに用はない!」そう言うと同時に、何か長いものを振り下ろした。ガシッといやな音が頭の中で響いた。男はそのまま仲間の去った方角に逃げていった。俺は目がかすみながらも、どこか地上への出口がないかさがしまわった。そして、ちいさな小部屋をみつけたのだ。小部屋の横には小さなボタンがついていた。ボタンを押すと、ドアが開いて、床が上がっていくのが分かった。ところが、地上の1階の床が開かないまま迫ったきた。俺は慌ててなにかボタンがないか見回したが、どうしても見つけられなかった。体を横にして小さくなって、運命を天に任せたのだ。だが、どうやらまだ俺は生きている事を許されたらしい。上昇する床の縁にある30cmあまりの囲いが俺を救ってくれた。床の上昇は囲いの高さで止まり、俺はぺちゃんこになることを免れたのだ。 俺はできるだけ小さくなって助けが来るのを待っていた。外での物音はさっきよりよく聞こえていた。救急車の音、パトカーのサイレン。そして、サムの叫び声も! しかし俺にはどうすることもできなかったのだ。狭い空間では肺を広げる事すら出来なかった。浅い息をしながら、じっと耐え忍んでいたのだ。 俺は再びベッドに横になり、しばらく眠っていたようだ。気がつくとマージーが戻ってきていた。「目が覚めた?サムは仕事を残してきているから帰ったわ。随分心配してた。さてと、買い物はしてきたわ。着替えと洗面具とタオル。それから、タディが去年サムに預けた荷物も持ってきておいたわ。」「ありがとう。助かるよ」「お帰りなさい。高井忠信さん」 マージーは改まったように手を差し伸べてきた。「ただいま…」 その手にしっかりと握手で答える事ができた。サムたちは、グレンのためにきちんとした葬儀を執り行ってくれた。俺も退院と同時に駆けつけ、そこに参列する事ができた。そのままサムと一緒に家に戻ると、クレアが笑顔で迎えてくれた。「高井さま、ようこそいらっしゃいました」 言葉は改まっているが、決してかしこまらない雰囲気だ。それから1週間は人間としての仕事に忙殺された。 仕事が一段落ついて、日本に帰る日が近づいてきた。最後の休日は、はやりあの公園に出かけることにした。 木々のざわめきも噴水のすがすがしさもすべてが懐かしい気分だった。 にゃぁ~っと足元にきれいなシャムネコがやってきた。ケイトだ。俺は、携帯用のノートパソコンを開いて、ケイトに打たせてみた。初めのうちは冷たい視線を投げかけていたが、諦めたようにキーボードを打ち始めた。「人間に戻れたのね。おめでとう。。」「やあ、ちょっとした犯罪に巻き込まれてね、頭を殴られたんだ。ただそれだけなんだが。お前さんへの助言にはなりそうにないな。でも、気を落とさずに。きっと戻れるさ」ケイトは大きなため息をついた。「あきれた。自分が人間に戻ったとたん、大きな口を叩くのね。さっさとお帰りなさい」「もし、君が人間にもどったら、是非そこの通りを左に二度まがったところにあるサムってやつの事務所に顔をだしてくれ。俺に連絡をとってくれるだろう。」「うぬぼれないで!あなたに会いに、この私が行くとでも思ってるの? ばかばかしいわ」ケイトはさっさと自宅へ帰って行った。入れ違いにチェックがやってきたが、ただにゃぁ~んと猫の鳴き声でえさをせがむばかりで、すっかり隔たりができてしまっていた。サムの家にかえると、クレアが相変わらず暖かな笑顔で迎えてくれた。「おかえりなさい。。 いよいよ明日ですね。 さみしくなるわ。」「本当に、お世話になりました」 俺はグレンの気持ちのまま、深々と頭を下げた。「ほほほ。今回はほんとに大変な赴任でしたね。でも、ホットミルクやカフェオレを入れるのも、悪くなかったですわ。もうその必要もないのかと思うと、ちょっと寂しいぐらいでしたの。さて、おいしいコーヒーをお淹れするわ」俺は言葉がでないほど驚いた。クレアは気づいていたのだ。「本物の猫好きには、敵いませんね」俺が言うと、クレアは楽しそうに大笑いした。―おわり―