俳優 ハワード・スミスの流儀
**NHKさん、ごめんなさい。あの番組好きなんです。だからまねっこしてしまいました。**俳優ハワード・スミスの流儀僕の名前はパトリック・コールマン。ハイスクールに通いながら俳優をやっている。今日はCMの撮影があって、なじみの監督のいるこのスタジオに来ている。 「パット、今日は炭酸飲料だけど問題ないね?」「ああ、大丈夫だよ。朝から水気を減らしてるから、早く飲みたいよ」そういうと、マネージャーのトムが「この暑いのに?ひぇ~」と驚いていた。5月だというのに、急に気温が上がっているからね。準備が整うと、スタジオ入りしてカメラリハをやる。ここではあえて飲まないようにしているんだ。だって、飲みたいって気持ちで飲んだ方が絶対おいしそうに見えるだろ? 霧吹きで額に汗もどきを吹きかけると声がかかった。「じゃあ、本番行きます!」「はい」 まぶしいライトを浴びて、一気に炭酸飲料を飲む。ぷはぁ!うまい! 「カット!」「いいねぇ。こっちまで飲みたくなったよ」「あはは。これ、ほんとにおいしいですよ。全部飲んじゃっていいですか?」 クライアントが笑顔でどうぞと進めてくれる。朝から我慢しておいてよかった。炭酸一発撮り成功だ。これ、いまいちって言われると何度も飲むことになるから、ほんとキツイんだよ。「お疲れ様。今からセットを変えるから、次は1時間後に再開だそうだよ」「そうなの?じゃあ、ちょっとだけ出かけててもいいかな」 トムは時間厳守でっとだけ言ってOKをくれた。このスタジオには知る人ぞ知る秘密の場所があるんだ。僕はさっそく建物の裏側に回って非常階段を駆け上がり、スタジオの屋上に出た。「よかった、まだ置いてあった」 この場所からは海がきれいに見えるんだ。折り畳みのイスが二つ、隅に片付けられている。それを引っ張り出して座ると、海を眺めながら炭酸飲料を楽しんだ。強い日差しとさらっとした風が気持ちいい。 ここは思い出の場所。僕が最も尊敬する人と初めて話をした場所なんだ。 僕がスカウトマンに声を掛けられたのは8歳の時だった。テレビに出られるって聞いて、なんだかワクワクしていたっけ。このスタジオに連れてこられて、初めての仕事はチョコレートのCMだった。一緒に出演してくれたのが、僕の尊敬する人、ハワード・スミスさんだった。最初のテイクでは、緊張でガチガチになってNG連発だった僕を、ハワードさんがここに連れ出してくれたんだ。 小さかった僕にも、大人たちの顔色がよくないのは分かっていた。きっと僕のせいだ。思ったようにできていないって思われてるんだ。そう思うと、余計体が固まって、自然に動くことが出来なくなってた。 屋上に連れ出したハワードさんは、いきなり影ふみしようと言い出して、10分ぐらい二人で走り回ったんだ。もう息切れしてはあはあ言いながらスタジオに下りた時は、すっかり肩の力も抜けていて、水を飲んで汗を拭いてもらって、落ち着いたところで撮影に入ると、チョコがおいしかったんだ。「わ、このチョコおいしい!!」「…うん、そうだね」 セリフのはずが、自然に口をついて出てきた。だけど、それよりも、ハワードさんの声のトーンが切なげで驚いた。「カット!!」「あはは。一時はどうなるかと思ったが、良い笑顔だったよ、パット。そのチョコ、おやつに持って帰りな。ハワード、さすがだな。いい表情だった。俺まで胸がキューンとしちゃったよ」 監督が頭を撫でまわしてくれた。その後ろでハワードさんが親指を上げていた。僕も負けずに親指を上げて見せた。家に帰ってからお母さんに聞いたら、このCMはシリーズ物で、前の作品で、引っ越しで離れちゃう彼女から渡されたチョコっていう設定だったそうだ。弟とチョコを食べながら彼女を思い出すシーンだったとか。 そのCMがきっかけで、二人を組ませて映画を撮ろうという話が持ち上がった。「紅の騎士」という小説を映画化するものだった。セリフが長くて苦戦していた僕を助けてくれたのもハワードさんだった。「撮影に入ったら、君はもうパトリックじゃない。 マイケルだ。天使が君の力を待っている。 オレ(・・)と一緒に悪魔族と戦ってくれるんだろ?」「ハワードさん…」「ハワード?そんな奴は知らないな。この国の民はこのオレ(‥)、アーノルドとお前で守るんじゃなかったのか?」 僕はあの時、ハワードさんの目を見てゾクっとしたんだ。圧倒的な存在感と猛者だけが持つオーラ。この人は、俳優ではなく、王でありながら前線で戦い続けた騎士なんだと。「ほら、これを持て。今から剣の特訓だ!立て!」「分かったよ」 アーノルドは練習でも容赦しない。僕は必死でアーノルドの剣を防いだ。そして、隙をついて「えい」と横っ腹に振り込んだ。おもちゃの剣はカシャンと軽い音を立てて降り飛ばされた。アーノルドは飛んでいった剣を拾うと、すぐに僕に手渡して、再び剣を構えた。そんな繰り返しを撮影の合間に何度もやっていた。 そして、気が付いたことがあった。セリフを覚えるのが気にならなくなったんだ。 何作目かに入ってくると、アーノルドのアドリブが飛んできたりする。だけど、自然に受け答えができた。当然だ。だって僕らは力を合わせて悪魔族から皆を守るために戦ってきた戦友なんだから。 撮影が終わると、いつも天使役のイザベラがハワードさんにまとわる付いていた。裏ではハワードさんを落とすんだと息巻いていた。4作目では、アーノルドが政略結婚することになった。結婚相手の貴族令嬢役は、テレビでも売れっ子のアイドルだった。イザベラとは顔を合わすたびにいがみ合いをしていて、僕は女性って怖いんだなぁと痛感した。 ハワードさん本人はそんな二人から逃げるように、いつも僕を誘って一緒にスタジオをでた。 初めの頃はファンは一人もいなかったのに、2作目以降は、出待ちのファンがあふれていた。握手して、サインして、笑顔を振りまいて、ハワードさんはいつも知的で落ち着きがあって、ちょっとだけウィットに富んでいる。そこがまたファンにはたまらないんだろうな。あまりにもファンが増えてくると、仕方がないから、窓からちょっとだけ手を振ってファンサービスして、囮の黒塗りのマーキュリーを表から出して、その隙に裏口から古びたバンに乗り込んで帰っていた。トレーナーのフードをかぶって分厚い黒ぶちめがね、フードの先には黒髪のウィッグが縫い付けられている。「パットにもそろそろ、このウィッグ付きのやつが必要になってきたんじゃない?」「違うよ。あれはみんなハワードさんのファンだよ。僕はまだ学校に普通に通えるもん」「謙遜しなくていいんだよ。もっと自信持ってもいいんじゃないかな?」 あんな風に笑い合えたのに、あの人はいったいどこに行ってしまったんだろう。「紅の騎士」は6作目までクランクアップしていたけど、テレビドラマの「戦う執事様」はすごい視聴率をたたき出していたし、次回作の「恋する執事様」も撮影はまだ中盤だった。ファンも多かったから、とんでもないさわぎになっていた。 違約金騒動も起こっていたけど、ハワードさんの特集番組であっさり解消されていたっけ。 さて、そろそろ時間だ。次の撮影に備えておかなくちゃ。僕はさっさと階段を降りてスタジオに入った。すると、監督から声がかかった。「なんだよ、パット。ここにいたのか? さっきまでハワードが来ていたんだぞ。会わせてやりたかったのに」「ええ?ハワードさんが?!」 急いでスタジオの外に飛び出したけど、そこには誰もいなかった。カリフォルニアの強い日差しとさらっとした風があの日と変わらずそこにあった。おしまい