ブルーフォレスト ~青い森の子守歌~ 第11章 ブルーフォレスト再び 2
珍しく気弱な発言をするマックスを、首をかしげてみていたルナは、ふいに涼しい風が吹きこんで、馬車の外に目を向けた。ここが、おばあちゃんの故郷なんだ。おばあちゃんがいたころも、こんな風に家々が並んでいたのだろうか。道は整備され、街灯もついている。子供が遊べるような公園もある。まだ、通りにはぽつぽつと家が建っているだけだが、すぐににぎやかな姿になっていくだろう。 店の前の大通りを突き進んでいくと、広い庭のある屋敷に突き当たった。馬車はゆっくりと速度を落とし、門の中に入っていった。 馬車のとびらは外側から開けられ、初老の男性が微笑んでいた。「おかえりなさいませ、旦那様、若奥さ、…」「んんー」 マックスは慌てて咳払いしたが、ルナにはしっかり聞こえていた。真っ赤になった顔を隠す様に俯いている。「案内は自分でする」「かしこまりました」 少し頬が赤いままのマックスが、ルナを伴って部屋を案内していく。「ここは応接室だ。騎士団や王室の関係者も来る可能性があるので、少し広めにしてある。」「その奥のお部屋は?」「ここは騎士団の控えの間として、陛下が作らせた場所だ。どうやら、ここで内密の会談を行うことを想定されているようだ。まったく。今までの功績の報償だと言われたが、これじゃ、自分の家とはいいがたいな」「それだけ陛下に信頼されているのね」 意外な言葉を言われて、マックスは一瞬言葉を失った。「玄関ホールを反対側に行けば、ダイニングやキッチンがある。普段はコックを雇っているので、ルナが使うことは少ないと思うが、別のキッチンは必要だろうか?」「う~ん、コックさんが嫌がらなかったら、少し貸してもらうかも」「では、このまま様子見だな。では、2階に上がろう」 マックスに続いて真新しい階段を上がっていく。手すりにきれいな蔦の装飾があってそっとなぞってみた。よく見ると白っぽいと思っていた壁紙にも型押しの蔦のもようが描かれている。「素敵…」 ぽつりとつぶやいたルナを振り返ったマックスの瞳に熱を感じ、戸惑ってしまう。「2階はそれぞれの部屋と寝室がある。こっちは俺の書斎だ」 白い壁にウォールナットの家具が美しく映える。重厚なカーテンを開くと、すっきりとしたレースのカーテンが日光を穏やかに差し込ませている。入り口とは別の扉を開いて、マックスが視線をくれる。「こっちが寝室だ」 大きなベッドは猫足になっていて、その近くにはソファが置かれている。恥ずかしそうにドアの隙間から覗いているルナを見て、団長も思わず咳払いをした。「こっちがルナの部屋だ」 寝室をはさんで廊下にでないままそれぞれの部屋に行ける仕組みのようだ。ルナは、自分の部屋だと言われて、目を見開いてついて行った。「うわぁ!素敵!」 白い壁にマホガニーの家具が並ぶ。どこか優し気でほっとする印象だ。一部屋ずつ巡りながら、それぞれに違う色合いでありながら、どこか統一感のある作りに好感を覚える。「こちらがベランダになっている。おいで」 マックスがガラスの扉を開けると、ゆったりと広がるベランダがあった。ふちまで進むと、家の裏側の森を映した湖が見えてくる。「ここも素敵ね」「ルナ、この家で、一緒に暮らしてくれるか?」 分かっていたけれど、それでも顔が真っ赤になる。ルナが俯いている間に、マックスはそっと膝をついて、ポケットから小さなケースを取り出した。それを開くと美しいリングが輝いている。「ルナ・フォード。私と結婚してください」「マックス…! はい、よろしくお願いします」 マックスはすぐさまその美しいリングをルナの白く細い指に通した。そして、森からの優しい風が吹き渡る間、いつもより長いキスを交わした。「では、執事を紹介しよう。今頃首を長くして待っているはずだ。」 二人は目を合わせてほほ笑み合うと、軽やかな足取りで階下へと降りて行った。「私は、執事を務めさせていただくことになりました、ヘンリー・フィンと申します。本日はご卒業おめでとうございます。ささやかですが、お祝いの席を設けております。さあ、どうぞ」 マックスも知らなかったようで、二人して顔を見合わせダイニングに向かうと、アフタヌーンティーのセットが用意されていた。勧められるまま席に着くと、ヘンリーは二人が入ってきたのとは反対側の観音開きの扉を開け放った。そこには、侍女やコックたちが並び、順番に自己紹介とお祝いの言葉を伝えた。「ところで旦那様、その後の守備は?」 一通り終わったところでヘンリーがぼそりと尋ねる。すると、マックスが親指を立ててにやりと笑った。それを見た途端、周りの人々はわーっと歓声を上げる。先ほどとは比べ物にならないほどのテンションだ。「ここのメンバーは騎士団宿舎から来た者や王宮で見習いをしていた奴が多くてな。俺たちの事をよく知っているんだ」「!!」 ルナは口に手を当てて真っ赤になった。「大丈夫ですよ。みんな、お二人のことが大好きなんです。だから、こちらの館に志願したんですから」 ヘンリーは楽し気にそういうと、きれいなウィンクをして見せた。「これも陛下の計らいだ。明日はフォード家に挨拶に伺う。ご両親にもよろしく伝えてくれ」「はい」 それからは結婚式の準備と店舗の開店準備で大忙しの日々を過ごした。エマからウエディングドレスのデザイン画がどっさり届けられ、嬉しい悲鳴をあげる。お店のメニュー表は、ロンとマリーンがデザインしてくれた。結婚式の内容は、騎士団長の挙式と言うことで、王宮がセッティングしていたので、多くの事はあっという間に決められていった。 いよいよ式の前日になって、マイケルがルナを自分の執務室に呼んだ。「ルナ、お前にはミシェルの家系の血統で大きく運命が定められていたけれど、それが全てだとは思わなくていいんだよ。お父さんから引き継いだ商才を、お前は持っていると確信している。マックス君を支えながら、自分のやりたいことも、どんどん挑戦していくんだよ。お前の人生はお前だけのものなんだから。商売のことで困ったら、いつでも相談においで」「はい、お父様。心配ばかりかけてしまったけど、今まで、ありがとう。大好きです!」 マイケルは静かに頷くと、大人になった娘をその胸にしっかりと抱きしめた。 結婚式の朝になった。ルナはベッドから起き出して、小さな手紙が置いてあるのに気がついた。シンプルな封筒は自分の机の引き出しにあったものだ。― ルナへ。 結婚、おめでとう。オレは、文字通りお前とは一心同体だけど、戦いの必要がなくなった今は、しばらく出番がなさそうだな。新婚の邪魔をするつもりはないから、安心してくれ。 だけど、もし、オレの力が必要になったら、心の中で強く念じてくれ。そうすれば、きっと目覚めることができるだろう。幸せになれよ。 ルイ ー ルナの透き通るようなエメラルドの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出た。そう、確かに同じこの体の中にいる、もう一人の自分。だけど、自分よりずっと大人で、ずっとたくましくて、それなのにちゃんと自分の気持ちを汲んでくれる。もし、会えるなら、いっぱいいっぱい抱きしめて、ありがとうって伝えたい。 手紙をそっとカバンに詰めて、ルナは自分の部屋を出た。そして、振り返って見慣れたドアに額をつける。「もう、甘えん坊のルナは卒業します。今度ここに帰るときには、今まで支えてくれた人たちの支えになれるような、ちゃんとした大人になっていたい。」 白い指に輝くリングにそっと口づけると、くるりと踵を返して出発した。おしまい