転生少女は今日もご機嫌♪ 35(最終話)
翌日、学校は大騒ぎになっていた。どうやら隣町での事故は魔導士専科の生徒によるものだという。学校では緊急集会が開かれ、校長が真剣な面持ちで皆を諭す。「君たちが持っている魔力は、使い方次第では人助けもできるし、生活を豊かにしてくれる。しかし、使い方を間違えたら、多くの人を巻き込む悲惨な事故へとつながるのだ。昨日、この近くで魔力の暴走による事故が起きた。幸い死者は出なかったが、3名の重傷者が出ている。」 普通科の生徒たちはざわついていたが、魔導士専科の面々は黙っていた。そう、誰が事故を起こしたのかは、クラスの欠員を見れば一目瞭然なのだ。「やっぱりあの子なのね。」「ああ、自業自得だな。ローランドから聞いただろ?あんな呪いの魔法を他人に仕掛けたんだ、自分がタダで済むとは思わないだろう。」「セレスティアは魔力を無効化されて、退学処分だそうね。」「それでよかったんだよ。セレスティアには魔法を扱う資格がない。」 口々に納得した声が発せられていた。 翌日からは、また通常通りの生活が始まった。授業が終わると、ベルカとクリスは放送室にやってくる。ダンディライアンと話をして、原稿を考えて、次の当番に備えるのだ。「クリス、そろそろ席に着いて。じゃあ、ブラックキャットの曲から流すぞ」「はい。」 ローランドがCDをかけ、クリスに合図を送る。「みなさん、こんにちは。放送部ラジオタイム、スタートです!今日のお相手は、クリスティーナ・スミスです。今日は我が放送部に在籍するダンディについておはなしします。彼は、たんぽぽから品種改良されたダンディライアン。私以外にも部長とも波長が合うみたいで、普段は植物と意思疎通できないと言っていた部長と話ができるんです。何を話しているんでしょうね。ふふ、後で聞いてみましょう。では今日の一曲目、ブラックキャットの「Walk in the moonlight」どうぞ。」 マイクを切って、ローランドに目をやると、ちょっとすねたような顔つきだ。「僕が何を相談していたかは、秘密だぞ。」「ふふふ。了解です。で、何を相談していたんですか?」 興味津々の瞳が、ローランドをいたぶる。「ほ、ほら、もうすぐ曲が終わるぞ!」「はーい。」「静かな月夜の散歩、とてもロマンチックですよね。そうそう、さっきのお話ですが、部長、教えてくれないんです。内緒なんですって。」 予定通り3曲流して、お昼の放送は終了した。 放課後、部活を終えたクリスとローランドは、カフェ・ブランカに立ち寄っていた。「いらっしゃい。待ってたよ。」「亜里沙…」「お母さん…来てくれたんだ!」 店長は、二人のために奥の席を個室に仕立ててくれていた。時折、マリオが割って入ったり、店長が顔を出したりして、温かな時間が過ぎていく。「まさかペルが人間になっていたなんてねぇ。」 頭を撫でられてご機嫌のマリオは、ちょっと自慢げに言う。「ちゃんとバイトもしているし、彼女だっているんだぞ!」「ふふ。母さんは仕事が忙しくて、なかなか構ってあげられなかったけど、寂しくなかった?」「大丈夫さ。亜里沙がママだもん。今の家族の中でも俺は末っ子だから、なんだか居心地がいいんだ。」「マリオ、ベルカちゃんが来たよ。」 店長が声を掛けると、マリオのオッドアイの目がきらりと光った。「じゃあ、俺は店に行くね。店長と交替してくるよ」「お仕事、しっかりね。」 入れ違いに店長がやってきた。「母さんは、今どんな暮らしをしているの?」「あれから、弁当屋さんの募集があって、そこで働いているわ。イーハ・ライタイでは、結婚していたんだけど、夫は戦争に駆り出されて亡くなってしまった。どうにも夫に縁がないのかねぇ。」「でも、あのぶどうの蔓は、お父さんだったんでしょ?」 場が沈むように感じて、クリスが慌てて声を掛けた。「ええ、間違いないわ。まだ亜里沙が小さい頃、あの人がブドウの苗を買ってきたのよ。ベランダで育てて、みんなで食べようって楽しそうに話していたわ。亜里沙は特にブドウの木が気に入って、毎朝おはようって、声を掛けていたの。懐かしいわ。そうだ、健翔は今、どんな家族と暮らしているの?」「え、おれ? ん、嫁と子供が一人。まだ1歳なんだ。めちゃくちゃかわいい!」「ええー!店長結婚してたんですか?!」「子供までいるの?!」 クリスとローランドは二人して驚いていた。「まぁ、それは良かったわ。いつか会えたらいいわね。」 そこにベルカが飛び込んできた。「店長、お店戻って。混んできてん。 あ、サマンサさん!お久しぶりですぅ。またおいしい料理のレシピ教えてな。」 手を振って店に戻るベルカに続いて、店長も「じゃあ」と言って、席を立った。「今日はみんなに会えて良かったわ。今度は、私が暮らす街にも遊びにおいで。」「うん!ありがとう。」 そう言って、サマンサも帰っていった。「じゃあ、僕らも帰ろうか。」「はい。」 ベルカ達に声を掛けて店を出ると、いつもの道を二人肩を並べて歩き出した。「先輩。私が転生者だってわかった時、嫌じゃなかったですか?」 少し不安げな瞳がローランドを伺っている。「嫌だなんて思ったことなかったな。それより、あの蔓に何度も助けられたことが不思議だった。店長から、自分は転生者だって告白されて、クリスもそうかもしれないって言われた時、あの蔓を操っているのは、クリス自身で転生者にあるチート能力だと思っていたんだ。」「だから校長先生も調べようとしたんですね。私、大した魔力もないし、特別な力もないのに、どんどん大事になって、不安で仕方なかったです。まさか自分が転生してきたなんて、思いもしなかったし。ただ普通に小さな幸せを感じながら生きていけたらいいなって、思って居たから。」 ローランドは、足を止めて改めてクリスと対峙する。「それで、小さな幸せは見つかった?」「はい!最初は見ているだけで小さな幸せだったけど…・今は、こんな風に触れることもできて、気持ちを伝えあうこともできて、抱えきれないほどの大きな幸せになっています。」 クリスが頬を染めて言うと、ローランドはぎゅっとその小さな体を抱き締め、そっと耳元でささやいた。「ブラックキャットの次のチケットが手に入ったんだ。また行こうな。」「!!」 クリスは思わず体を離して、ローランドの顔を改めて見つめると、再び飛びついて喜びを露わにした。「先輩、大好き!」「わ、わ、倒れる!落ち着け! じゃあ、明日学校で相談しような。」「はい。先輩、また明日!」 ふわふわとはねるはちみつ色の巻き毛を見送って、ローランドもまた、幸せをかみしめるのだった。おしまい。