エグゼクティブ・チーム 40
エピソード 40「そういえば、さっきの雑誌の対談、起業家のゴーチエ氏だったんだけど、どうにも不可思議なんだよね。」「俺に言わせれば、起業家なんて奴は、みんな不可思議だけどな。」 ふざけた先輩を半目で睨みながら言う。「僕も一応起業家なんだけど。それはいいとして、ゴーチエ氏のことなんだけど。彼は、確かに経営センスもいいし、上手に事業を拡げてるけど、なんとなく、詰めが甘いというか、狙われやすい感じがするんだ。あれだけのことが出来る人が、どうして?って思ってしまう。会談の収録の後、少しその辺りを話してみたんだけど、「大丈夫だよ」の一点張りでさ。」「美月がそこまで言うなら、その会社ヤバいかもしれんな。会談なんぞ、数か月前から予定されていたんだろ?それじゃあ…!」 二人が思わず立ち上がろうとしたとき、ノックが聞こえた。「社長、先ほど研究所の牧野さんという方から連絡があったそうです。至急、社長に伝えてほしいとのことでした。」 榊が差し出したメモを読んで、美月の顔つきが変わった。榊が退室するのを見計らって、奥平が声を掛けた。「なんだ、何かあったのか?」 心配げに見つめる先輩に視線を移して、美月はゆっくりと頷いた。「涼さんからのメッセージだ。『GCには手を出すな。キツネの群れが動いている』っだって。」「キツネ?…ミスターKか!」「やはり、涼さんは潜入捜査していたんだね。GC,つまりゴーチエ氏かな。」「だろうな。奴らには散々不安な目に遭わされているんだ。不本意だろうが、奴らの茶番に付き合ってやれよ。あ、そうだ。涼から画像が届いてたんだが、どこか分かるか?まあ、あいつのことだから、他に移動しているかもしれんが、念のため調べてくれないか」「分かったよ。でも、今の状況じゃ、うかつに手を出せないね」 不満げな後輩の背中を叩いて、ワイルド系の先輩は帰っていった。一人になった社長室で、美月はソファに深く持たれて、大きなため息をついた。まだ、一番の心配事は解決していない。それに、藤森が拉致されたのかどうかもこれでは分からない。 美月はちらっと時計に目をやった。藤森と連絡が取れなくなって1日半、過ぎている。内蔵しているバッテリーもどこまで持つか分からない。牧野が伝えてきたというこのメッセージも、暗号化のためだけではなさそうだ。極力エネルギーを使わないようにしているのだろうと想像ができる。つまり、自由に充電できない状況なのか。 隣の部屋で、バタバタと物音がしたかと思うと、焦った様子のノックが聞こえた。入ってきたのは退社準備をしていた榊だ。「社長!今、ニュース速報が入って、スティラバスティナと言う国で内紛が起こっているとのことです。この国って、社長が研究施設にいたサイエン王国の隣の国じゃなかったですか?」「スティラバスティナだって?!サイエン王国の隣国じゃないよ。ノーザンディの隣だ。いや、それよりも、まず確認しよう」 美月はすぐさま休憩室のテレビを確認した。画面では、緊急報道として、特別番組になっていた。たまたま番組ロケで入国していたアナウンサーがおどおどした様子で現状を伝えている。その最中にも窓の外では銃撃戦の音が響いていた。 美月はすぐさま奥平に連絡を入れた。「仁、スティラバスティナに知り合いはいないの? 誰と誰が揉めてるのか調べてよ!」「何かあったのか?向こうには知り合いはいないなぁ。サイエン王国の王族に聞いてみようか」 自宅に車を止めたばかりの奥平は、電話口で話しながら家に入ると、すぐさまテレビをつける。日本人アナウンサーが怯えて壁に隠れている向こう側で、武装した男が叫んでいるが、何語かすら分からない。バンダナを巻いた頭から、三つ編みにされた長い金髪が垂れている。鋭い碧眼がその目力だけで相手を射抜きそうな勢いだ。「涼がいたら分かるのになぁ」 ぼそりと呟いた奥平に答えるように、アナウンサーが伝え始めた。『ディアス元帥を出せ、自分達ばかり手柄を横取りしているだろ。許さない。と叫んでいます。きゃっ、また銃撃戦が再開しています。現場からは以上です!』 すると、仕事用の電話がかかってきた。奥平は一旦美月の電話を切ると、すぐさま気持ちを切り替える。「奥平か? 私はラバリー帝国のホルガ―だ。覚えているだろ?」 ホルガ―、そうだ。ラバリー王族に無理やり性転換手術をされそうになった第二王子だ。まさか、第一王子のカスパルに異変があったのか? 奥平は、カスパルの治療に何者かが邪魔をしていたことを思い出し、眉間にしわが入る。「カスパル王子の容体が悪化したのですか?」「いや、兄は順調に回復している。そのことには感謝している。それよりも、我が国の軍隊がどうやらどこかの国に出兵したようなんだが、陛下の元にも何の連絡もない。それに、どうやら情報を操作されているのか、こちらでは何も分からない状態なんだ。奥平の国には、なにか情報が入っていないか?」「王子…」 あのわがままで、それでいて簡単に性転換手術などをされそうになる弱い立場の王子が、ここまで国のために動くのか。いや、これは王子の成長か。頭の中で淡い感傷に浸りそうになって、思わず首を振った。「王子、今、日本のニュースでは、スティラバスティナで内紛が起こっていると伝えています。金髪三つ編みの男がリーダーらしく、先ほど、ディアス元帥を出せと叫んでいるところが流れていました。」「金髪三つ編み…それはペレス少佐だ!ペレスはうちの軍の司令官だが、そうか、ディアス元帥と繋がっていたのか…。」「ディアス元帥とは何者ですか?」「ディアス元帥は、スティラバスティナの軍の最高司令官で、ここ数年、よく我が国を訪問しては、国防費の援助をすると言ってきて、陛下を困惑させていたんだ。そうか、奴が我が国に来るようになってから、軍部が勝手な動きをするようになったんだ。我が国は、本来温和な国民性で…、あ、いや。私がそんなことを言うのはどうかと思うが、他国を侵略するなど、考えたこともなかったのだ。それをあいつらが…」 電話越しにも、悔し気な若い王子の表情が想像できる。奥平はなるべく穏やかに声を掛けた。「王子、ご連絡ありがとうございました。また進捗状況など分かればお知らせします。ですが、このような国の内情を簡単に明かしてはいけません。十分にお気を付けください」「分かっている!奥平だから、あの時、ちゃんと向き合ってくれたあなただから、話したんだ。」「光栄です。日本でも、大きな出来事として取り上げています。幸運なことに、報道陣がたまたま彼の国に滞在しているので、ライブ映像が流れています。変化があれば早い段階でお知らせできるでしょう。」 恩に着ると言って、電話は切れた。ふうっと大きなため息とともに、奥平はソファに背中を預けた。それを見計らって、冴子が紅茶を持ってやってきた。つづく