第7章 目覚めの時 5
厳かな音楽と新郎新婦を見守る人々の温かな愛情に包まれた、幸せな結婚式をまじかでみたヒカルは、はあっとうっとりとしたため息をついた。「シャルロット先生、とってもきれいだったわぁ。お父さんも幸せそうだった」「シャルロット先生ではなくて、お母さまでしょ? さぁ、あなたたちも行ってらっしゃい。そろそろダンスの時間が始まるわよ。ハワード、ヒカルをお願いね。」 ソフィアに言われて、思わず「はい」と返事を返し、二人はフロアに赴いた。 そっと差し出された手に自分の手を預けてほほ笑むと、水色の瞳がほんの少し緊張したようにとび色の瞳を捉える。何かあったのだろうか。そんなヒカルの疑問を打ち消すように、ハワードは笑顔でリードする。「あの頃、初めてダンスレッスンでハワードさんと一緒に踊った時、私ったらいっぱい足を踏んづけてたわね」「確かに。それを考えると、ずいぶん上達しましたね。」「ハワードさんとダンスの先生のおかげです」 微笑みを浮かべていたハワードが、ふいに真剣な表情になった。「ヒカル… あの…」 言いよどんでいるうちに、曲が終わっていく。もう1曲一緒にと思っていたのに、貴族たちが一斉にヒカルに詰め寄って来た。「王女様、次は私と」「いえ、次は僕の番ですよ」話しが途中になったヒカルがハラハラしているなか、アランがすっくと前に出た。「あーおほん。次は私の番です。みなさん、ご配慮を」 アランがそっとヒカルの手を取って、踊りに誘った。ギャラリーの端でシャルロットが笑っているのが見える。「ヒカル、すっかり大人になったね。お父さんからのプレゼントはどうだった?」「ふふふ、ありがとう。お父さん。私もお母さまみたいな素敵な花嫁になれるよう頑張るわ」 踊りながらほほ笑む娘に、アランは思わずステップを忘れそうになる。「え?ヒカル? 今、お母さまって言った?」「そうよ。シャルロットお母さまよ。」「ヒカル… 結婚しても、子どもが出来ても、ヒカルはお父さんの大切な宝物なんだからな」 今日の主役である新郎アランだが、この時ばかりは父親の顔になって瞳を潤ませた。「ありがとう、お父さん。だけど、私も自分の宝物を見つけたわ。」「そうみたいだな。この国の王族には、お前たちカップルを応援する大人たちがうるさくてね。」 アランはそう言ってウインクして見せた。曲が終わると、待っていた貴族がここぞとばかりに寄ってくるが、次にはシルベスタが、その次はガウェインがダンスの相手を申し出た。あっという間にラストダンスになって、ヒカルが手を取ったのは、やはりハワードだった。 会場には二人のダンスを見ようと周りを囲むように貴族が並んでいる。多くの女性を魅了し続けた麗しの騎士王ハワードと、美しい淑女に成長したプリンセスヒカルのダンスは、見ている人々をも魅了した。 曲が終り向かい合った二人は礼をする。すると突然、ハワードはヒカルの前に片膝をつき、そっと手の甲に口づけた。「ヒカル王女様、私はもうあなたしか目に入らないのです。こんなところで言うのは許されないかもしれませんが、どうか、私と結婚してください」 周りの貴族は一気にざわついた。「ウソだろ。俺だってずっと好きだったのに」「いやよ。ハワード!」「姫、早まらないで!」 周囲の喧騒はすさまじい物だったが、ヒカルはそっとアランとシャルロットに視線をやり、ガウェイン、シルベスタ、ソフィアへと順に視線を送り、そのすべての人が微笑んでいるのを確かめると、つぼみが開くようにふんわりとほほ笑んだ。「ハワードさん、よろしくお願いします」「はっはっは。ここにこの二人の婚約が成立したことを宣言する!」 ヒカルの返事を待っていたかのように、ガウェインが高らかに宣言した。恥ずかしそうに頬を染める二人の周りには、拍手と残念がる若者の声と、それを仕方ないさと慰める大人たちの笑顔であふれている。 「ねえ、シルベスタ、気になっていることがあるんだけど」「なんだい?」「この前、あと一押しとかなんとか言ってたけど、いったい何を言ったの?」「え、ああ。簡単なことさ。アランの結婚式の宴が終わるまでに答えを出さないなら、僕がお嫁にもらってもいいかいってね」「まぁ!ハワードはさぞや緊張していたでしょうね」「だろうね。普段の彼なら、あんな群衆の前でプロポーズなんて絶対しないと思うよ」「はぁ、本当にあなたっていつまでも困ったいたずらっ子ね」 呆れるソフィアの横で胸を張るシルベスタは満足げに言う。「だってほら、これで一気に貴族たちにも了承させることが出来たじゃないか。ガウェインの保証付きだよ。まさか王太子殿下の結婚式に異論を申し立てて場を悪くさせるわけにもいかないだろ?」「どうだった。私の婚約承認のタイミング、最高だっただろ?」 ソフィアたちがいる席に戻ってきて、自慢げに言うガウェインを見て、ソフィアはこめかみを抑えた。 控室に戻ってきたヒカルとハワードは、すぐさまアラン夫妻に会いに行った。「アラン王太子殿下、その、この度は急な申し入れをしてしまい、申し訳ありませんでした。」 平謝りのハワードに、アランは苦笑いだ。「大丈夫。きっとそうなるだろうと思ってたよ。だけど君があんな貴族たちの前でプロポーズするとは思わなかったから焦ったよ。どうせシルベスタさん辺りが仕組んだんだろう?」 あ、そういうことか。と、ハワードが目を見開いている。「ハワード、ヒカルを頼んだよ。」「はい!」 握手する二人の瞳には、一点の曇りもなかった。おわり