UNLIMITED 第4章 目に見えない真実 4(最終話)
ショーンはアンナの目の前で膝を折り、そっとその手を取った。「アンナ、私と結婚してください」「ええー!! わ、わ、私みたいな行き遅れの田舎娘でいいのですか?!」「いや、アンナがいいんだ。アンナでなくっちゃ駄目なんだ。受けてくれるかい?」「ふぁい!」 涙でぐしゃぐしゃな顔になりながら、アンナが答えると、すぐさまショーンが腕の中に閉じ込めた。「ありがとう。フィン様が戻ってくるまでの期間、ネージュ様とのいざこざもあって、ずっと不安を抱えていたんだ。そんな時、今まで通りの笑顔でずっと支えてくれていたアンナが気になってしかたなかった。だけど、私たちは主人に仕える身。簡単に私情を優先できないと思っていたんです。それなのに、フィン様がまるで当たり前のことのように、どうして結婚しないの?なんておっしゃるから…」小さな背中に回した手にぐっと力を籠めると、ふきんを握りしめたままの手が広い背中に手を添える。すると、すぐ後ろから大きな歓声と拍手が沸き上がった。「やったなー、ショーン!」「おめでとう!!」「幸せになってね!」「え?あ、皆さん!聞いてらしたんですか!」 頬を染める二人にみんなからの祝福が続いた。翌日、陛下と大聖女との謁見を終えたと知らせを聞いたホワイトとレオナールがやってきた。ラピス、ルビー、そしてエメラを交えて午後のお茶タイムを過ごしながらの報告会となった。おもむろにフィンが告げた。「大聖女様からヒューイが僕の弟だってことを聞いたよ。だけど、ヒューイは何も知らないみたいだし、通信社のご両親も言わずに育ててくれたみたいだから、僕は、このままヒューイとは、友達でいようと思うんだ。」「そっか。フィンがそれでいいなら、そうすればいい。ヒューイが本当のことを知ってからでも遅くないからな」 レオナールが何でもないことのように言うので、フィンはふぅっと肩の力を抜いて頷いた。「ねえ、それはいいけど、これからギルバートのところに行ってみない?私、彼には一言言ってやりたいのよ」 エメラは駄々っ子を叱るような言い方で墓前に行くことを勧めた。 街中で花を買って、フィンはラピスたちの後に続く。ギルバートの墓は海の見下ろせる小高い丘にあった。「ギル、見ろよ。お前の自慢の息子、こんなにたくましくなったんだぜ。」 ホワイトがウィスキーの小瓶をそっと手向けて声を掛ける。ラピスやルビーもそっと墓石に手を添えて見つめていた。「父上、ベルンハルトが父上の最期を白状しました。まさか、あんな亡くなり方をしていたなんて…」 フィンは墓前に座り込んで見上げていた。握りしめた手が、震えている。12歳になったとはいえ、まだまだ頼りなげな細い体だ。それをエメラが後ろから抱きしめた。「フィンちゃん。 あなたにはまだ理解できないかもしれないけど、あなたの両親は、あれでも愛し合っていたのよ」「嘘だ! 父上は、あの女に殺されたんだ!」 怒りに震える顔を、柔らかな両手で包んで、エメラは続ける。「あのね。ギルが亡くなってから、ネージュが私を大聖堂に連れて行ったでしょ?そこで、聞こえてきたの。ギルバートに助けを求めて、シクシク泣いていた誰かさんの声が。確かに、最初は陛下のことが好きだったのかもしれないけれど、結婚してあなたが生まれるまでの間、二人は穏やかな時間を過ごしていたわ。 それにね。部屋にあったあのドライフラワーは、ギルバートがプレゼントしたものなの。それは、二人がまだ結婚する前のことよ。ギルったら、天使のような聖女にすっかり夢中になって、その頃まだ王子だったカーティスに紹介しろって頼んでいたの。それでね、いよいよ会えることが決まると、私に相談してきたのよ。彼女の印象に残るように贈り物をするなら何がいいだろうって。」「え?父上はあの人の事が好きだったの? 王命で仕方なく結婚したんじゃないの?」 目を見開いて驚くフィンの頭をそっとなでながら、エメラは頷いた。「そう。豪華なバラや百合やチューリップより、一目ぼれですっていう花言葉のクジャクアスターを勧めたのは私よ。」「そうだったね。あいつの目を覚ましてやるんだって、はりきってた」 懐かしそうにルビーがつぶやいた。 「それにしても、ギル。随分間抜けな終わりだったわね。あれほど冷静でいなさいっていってたのに!ほんとに、あなたって人は…」エメラのお小言は続いているが、フィンは不意に遠くに見える海に目を移した。そして、しばらく考え込んでいたが、そのままゆっくりと視線は下がっていく。「やっぱり僕には、分からないや。」「気にするな。お前ももう少し大人になって、好きな人でも出来たら分かるようになるさ。さて、せっかくだからこのままブルーノの墓参りもしていくか?」 レオナールがフィンの肩に手を乗せて言う。相変わらず王子様みたいにキラキラしているが、その瞳には微かに後悔の色がにじんでいる。元気玉のような少年を亡くした悲しみは、フィンだけのものではない。「うん、そうしよう! 父上、僕はまだあの人の事を母親と認められないけど、それでも、父上みたいな頼られる召喚士になってみせるよ。それまで見守っていてね」 フィンは、それだけ言うと、仲間を連れて丘を降りて行った。ギルバートの墓の周りには、クジャクアスターが優しい風に揺れていた。おしまい