魔法学校の居眠りキャシー 9(最終話)
「申し訳ないね。もう少し結界修復の承認が早く下りていれば、ここまでのことにはならなかっただろうにね。ジェフから聞いたよ。君がポルパノフの計略を聞き出してくれたんだね。すでに奴は警備隊に捉えられて、取調中だ。どうやら結界修復の邪魔もしていたようでね。余罪は多い。それから、シャルロット・マイヤーという生徒を知っているかい?」「はい。」 その名前を聞いただけで、動揺してしまう自分が情けないとキャシーは唇を噛む。「彼女は魅了魔法が使えるらしいんだ。どうもジェフを狙ってたようだが、こいつにはすでに心に決めた人がいた様でね。ちっとも魅了が効かないので、占いの館のオーナーだというポルパノフを利用して君を消そうと企んでいたようなんだ。可愛い顔をして、恐ろしい人物だよ。」「あっ…」 キャシーの顔から笑顔が消えた。「ああ、すまない。自分が殺されそうだったなんて、恐ろしいよね。」「あ、いえ。そうではないのですが…」 眉尻がぐんと下がって、悲し気な顔になったキャシーの手を、ぎゅっと握りしめてじっと見つめるエメラルドの瞳があった。「あ~、そういうことか。ジェフ、いい加減に白状しなさい。これ以上彼女を悲しませてはいけない。さて、私はお邪魔虫のようだから、退散するとしよう。」 パットは席を立つとジェフにウィンクして見せた。そして、ドアを開けたところで思い出したように声を掛ける。「そうだった。キャサリンさん、君の治癒魔法の能力はなかなかのものだよ。学校からも進められているだろうけど、治癒魔法の能力を伸ばす教育システムに、是非とも参加してね。」 にっこりと微笑んで州長が部屋を出ると、ふうっと大きなため息をついてジェフが改めてキャシーに向き直った。「キャシー、お前も気づいている通り、俺には白オオカミの獣人の血が入っている。ハーフなんだ。だから、純血の獣人ほどではないけれど、やっぱり自分の番には敏感になるみたいだ。」「そう、そんなに夢中になれる人に出会えたなんて、良かったね。」 悲し気な笑顔のキャシーの猫耳は、これ以上下げられないほど下がっている。しっぽも隠れてしまっているようだ。視線を外してなんでもないようなふりをするが、どうしたってジェフにはバレているだろう。「キャシー、俺の番…。お前にも獣人の血が入っていたんだな。」「え…? 今、俺の番って…」「初めてあった時はモヤモヤするばかりだった。だけど、前に腕を掴んだ時、全身に電気が走ったんだ。この腕を、放したくないってな。」 ジェフは立ち上がって、そっとキャシーの頬に触れた。拗ねたような瞳が潤んでいく。「おまえは、俺の番になるのはイヤか?」 キャシーが首を横に振ると、勢いで涙がぽろりとこぼれた。「ジェフが討伐に行くのを見送る度に、心配で仕方がなかったの。どうか無事で帰ってきてほしい。怪我をしたら、どんなことでもして、助けてあげたいって、気が付いたらそんな事ばかり考えていた。だけど、ジェフは学校で一番の人気者よ。私みたいな地味な子で、本当にいいの?」 その言葉に、今度はジェフが眉を下げてほほ笑んだ。「おまえじゃなきゃ、ダメなんだよ。」 キャシーの手を取ると、そっと口づけを落とす。すると、キャシーの頬がバラ色に染まった。「私、決めたわ!新しい教育システムに入って、本気で勉強する。ジェフに相応しい自分になりたい!」「ああ、期待しているよ。」 それから数か月が経った。キャシーの獣化はすっかり影を潜め、学校の中で知っているのはジェフだけとなった。教育システムが性に合っていたのか、キャシーはめきめきと頭角を現し、ジェフ、キャシー、ソフィア、そしてメグは、学校でも優秀な生徒として目立つ存在に成っていた。「ソフィア・ハミルトンさん、マーガレット・アンダーソンさん、それから、キャサリン・クラークさん。来週から、隣の州の討伐に参加してもらうよ。他のクラスからも何人か行くんだが、チームリーダーはジェフリー・ウィンストン君だ。頼んだよ。」「「「はい!」」」 3人が揃って返事をすると、クラスからヒューと口笛が飛び出す。「うちのクラスからは3人も選ばれたのか。鼻が高いぜ!」「君は、もう少し、きちんと練習した方がいいんじゃないかな。」 調子のいいセリフは、以前キャシーに火炎魔法をかけてしまいそうになった生徒だ。トンプソンにバッサリと指摘されている。「では、今日はここまで」 担任が言い終わると同時に扉がバンっと開いて、ジェフが飛び込んで来た。「キャシー、帰ろうか。今日は、駅前のビルに出来たカフェテリアに行ってみよう。」「ホント!嬉しい! じゃあ、ソフィア、メグ、また明日ね」 キャシーの腰に手を回して、とろけるような甘い笑顔で誘うジェフを、これまでどれだけの生徒が驚き、悲鳴を上げて見てきたことか。 クールで女子には無関心な、それでいて成績もよく魔力も多く、そして美丈夫な彼を多くの女子が狙っていたのだ。「はぁ、クールな彼もかっこよかったけど、あのとろけるようなハニースマイル。私にも向けてほしいわぁ」 どんなに羨ましがられても、もう拗ねたりひねくれたりしない。キャシーは昔の自分の事を想うと、クスっと笑って、ジェフに手を引かれるまま教室を後にした。「キャシー…、僕が思っていた以上に成長したな。ジェフが相手じゃ勝ち目はないか。」 トンプソンの言葉は誰にも届かない。それでも、彼は満足だった。キャシーは目覚めたのだ。 そう、自分にもちゃんと価値があるって気づいたから。自分の価値は、自分で磨き上げなくちゃダメだって、分かったのだから。FIN