雄弁な演出、鮮烈な音楽〜メトライブビューイング「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」
マスカーニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の舞台になった、シチリアのヴィッツィーニという村を訪れたことがあります。 高速道路からはずれ、けっこうな山間の道をバスで行くこと1時間あまり。たどりついたその村は、山にへばりついているような寒村。とうぜん、村のなかは坂だらけで、広場以外は隘路ばかり。オペラに登場するサントウッツァやトゥリッドウやローラ&アルフィオ夫婦のモデルになったひとたちが住んでいた家も残っていますが、みなほんとに至近距離。とくにサントウッツァとローラの家は道をはさんでほとんど向き合っていました。こんな狭苦しい村で何かあったら、それこそ評判になったにちがいない。そのことが、実感できた体験でした。 「カヴァレリア・ルスティカーナ」の原作は、ヴェリズモ(真実主義)文学の旗手ヴェルガによる短編小説。息苦しいほど切り詰められた文章は雄弁で、村の空気、ひとびとの葛藤を劇的に伝えます。傑作です。シチリア出身のヴェルガはヴィッツィーニに家があり、町の広場に坐って人々の話を書き留めたそうです。 オペラの「カヴァレリア」も、「ヴェリズモ」オペラの嚆矢として知られます。それまでの時代に君臨したヴェルディは生々しい人間感情を描きながらも、物語のほとんどは古典的でした。「カヴァレリア」はその枠組みを打ち砕き、同時代の貧しい人々の生々しい葛藤を描きだしたと言われます。 とはいえ最近思うのは、「カヴァレリア」に描かれたような世界は、オペラの聴衆である富裕層にとってはやはり一種の異国の物語だったのではないかなあ、ということです。ヴィッツィー二に住むアルフィオのような馬車屋や、トゥリッドウのような酒場の息子が、オペラに行くことは一生ないでしょう。それは、シチリアを訪れ、ヴィッツィーニを見たり、またシチリアのオペラハウスに足を運んで、観客層がごく限られた一部の富裕層であることを目撃したからこそ、感じることです。 今シーズン最後のMetライブビューイングとなった「 カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」の二本立ては、音楽的な充実もあいまって、あのシチリアの空気を思い出させてくれました。 今回は新制作で、演出はメトでもおなじみのデヴィッド・マクヴィカー。これまでライブビューイングでは「アンナ・ボレーナ」や「マリア・ストゥアルダ」が印象に残っています。いずれも伝統的かつスタイリッシュな舞台でした。 今回はかなり趣が違いました。まず、2作ともかなり映画的だったということ。人の動かし方や演技、表情づけが細かくて、なまなましい。「アンナ」や「マリア」は、ベルカントもの、つまり古典ものだったので、スタイリッシュだったのかもしれない、と思い当たりました。だとするとマクヴィカー、「音楽」を相当に読み込む演出家です。 一方で、2作の舞台づくりはかなり対照的で、視覚的に楽しめるものでした。 「カヴァレリア」はまさに当時の「シチリア」を思わせる舞台。舞台の上にまた舞台が造られて、村人は三角関係(四角関係?)の目撃者として舞台を囲みます。サントウッツァはまさに彼らの視線にさらされている。あだっぽく娼婦のようなローラも、軽薄なトウリッドウも同じ。村人の冷たい視線が演技でたびたび強調されます。黒を基調にした衣装はシチリアの伝統的なものですし、シンプルな舞台装置はシチリアに点在するギリシャの遺跡や円形劇場を思わせなくもありません。あの村の時代の息苦しい雰囲気が、よく出ていたように思いました。 とても納得が行ったのが、サントウッツァとトゥリッドウの間にまだ情が通っているような演出があったこと。トウリッドウがサンタを突き放す二重唱は、ふつうは取りつく島もなく演出されますが、今回は2人は罵り合いながらも抱き合ったりしていました。このような描写があると、トウリッドウが最後に母親にサンタのことを頼むのも納得が行きます。 サントウッツァ役のウエストブロックは、近年はワーグナー歌手として有名ですが、ヴェリズモのこのような役も駆け出しの頃から歌っていたとのこと。体当たりの演唱は悲劇的で、迫力満点でした。アルフィオ役のギャクニッザも、たっぷりしたどすの効いた声で、気短なシチリア男をうまく演じていました。 一方、時代を半世紀後に設定したという「道化師」は、うってかわってとても賑やかな舞台。道化師一座にはほんものの道化師?が3人混じっていて、劇中劇をはじめいろんな場面でパントマイムで笑わせてくれます。馬に横座りになって登場したネッダ(パトリシア・ラセット)も、とてもあだっぽい女性に描かれていました。劇中劇では網タイツ姿で、コケティッシュな演技を披露。ラセットって、コメディエンヌだったんですね。 そう、ラセットは、生、映像含めて、今まで接したなかで一番よかったと思います。豊潤で、水っぽい艶やかな声。とくに中音域が充実して、小悪魔風の女性にはぴったり。声も演技も表情が豊かで、彼女の魅力が最大限に発揮されていたように感じました。悪役トニオのギャクニッザも、「カヴァレリア」に続いて、パワーと巧さを感じさせた演唱でした。 さて、とはいえ、歌手の一番の立役者は、2作の主人公を歌ったマルセロ・アルヴァレスでしょう。もともとリリックな声だと思いますが、最近はスピントな役にひっぱりだこ。まあ、他にいないといえばそうなのですが。。。でもそれにしっかり応えている。名歌手の仲間入りをしつつあるように思います。 この2役を一晩で歌い切るのは大変だと思いますが、まさに熱唱。ラテン系のテノールらしい、甘く豊かな声がしっかりコントロールされ、破綻がほとんどない。さすがに「道化師」のほうはこの役柄にしてはちょっと若い感じがしましたが(とはいえ「衣装をつけろ」は名唱)、「カヴァレリア」では、ちょっとだらしなくてちょっと人がいいトウリッドウ、憎めないトウリッドウを、明るくリリカルな声と演技で、共感できるキャラクターとして魅せてくれました。うーん、生で聴いてみたいです。 そして同じくらい、ひょっとしたらそれ以上の立役者が、指揮のファビオ・ルイージ。ルイージは最近絶好調のようで、ライブビューイングのオープニングになった「マクベス」の指揮も素晴らしかったのですが、今回もすごかった。きちんとコントロールされていながら、メリハリが鮮やかで、ほとばしる感情も抑えないでしっかり鳴らす(もちろん、うるさくはなりません)。小気味いいくらいです。それでいて抒情的な旋律も、センチメンタルになることなく美しく響かせる。とてもバランスがいいのです。ドラマのなかへ連れ込まれる快感を、十二分に味あわせてくれる指揮でした。 「カヴァレリア」「道化師」、ライブビューイング、シーズン最後のダブルビルは明日金曜日までです。 http://www.shochiku.co.jp/met/program/1415/