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テーマ:家庭菜園(57359)
カテゴリ:土壌
ここは加古川なので東播地方と呼ばれてます つまり播磨の国の東側ということで古代より加古川のお陰で開発も進んでおり農業などが盛んだったようです 家の近くにも昔の江戸時代の西国街道が走っており もっと古くでは平城京や平安京の時代の山陽道が走っている(山陽道は畑の下に埋もれていて一部しか発見されていないが古代の軍用道路で今の高速道路と同じくらいの規模と広さを持っていたらしい) 写真に写っている橋はJRの鉄橋で 実はその下には我が家庭菜園に利用さしてもらっている雑草さんや枯れたカヤや枯れたススキなど また流れてきた竹などが大雨の後にはごろごろしていて 少し頂いて畑の土の改良に使ったり畑の支柱にしたり通路が雨のあとは歩きにくいので通路の滑り止めなどにススキなどを並べたりしている 畑には雑草などを肥料にして出来るだけ自然の物を使っている はた坊 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.01.06 06:07:13
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