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2010年07月13日
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「次郎物語」下村湖南著第五部より抜粋

「読書会では、テキストのページを追って輪読する場合もあったが、「二宮翁夜話」の取り扱いはそうではなかった。あらかじめ、めいめいのひまな時間にその幾節(いくせつ)かを読んでおき、その中から、心にふれたとか、疑義があるとかいうような節をだれからでも発表して、それについて相互に意見を述べあうといったやり方であった。このやり方は、実は次郎の提案によるもので、それが「二宮翁夜話」の場合、特に適切であったせいか、毎回非常な成功をおさめ、塾生たちのそれを読む態度もそのために次第に真剣味をまして来ていたのであった。
 ところが、今日はかなり様子がちがっていた。いつもだと、朝倉先生が、「では、だれからでも……」と口をきると、先を争うようにして幾人かの塾生が手をあげるのだったが、今日は、それどころか、かんじんの「夜話」をひらきもしないで、ひそひそと私語をつづけているものが多かった。それに、第一、次郎自身の様子がおかしかった。かれは私語こそしなかったが、その眼は廊下の硝子戸(ガラスど)をとおして、食い入るように玄関のほうを見つめていた。玄関では、田沼先生が小川先生と朝倉夫人とを相手に、まだ立ち話をつづけていたのである。
 朝倉先生は、しかし、みんなのそんな様子を見ても、べつに注意をうながすのでもなく、その澄んだ眼に微笑をうかべて、しずかに待っていた。
 すると、大河無門がだしぬけに言った。「巻の一の第二十八節をぼくに読ませてもらいます。」
 その声は、例の落ち葉をふむような低い声だったが、みんなの私語をぴたりととめた。だれよりもぎくりとしたのは次郎だった。次郎にとっては、それが大河の声であるということだけで、もう十分な刺激だった。しかも、その大河は、これまで読書会ではほとんど沈黙を守りつづけて来ており、真っ先に口をきったことなど、全くなかった人なのである。
 みんなが、あわててページをひらくと、大河は、ぼそぼそと読み出した。
「翁曰く、何事にも変通といふ事あり。知らずんばあるべからず。即ち権道(けんどう)なり。夫(そ)れ難(かた)きを先にするは聖人の教へなれども、これは先づ仕事を先にして而(しか)して後に賃金を取れと云ふが如き教へなり。ここに農家病人等ありて、耕し耘(くさぎ)り手おくれなどの時、草多きところを先にするは世上の常なれど、右様の時に限りて、草少なく至って手易き畑より手入れして、至って草多きところは最後にすべし。これ最も大切の事なり。至って草多く手重のところを先にする時は、大いに手間取れ、その間に草少なき畑も、みな一面草になりて、いづれも手おくれになるものなれば、草多く手重き畑は、五|畝(せ)や八畝は荒(あら)すともままよと覚悟して、しばらく捨ておき、草少なく手軽なるところより片付くべし。しかせずして手重きところにかかり、時日を費す時は、僅(わず)かの畝歩(せぶ)のために、総体の田畑順々手入れおくれて、大なる損となるなり。国家を興復するもまたこの理なり。知らずんばあるべからず。また山林を開拓するに、大なる木の根はそのままさしおきて、まわりを切り開くべし。而して二三年を経(へ)れば、木の根おのづから朽(く)ちて、力を入れずして取るるなり。これを開拓の時、一時に掘り取らんとする時は労して功少なし。百事その如し。村里を興復せんとすれば必ず反抗する者あり。これを処するまたこの理なり。決して拘(かかわ)るべからず、障(さわ)るべからず。度外に置きてわが勤めを励むべし。」
 ぼそぼそと読み出した大河無門の声は、おわりに近づくにつれて、次第に高くなり、澄んで来た。そして最後の一句を、思い切り張った調子で読みおわると、また、ぼそぼそとした声で言った。
「さっき田沼先生に事件のお話をきいたあとで、ページをめくっていると、偶然この一節が眼にとまりました。何だか関係があるような気がしたので読んでみたんです。それだけのことで、べつに感想はありません。」
 塾生たちは、同じページにあらためて眼を走らせはじめた。朝倉先生は眼をつぶって何度もうなずいていた。」





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最終更新日  2010年07月13日 05時10分45秒



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