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2014年01月01日
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 平成17年第838号 平成17年6月20日号発行

    やさしい気持ち
 赤ちゃんを抱いたお母さんにとって辛いことは、人混みの中で赤ちゃんが泣くことらしい。これはお母さんがいくら頑張ってもどうしようもない。赤ちゃんにも言い分はあるはずだ。泣くことが赤ちゃんの仕事なんだよね。でもね赤ちゃんに泣かれる、それもバスの中で泣かれることが、お母さんにとつてはせつないらしい。閉塞された空間での赤ちゃんの泣き声は、迷惑きわまりないものだからだ。
 夕方には少し早めの四時頃、西村さんはバスに乗っていた。一番前の席に赤ちゃんを抱いたお母さんが座っていた。窓の外を見ながら笑っていた赤ちゃんも飽いたのかむずかり出した。泣き声混じりでお母さんの胸を叩きだした。
お母さんは眉に皺をよせた。窓ガラスに赤ちゃんを向けると、お母さんはあやすように言った。
「熊さんがいるよ。ミッタンの好きな熊さんがいるよ」
 赤ちゃんの名前はミッタンというらしい。赤ちゃんは泣くのをやめると目を白黒させて外を眺めた。やがて、それにも飽きたのか、また泣き始めるような顔つきになった。 バスが停まった。ひとりの老人が立った。降車口へ近づいた。チケット投入口へ切符を入れると降りようとした。老人が赤ちゃんの方を振り返った。
「熊さんだよ。ウォーウォー。熊さんだよ。バイバイ」
 赤ちゃんは一瞬驚いたように老人を目を大きく広げて見つめた。それから、にっこりと微笑んだ。老人はバスを降りても道路上で「ウォーウォー。バイバイ」を繰り返していた。西村さんは驚くだけだった。その驚きは一度だけではなかった。次にバスが停まった時のことだ。
 ふたりのおばさんがバスを降りようとした。多くの荷物を抱えていた。ふたりのおばさんは降車口で荷物を持ち直した。それから、赤ちゃんの方をゆっくりと振り向いた。
「うさぎちゃんが二匹よ。ぴょんぴょん。バイバイね。ぴょんぴょん」

 ステップを跳ねながらふたりのおばさんは降りて行った。赤ちゃんの笑い声が聞こえた。お母さんが赤ちゃんの小さな手を握って振らせていた。ふたりのおばさんは道路上でもビョンピョンと跳ねていた。西村さんの前に座っていたピアスをした茶髪の背の高い若者が立ちあがった。次のバス停で降りるのだろうか。シャツはズボンからはみ出していた。バスは停まった。若者はだらしなさそうに片手をポケットに入れたまま降り口へ歩いていった。
 チケット投入口へポーンと切符を投げ入れた。そして、なんと、ポケットから手を出した。これまた驚いたことに若者が赤ちゃんの方へ振り向いたのだ。
「キツネだよ。コーンコーン。キツネだよ。バイバイ」
 両手の親指で口を広げ人差し指で目尻を上げながら言った。お母さんはすまなそうに若者へ頭を下げていた。赤ちゃんの笑い声は大きくなってバスの車内に響いた。若者は舗道上でまだ指で口を広げ目尻を上げて赤ちゃんを見送っていた。 西村さんは次の次のバス停で降りるのだ。さあ、何になって赤ちゃんに笑ってもらおうか。ブタさんかゾウさんになろうか。悩んでいるとバスは停まった。お母さんが赤ちゃんを抱えたまま荷物を手に取って立ちあがった。エッ!なんと降りるらしい。「ありがとうございました」
 お母さんは運転手さんへすまなそうに言った。運転手さんは微笑みながら帽子をとった。
そして、帽子を鼻の前でブラブラさせながら言った。
「ゾウさんだよ。ゆらゆら鼻が揺れるよ。ゾウさんだよ。バイバイね」
 なんと言ったらいいのだろう。運転手さんまでが動物になってしまったのだ。お母さんに抱かれた赤ちゃんが小さな白い手を振った。お母さんはバスを降りながら深く深く頭を下げた。






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最終更新日  2014年01月01日 22時26分54秒
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