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2015年09月17日
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愛媛大学は畏友木谷文弘の母校である。

木谷兄は大分県の出身で愛媛大学に進んだ。

理系の出だが、文章をよくし、新潮新書から「由布院の小さな奇跡」を出し、大学の教材にも使われたこともある。


「ポルソッタ通信」というメールでの、随筆を多くの人に送って、楽しませたりほろりとさせたり、

ユーモアとペーソスの文章に巧みだった。

GAIAのフリーページにもいくつかそうした「ポルソッタ通信」を収録している。


325 お姉さんの割烹着

 三十数年前、学生時代を、私は愛媛の松山で過ごした。
緑ゆたかな城山の近くにこぎれいな小料理屋があった。
一階に七席程度の白木のカウンター、二階に六畳ほどの小部屋があった。
そこが、私たち仲間のたまり場だった。

おばあさんがひとりで切り盛りしていた。違う。
七時を過ぎた頃になるとおばあさんの孫である娘さんが来た。
娘はデパートに勤めていて、夜の忙しい時だけおばあさんの手伝いに来ていた。

彼女は、二十五、六歳といったところだ。
私たちにとってはお姉さんだった。
それは、私たちが接するはじめての社会人の女性、まぶしい大人の女性だった。
お姉さんは化粧をしていなかった。
でも、瞳はいつも輝いては肌は白く髪は長く、私たちにとっては憧れの人だった。

お姉さんは店へ来ると、紺絣の着物に着替えた。
そして、白い割烹着をつけた。
「私はあわてん坊だからと、おばあちゃんが割烹着をつくってくれたの」
お姉さんが微笑みながら答えた。

そう、お姉さんはあわてん坊だった。
割烹着に酒や醤油をよくこぼしていた。
そしてね、急な階段をけたたましい悲鳴とともに滑り落ちることも珍しくなかった。
私たちは我がちにと階段の上から助けに行く。
お姉さんはお尻をさすりながら私たちを仰ぎ見る。
着物の裾から見える白い足に、私たちは興奮しまた感動した。
お姉さんは慌てて裾を直す。
その仕草がとても愛くるしく、私たちはまた感動したものだ。

仲間たちの来るのが遅くて、私ひとりがお姉さんと向かい合うこともあった。
そうだよな。お姉さんを独り占めして語り合える。
それは、私にとって至福のひとときだった。
「木谷くんは、どんな社会人になるのかな。私、楽しみだな」
お姉さんがお酌をしてくれながらささやいた。
うん、私は何も言えなかった。

ある夜のことだった。料理がいつもと違ってやけに豪華だった。
「今夜は、私のおごりよ。みんな、どんどん呑んでよね」
お姉さんが私たちに叫ぶように明るく言った。

そして、お姉さんは割烹着をはずした。

私たち、ひとりひとりにお酌をしてくれた。
普段は化粧をしていないお姉さんが薄化粧をしていた。
それはとてもきれいなお姉さんだった。
私たちは酔っぱら払った。
私たちは唄った。
フォークソング、ロシア民謡、叙情歌などを、次から次へと唄った。
そして、一段落した時、お姉さんがぽつりと言った。
「みんなで城山へ登ろうか」

みんなで城山に登った。松山の夜景がとてもきれいだった。
風が頬に吹いてきた。
「これが私の故郷なのよね。
そして、みんなと楽しく過ごしたところなのよね」
お姉さんが涙声でつぶやいた。
それは、私にだけしか聞えなかった。
私はいお姉さんを見た。白い顔が少し紅潮していた。
長い髪が風にゆらりゆらりと揺れていた。
いつも輝いている瞳がどこともなく細くなっていた。

翌日からお姉さんは来なくなった。
おばあさんが一通の手紙を私たちに差し出した。
「みなさんにさよならを言うのが辛かったから黙っていました。
私は結婚します。大阪にいる彼のところへ行きます。
みなさんは頑張って立派な社会人になって下さい」
おばあさんはカウンターの中の椅子に座っていた。
小さなからだがより小さく見えた。

やがて、大学紛争がより激しくなり、大学は荒れていった。
思想も哲学もなかった私は「山登り」に夢中になっていった。

そして三十数年が過ぎた。
割烹着をつけた女性を見ると、私はお姉さんを思い出す。
そう、お姉さんは今でもあの頃の若いままなのだ。
そのお姉さんに、私は語りかけてしまう。
「あわてん坊のお姉さん、今でも白い割烹着をつけて頑張っているのですか?」
(2003/12/26)






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最終更新日  2015年09月17日 19時32分42秒
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