12377916 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

GAIA

GAIA

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
全て | 報徳記&二宮翁夜話 | 二宮尊徳先生故地&観音巡礼 | イマジン | ネイチャー | マザー・テレサとマハトマ・ガンジーの世界 | 宮澤賢治の世界 | 五日市剛・今野華都子さんの世界 | 和歌・俳句&道歌選 | パワーか、フォースか | 木谷ポルソッタ倶楽部ほか | 尊徳先生の世界 | 鈴木藤三郎 | 井口丑二 | クロムウェル カーライル著&天路歴程 | 広井勇&八田與一 | イギリス史、ニューイングランド史 | 遠州の報徳運動 | 日本社会の病巣 | 世界人類に真正の文明の実現せんことを | 三國隆志先生の世界 | 満州棄民・シベリア抑留 | 技師鳥居信平著述集 | 資料で読む 技師鳥居信平著述集  | 徳島県技師鳥居信平 | ドラッカー | 結跏趺坐 | 鎌倉殿の13人 | ウクライナ | 徳川家康
2020年02月19日
XML
「児玉源太郎」三戸岡道夫
p.196-204

児玉源太郎は新たな使命を帯びていた。
戦地から帰還する兵士たちの検疫である。
日清戦争では、日本側の死者は一万三千余となっているが、なんと、そのうちおよそ一万二千人が病死である。つまり、九割以上の戦死者が、実は、赤痢、マラリア、コレラなどの疫病に罹って死亡したのだ。
もし検疫を行わずに国内に兵隊たちが帰還したら、今度は日本中で疫病が発生するおそれがある。そこで、入国をする前に港で検疫を行なうことにしたのである。

 しかし児玉源太郎は陸軍次官として、帰還作業にだけに関わっているわけにはいかない。
そこで、誰か適任者はいないかと探したのだが、何の手柄にもならない地味な仕事を、進んで引き受けるようなお人好しは、なかなか見つからなかった。
 しかも、検疫には時間がかかり、一刻も早く家に戻りたい兵隊たちからは、間違いなく怨嗟の的となる。手柄にもならず、しかも恨まれる。そんな仕事をする人間がいるものか。

「一人、いきのいい男がいる」
 と、軍医総監の石黒忠真が紹介をしてくれた。名を後藤新平という。

 後藤はこの時はまだ三十九歳の、しかも出獄したばかりの浪人であった。
 というのは、後藤新平は内務省の衛生局長だったが、相馬子爵家の財産争いに巻き込まれ、明治二十六年に投獄された。裁判では無罪になって解き放たれたのだが、それまでの内務省衛生局長の椅子は吹っ飛んでしまっていた。
 とにかく一度会ってみようと、後藤新平は陸軍省の次官室に児玉源太郎を訪ねた。
「やあ、君が後藤君か」
 まあどうぞ、と椅子を勧めると、後藤新平は、
「いえ、このままで」
 と言って、自己紹介をした。
「お聞き及びのことと思いますが、私はつい先ごろ、獄から出て参りました。産れは南部(岩手県)水沢藩の中級士族で、学校は田舎の医学校を出ております。内務省勤務をしておりましたところ、訳あってある事件に介入し、現在に至りました。お役に立てるようでしたら是非ご採用ください」
 源太郎は、後藤新平が事件に巻き込まれたとは言わず、「介入した」と正直に言ったことが気に入った。噂では目立ちたがりの跳ねっかえりと聞いていたが、どうやら素直そうである。それに何より、立場が悪いのに媚びる様子もなく、変に陽気でもある。
 源太郎は陰気な人間が苦手で、そういう意味では後藤新平というのは源太郎とウマの合いそうな予感がした。
「そうか。それは難儀なことだった。私は君にどんないわくがあろうと、この職に適任ならばお願いするし、そうでなければお断りする。それで聞きたいのだが、検疫の経験はあるかね」
 後藤は自信たっぷりに、
「西南戦争の折に見ておっります。また、実際に医者をしておりましたので、基礎知識は持っております」
 源太郎は重ねて問うた。
「この仕事は、あまり大きな手柄にもならんし、しかも間違いなく兵隊たちから恨まれる。つまり損な役回りだ。それでも引き受けるかね」
 後藤新平は一瞬の躊躇もなく、
「是非、お願いします」
 と言って頭を下げた。
「今のままでは、どうにもなりません。お願いします」
「よし、お願いしよう」
 後藤新平の採用は決まり、いよいよ検疫が本格的にスタートすることになった。

 関係部署への挨拶などが済み、後藤新平が改めて児玉源太郎のところに姿を現した。
「児玉閣下、きょうはお金を頂戴に参りました」
「うむ、いくらいるかね」
「おおよそ百万円もいただければよろしいかと」
 源太郎はちょっと考えてから
「では、百五十万円用意しよう」
 と言った。
 百五十万円がどれほどの大金であるか。当時、陸軍に与えられていた年間予算は約千五百万円。そのおよそ十分の一にあたる。
「児玉閣下、百五十万円ですか?」
「そうだ。思い切ってやってくれ」
「はいっ、分かりましたっ」
 後藤新平という男は、どこか人を喰ったような所のある男で、自信家で胆の据わり方も半端ではなかった。だが、後藤新平はこの児玉源太郎の気前のよさには脱帽するしかなかった。
 しかし児玉の気前のよさはただの大風呂敷ではない。
 戦死者のほとんどが疫病で亡くなった。もし国内にこれが蔓延したら、取り返しのつかないことになる。児玉はそのことを理解したうえで、自分に大金を与えたということが分かったのである。
 こうなれば後藤は懸命に働くしかない。ここまでしてもらって、手を抜いたら男ではない。そういう意気込みが後藤の身体中を駆けめぐった。

 検疫が開始された。
 
 後藤新平の陸軍検疫所「日本はかかる検疫事業を遂行する威力と人才がある」


画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外

【陸軍似島検疫所第二消毒所】

 明治二十八年四月一日に始まった検疫は、同年十月三十日をもって閉鎖となった。その期間は実に半年の長きにわたり、検疫人数は二十三万二千人余、検疫した船舶六百八十七艘、経費は百十六万円余であった。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020年02月19日 03時45分20秒
[パワーか、フォースか] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.