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テーマ:商店街を歩く(168)
カテゴリ:つぶやき、人間関係
午前中に、お正月料理の食材を購入するために近くの大型スーパーに行ってきた。
そして、片付けをしながら思い出していたことを、忘れないうちに書いておこう。 私たちがこの場所に住み始めてから42年が経つ。 私の住む場所は、旧道の一本脇の道路に面しているのだが、 「旧道」というのは明治初期の主要道路であり、つまりはクラーク先生も多分馬で通られた道だ。 だから、この地域には明治天皇が巡幸された際にお休みになった場所とか、水を飲まれた場所なんてところに、 記念碑が建っていたりする。 その後も、戦前に昭和天皇がお休みになったとかの碑もあり、つまりは歴史のある商店街なのだ。 私たちがこの地に住み始めた頃には、その頃から続く、あるいは戦後あたりから続く商店が軒を並べていた。 昔ながらのお菓子屋さん(大福などが美味しかった)、電気屋さんが2店、自転車屋さんも2店、 洋品店に金物屋さん、写真館、美容室、雑貨店、玩具店、薬屋さんやガラス店、魚屋さんも野菜店もあった。 昔ながらの旅館も、質屋さん、そうそう陶器やガラスなどの贈答品を扱うお店もあったなあ。 もちろん、もう少し先には本屋さん、レコード店、家具店などもあった。 だから、日常の買い物はこの近所で済ませていたし、急な来客があった時には 手土産用にお菓子屋さんに行って和菓子を買ったり、急いで魚屋さんに行ってお刺身を造ってもらったりした。 それが今はどうだろう。 まずは大型スーパーができて、やがて郊外型の大型スーパーが次々と進出し、 商店街も次第に元気がなくなり、店主の高齢化や死亡、大型店への出店等等で、 次々とお店が閉まっていった。 現在なんとか頑張っているのは、電器店、自転車店、美容室(店主は変わっている)、 化粧品店(この店は、昔も化粧品店だったかしら?)が各一店。 空き店舗になった場所は、進学塾とか、障害者の支援事業所、児童や高齢者ののデイサービス施設、 そして、普通の住宅や空き店舗などなど…。 もう、かつては商店街だったなんて想像できなくなっているかも。 残っている商店だって、現在の店主の高齢化でどうなることか。 考えてみれば、絶対に昔のほうが高齢者には便利だった。 私はまだ足腰が丈夫なので、徒歩十分くらいのスーパーに行くことは運動がてらできるけれど、 あと15年もしたらきっとそれも大変になるだろう。 今の私の切実な思いは、一軒だけ頑張っている電器店が私の生きている間頑張って欲しいということ。 機械に弱い私は、家電製品が不調になった時に気軽に来てくれる電器店がないと困る。 だから、ちょっと高めでも家電製品はそこで買うようにしている。 それでも、大型の電器店に行ってみたら、安くて便利なものが目に止まるので、 そんな場合は浮気をしてしまうのもしばしば…。 本当に、庶民は自分勝手なものです。 さて、あと十年後、かつての商店街はどのようになっているのでしょう。 追記:徒歩15分圏内に、個人医院が6軒もあったんですよ。今では嘘みたいだけど。 今あるのは総合病院ばかりで、昔ながらの「家庭医」のような医院は本当に貴重な存在です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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