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テーマ:美術館・博物館(1487)
カテゴリ:open to public
2021/10/19/火曜日/寒い小雨模様
↑赤坂氷川神社の山車倉に貼られたポスターに目が止まったのは今月5日の日差しの強い戻り夏みたいな日で、蚊に刺されたのだった。 本日時間を見つけふらりと出かける。目黒駅から真っ直ぐ行く。年配女性グループは↓この展覧会に吸い込まれて行く。 私もふらふら入りそうになるが、どうやら予約制の様子。きっぱり当初目的地へ。東京大学医科学研究所と敷地を分け合っている印象。アプローチが分かりにくいけれど、ガードマンの方がいます。 非常に立派な建物。旧公衆衛生院、内田祥三設計。ロックフェラー財団の寄付支援で1938年設立とのこと。公衆の衛生こそ国家が安全保障の第一に挙げるべく、の誇りの感じられる威容だ。機能面で流石に対応できなくなっただろうが、よくぞ残ったもの。 見学ルートのパンフレットがあるが現在ボランティアガイドツアーは無いようで今回は割愛して、2階左翼に展示された港区所有の人形をみる。あーここで氷川神社と結びつく仕掛け。江戸三大祭りの内、震災戦災で日枝と神田には残らなかった山車人形が氷川に14中9つ残った。その内の三体が展示されている。 その一つ、ヤマトタケルの命は考えてみれば卑怯なり。女のフリで熊襲タケルの命を葬ったわけだ。 浄瑠璃人形のかしらが幾つか。人形遣いの吉田冠十郎自身が作製していたとは。さぞや人形に気魄がこもった事だろう。 宮中「人形満て」の習わし。これ興味深い。大正天皇の人形満て、に及んだ下賜が回り回って巌谷小波が持つに至ったクロ駒に乗る御所人形の麗しいこと。 ピカイチと感じたのは大正天皇の「御台人形 鶴亀」と からくり儀右衛門の「弓曳き童子」。 知恵と技に優れた からくり儀右衛門こと、田中久茂1799年生まれ、は懐中燭台や無尽灯の商品開発を為し京都で時計師として活躍。55歳で佐賀藩お抱えとなり蒸気車、蒸気船の雛形などを作る。御一新で久留米の製鉄所が閉鎖されると、なんと75歳で一族引き連れ上京。銀座に電信機などの店舗兼工場を開く。これが東芝の始まり、天晴れなるかな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.10.20 07:06:27
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