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今回のTHE・プロファイラーのお題はガンジー。(3/28放送)
20世紀初頭にインド独立運動を指導した彼の実像に迫る。 ガンジーはインドの比較的裕福な家の出身だが、タバコを吸うわ、盗みを働くと少年時代は所謂不良とやんちゃな性格だった。当時のインドの伝統に則り13歳の若さで生涯の妻となるカストゥルバと結婚し、18で長男が生まれたほぼ同時期にイギリス留学を勧められ、妻子を置いてイギリスへ。イギリス留学に伴いスーツを着て、西洋の文化に馴染もうと努力していたがヒンズー教の経典を改めて読んだことから民族意識が目覚めた。 イギリスで弁護士の資格を得て23の時仕事で南アフリカへ。映画「ガンジー」の一場面を紹介しつつ電車の一等席のチケットを持っていたのに、イギリス人の車掌によって荷物ごとつまみ出されたことを経験した‥という話を紹介。この経験から人種差別撤廃運動に身を投じることに。南アフリカで小さな政治結社を作り抵抗運動を展開。その際に「非暴力・不服従」のスローガンを掲げるようになる。 渡辺陽一氏はガンジーの「非暴力・不服従」は今の世界情勢に問いかけるのものではないかと意見し、間氏はガンジーのことを研究してるが、真実の姿はどんな人だったのかはわからないと評してる 1930年に重税を課されていた塩の不買運動として有名な「塩の行進」を同志と共に実行。メディアを利用して(外国の記者を同行させて)「塩の行進」をアピールしたという話は初耳。外国でも反響があったというのも 後にインド初代首相となるネルー率いる政治結社と交流してたという話も初めて聞いた ガンジーは禁欲的な生活をしてたが、インド独立運動に身を投じてからは行者当然なみすぼらしい格好をするようになったが、間氏はファッショナブルと評してた 物欲・食事・性生活の制限を行い、機械文明を批判してた。極度の禁欲生活は家族との間に溝ができてしまう。特に長男のハリラールとの確執が強く、ハリラールはイギリスに留学し、父と同じく弁護士になりたかったが父に反対される。自分の店を立ち上げたものの事業に失敗して最後は失意のうちに亡くなる…って不幸すぎる。 1945年、第二次世界大戦が終了。イギリスは植民地に対する影響力を失ったが独立前のインドでは問題が…インドには2割イスラム教徒がおり、ガンジーはイスラム教徒とヒンズー教徒との融和を理想としてたが、イスラム派の代表はイスラム教徒だけの国を作ろうと考え、ネルーはイスラム教徒を排除するべきと考えてた。1947年、インドは念願の独立を果たしたが、イスラム教徒の国・パキスタンにと分離独立。朝鮮と似た状況じゃん。 ヒンズー教徒とイスラム教徒の暴動が起きるという不幸が・・ガンジーは争いを止めるため断食を実行。ガンジーは「どんな宗教を信じても最終的には一つの道に到達する」と思っており断食をすることで人々の良心に訴えかける狙いだった。ガンジーの読み通り一応争いは終わったが、1948年1/30にガンジーは暗殺されてしまう。犯人はヒンズー教の過激派で宗教って怖いって思う 間氏はガンジーの禁欲主義については「今のIT大国となったインドとは矛盾してる」と評してる。 非暴力・不服従というガンジーの思想はキング牧師・マンデラ氏と影響を受けた人はいるものの実現しようとすると困難ってのはわかった。 ガンジー[Blu-ray] [廉価版] [Blu-ray] / 洋画 オスカーで11部門ノミネートされ、主演男優賞等8部門を受賞。主演のベン・キングスレーはインド人の血を引いており、キングスレーは役作りのためガンジーのことを研究し、振る舞いがガンジーにそっくりだったのでインドの人々はキングズレーがガンジーの幽霊なのではないかと噂したとか お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Apr 23, 2024 11:09:43 PM
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