雷神
◎序 私、藤原幸人は埼玉県で父の遺した料理店を引き継ぎ暮らしている。15年前。私の妻悦子は、娘の夕見がベランダの手すりに置いた植木鉢の落下で起きた事故で亡くなった。このことは絶対に夕見には秘密にしておかねばならない。なのにある日、謎の人物から娘のやったことを本人にバラすと脅迫電話を受ける。さらに遡ること31年前。私の故郷新潟県羽田上村で、母英は雪の降る日、川に落ちて不審死した。その一年後、事件は起きた。村の伝統行事神鳴講で出されたコケ汁に毒キノコが混入され、食べた村の有力者4人のうち2人荒垣猛と篠林一雄が死亡し、黒澤宗吾と長門幸輔の2名は一命を取り留めた。同日、私と姉亜沙実は落雷に会って意識を失っていたため、当時の記憶は曖昧でしかない。事件後、祭儀を行った神社の宮司太良部容子が自殺したため犯人と見做されたが、容子の娘希恵はそれを否定する。そして私は父藤原南人から容子が父にあてた手紙を渡された。そこには、容子は父がコケ汁に猛毒のシロタマゴテングタケを入れるところ目撃したと綴られていた。父も警察の取り調べを受けたが、姉がアリバイ証言をしたこともあって容疑者から除外され、事件は迷宮入りとなり、私たち一家は村を出た。◎破果たして父は毒殺犯なのか?私と夕実、亜紗実は、過去の事件の真相究明のためカメラマン一行になりすまし、上村に潜入する。その調査の途上、亡き有名女流写真家の息子、彩根に出会う。彼もまた毒殺事件に関心を寄せていた。私たちは事件を知る希恵はじめ村の人々に取材と称して調査を行ったが、その途上で私を脅迫していた男の意外な正体を知る。しかし脅迫者は遺体で発見され、警察が介入してくる。さらに黒澤宗吾までが殺害された。◎急彩音は私たちの正体を知っていた。私も手紙のトリックに気付いた。長門幸輔の家が放火にあい、放火犯とおぼしき人物は逃走したが..........31年前の毒殺事件の犯人、そして現在起きた殺人事件の犯人は誰だったのか。--------------------ネタバレあり。視点人物は信用ならない。読み始めたときから、この考え方を定石として頭の隅に置く。けれど、登場人物がことごとく、真実を話していないことを感じ取る。物語が進むほどにその疑念が強くなる。それぞれが何かしら隠しているらしい登場人物の中から、容疑者を見つけることはさほど難しくないかもしれない。犯人を絞り込む要素は隠し事がなさそうな人物からだろうか。それで何名かは除外された。次は探偵役が〇〇である可能性を吟味する。しかし探偵役って誰だ?と、フーダニットでしばし長考。結局探偵役はストレンジオブストレンジャーの彩根であり、かつ彼は〇〇ではないと予測する。当たらずとも遠からずであった。最終章になるまで犯人の名前は明かされず、推理で隠されていた真相を指摘するのは彩根の役回りだった。この最後のぎりぎりまで犯人名を明かさないというのは、クイーンの某作へのオマージュめいているが。手紙のトリックは、暗号解読のロジックが通用する類の趣向ではなく、よほど意外な推理を思いつかない限り見破るのは無理と思われた。(私にはさっぱりわからなかった)事件関係者、それぞれが隠し事をし、互いに庇い合う構図。そんな人間関係に張り巡らされた伏線に気付き、回収してロジックに整合させる 正しい推理も困難な技だろう。疑念が晴れない霧の中で手探りするような曖昧さのまま、読み手を最終まで連れていく作者の技量。意外な伏線(手がかり)と意外な展開を見せる物語を構築する想像力と発想力。さすが「ひまわりの咲かない家」の作者の筆致は衰えないと感心した。