地球人スピリット・ジャーナル1.0

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2009年4月1日

地球人スピリット
・ジャーナル2.0


へ引越しました。

全108件 (108件中 1-10件目)

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アガルタ

2007.05.13
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「GATI チベット文化圏」 チベット・ブータン・ネパール 久田博幸写真集 1999/5 藤原書店

 この写真集で「アガルタ」カテゴリが108に達したので、このエントリーを最後とする。実はアガルタへの旅の途中で立ち寄ったチベット本シリーズだったが、思った以上に長居したばかりではなく、まだまだ読みきれていないことを痛感する。これからは、チベット本の中にチベットを読むのではなく、チベット本の中に、「タントラ」を読んでいこう。特に、その究極である時輪タントラ。カーラチャクラ・タントラとはなにか。そしてそれを、旅人としてではなく、そこに住む人間として、自分の文化として読み込んでいこう。この「アガルタ」に連なる次なるカテゴリは「タントラ」だ。

 さて、この「GATI」、ガティは、どこかアガルタに連なる語感がある。ア・ガーティ。アは、サンスクリットにおいては、強調か否定か。ガティとは、インド・サンスクリットでは「道」「趣くところ」という意味だ。ギャーティ、ギャーティだ。行ける者よ、行ける者よ。だとするなら、ア・ギャーティ、とは、行かない者よ、となるのか、行ってしまった者よ、となるのか、あるいは、帰ってきた者よ、なのか。いずれにせよ、まったく無関係ではあるまい。この本が「アガルタ」カテゴリの最後に来たのは、それもまた運命だろう。

 この「GATI」でようやく「アガルタ」が来たのか。「GATI」でようやく「アガルタ」が逝ったのか。始まらなかったのか、終わらなかったのか。なんにせよ、面白い。

 もう一つ、この本の中で気がついたのが、虎、獅子、龍と共に四霊獣とされる「ガルーダ」。なんだろう、この想像上の動物とは。ガルーダがいれば、ア・ガルーダもいるのだろうか・・・?

 この本には、
田中公明「曼荼羅イコロジー」からタントラの分類というものを引用しているので、次のカテゴリへのつながりをつける意味でも、孫引きしておく。

■密教経典(タントラ)の分類/インドのタントラ分類法が、チベットに伝来してから整理されて現行の定説になった。
<所作タントラ>日本の雑蜜(ぞうみつ)経典にほぼ相当する。インドで比較的初期に成立したタントラで、印、真言の他にも沐浴や護身、諸尊の供養法に至るまで、極めて詳細に所作が規定されている。
<行タントラ>日本の胎蔵宗経(「大日経」系の経典)に相当する。根本のタントラは「大日経」。所作の他に瑜伽観法を併せて修するので、行タントラと名付けられた。古くインドでウバヤ(双方)タントラと呼ばれたのは、所作と瑜伽観法の双方に重点があるから。なおニンマ派ではウバ乗というが、ウバヤが転訛したものといわれている。
<瑜伽タントラ>日本の金剛頂宗経(「金剛頂経」系の経典)に、ほぼ相当する。この部類のタントラは「初会の金剛頂経」で、このほか「理趣経」、「理趣公経」「悪趣清浄タントラ」などが有名。
<無上瑜伽タントラ>チベットのみが伝承しているタントラ。広義の「金剛頂経」系の発達系列上に位置し、瑜伽タントラの教義の上に、生理学や性瑜伽、さらには、天文暦学が組み合わされたもので、チベットでは最高の評価が与えられている。
 ・父タントラを代表するのは「秘密集会タントラ」
 ・母タントラを代表するのは「ヘーヴァジュラ」、「サンヴェラ」など。
 ・「時輪タントラ」を不二タントラとして、一部で最高の評価を与えられているが、ゲルク派は、母タントラの一種という見解を持つ。 

 久田博幸の写真集は、これまた被写体にぎりぎりまで迫るという体当たり的肉感性がある。カラーページでは赤、青、黄、その他、白黒の原色が乱舞する。草いきれや岩石のほこり、生活上の匂いまでただよってくるようだ。一枚いちまいが暖かい。モノクロページにおいても、思い切りのよいデフォルメされたアングルが、見るものの迷いを断ち切る。

 裏表紙には、<オンマニペメフム>を書いたマニ石が写しだされている。このカテゴリは、このマニ石に送られて、一端閉じられる。

GATI2.JPG






Last updated  2009.03.31 12:28:53
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「西蔵(せいぞう)回廊」 カイラス巡礼 夢枕獏・文 佐藤秀明・写真 1994/4 東京書籍

 石濱裕美子
「図説チベット歴史紀行」や、フランソワーズ・ポマレの「チベット」にしても、コンパクトながら美しいカラー写真と素晴らしい文章で、何度も繰り返して読みたくなる。実は、この二冊とも以前に読んだ本なのだが、後髪ひかれる思いでまた、借りて来て読んでいる。そして見ている。文章だけなら、ネット上に記録しておくこともできないこともないが、写真集は本そのものをみないと、感動は味わえない。そして繰り返して読んでみると、まったく新しい本を読んでいるようで、次から次へと新しい発見がある。特に、ヒマラヤの山々や、そこに作られた立体マンダラとしての寺院の数々、その内部に収められた美術品の数々には、圧倒的に目を奪われる。見るたびに新しい意味を発し始める。

 何も、急いで読み進めているから、読み落とし、見落としが多い、というだけもあるまい。仮にそうだったとしたら、単に不注意で見落とした、ということではなく、読み手としての自分の感受性が、より新しくなっているから、新しい見方ができるようになるのだろう、と考えることにしよう。

 カイラス山を巡礼することのできる人は、いくらチベット人でもそう多くないだろう。そして、それを何度も巡礼できる人は、毎回同じものを見ているわけではあるまい。前回、前々回とは、まったく違うカイラスと出会うことになるだろう。

 この「西蔵回廊 カイラス巡礼」は小説家と写真家のコラボレーションだ。今のところ、正直言うと小説家の言説はすこし小うるさい。今の私は、圧倒的に、この写真群に目を奪われる
「チベット マンダラの国」「カラー版 トレッキングinヒマラヤ」「ヒマラヤンブルー」「シャングリラ 東チベットの仙境へ」などなどチベットやヒマラヤのカラー写真集は、いずれも素晴らしい。多分これからも何度も繰り返し、ページをめくることになるだろう。

 その中にあって、写真家としての佐藤秀明の目は、他の写真家たちの目とちょっと違う。ジャーナリステックなアリバイ証明用の写真でもないし、観光地案内のような美しいところを強調するという写真でもない。チベットにいながら、チベットにいる人々の、むしろ心の中を写し取ろうとしているような感じがする。そして、ここでこうしてこの本のページをめくっている、この私の心の中を見せられているような不思議な感覚を味わう。

 夢枕獏の文章も、実はさすが、というしかない。

 
人は、何度も何度も、荒野の中に足を踏み出していく生き物であるのか。
 ああ---------
 不可思議。
 不可思議。
 人の心の、とりとめない混沌の、妖しきチベットの、オンマニペメフンの呪文の、恋の、カオスの、なんという不可思議。
p129



  オンフン







Last updated  2009.03.31 12:29:21
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2007.05.12
カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「チベットの民話」 フレデリック&オードリー・ハイド=チェンバース編 中島健・訳 1996/6 青土社 原書1995 

 私はあまり小説を読まない。ましてや長編小説などは、このブログで読んでいくには、ちょっとそぐわないかな、と敬遠しつづけている。ファンタジーであろうと、SFであろうと、歴史やビジネスものであろう、魅力的な小説は次々とでてくるのであるが、どうも読みきれない。これは才能の問題もあるから仕方ないかな、と自分をなぐさめる。

 この本は、民話だから
「ドルジェのたび」みたいに、カラーの口絵つきで簡単なストーリーであればいいなぁ、と思って読み始めたが、ちょっと甘かった。この本はすでにチベットを離れたチベット叙事詩口伝の伝承者二人から著者達が聞き取って英語で出版されたものをさらに日本語に訳したものである。26の民話が収録されているが、そのストーリーの中にはいっていくのは、私にはなかなか難しい。地名、人名だけではなく、風習や民俗、視点そのものが、旅行者の目ではなく、インサイダーの目で語られているので、なかなかチベットの世界に入っていけないのだ。

 いままでチベット本を私は旅行者の目で読んできた。「シャングリラ症候群」あるいは「アガルタ症候群」の一人としてのアウトサイダーの目でしかないのだ。建物の形や食事の内容など外面に気を奪われているうちになにか重要なことを逃し続けているようで、少しづつ悲しくなってきた。もし、民話が、民衆の中で語られ、民衆の中で自らのアイディンティを薫陶するために語られ続けてきているとしたら、私は、アウトサイダーとしてではなく、インサイダーのひとりとしてこの民話を聞いていく必要があるのではないか。

 そこですこし、私は一計を案じた。私は16才のチベット少年になることにした。700年前、私はそこにいた。家や食事や風習など、ある意味、特にめずらしくはないだろう。だって、その中で生まれ、その中に暮らし、それ以外知らないのだ。いつまでも、そのことに違和感を抱き続けるはずがない。チベット少年になりきろう。そして、その中で語られた民話を聞いたなら、もっとその意味が分かるのではないだろうか。

 
チョギャム・トゥルンパの「シャンバラ 勇者の道は、「リンのゲサルに捧げる」となっている。この言葉を聞いた時には、特に気にもとめていなかったのだが、この民話集の中に「リンのゲサル」があることに気がついた。約300ページの中で60ページを超える部分を占めているので、かなり中心的なお話になっている。聞いてみれば、これは、紀元前から語り継がれてきたチベットの最も長い叙事詩であるという。貴種生誕談で、チベットの救世主のようなお話だ。インドの「マハバーラタ」のようなものであろうか。日本で言ったら、桃太郎と金太郎と浦島太郎と一寸法師を組み合せたようなものかも知れない。

 私は、この60ページほどのストーリーをようやく読み終えたが、実は、この叙事詩、チベットで最も愛される最も長い叙事詩であるばかりではなく、世界でも最も長いと言われているらしい。ゲサル、あるいはケサル王の物語はネットでも
ダイジェストが読める。ユネスコリストの登録したとか、中国でも北京で「ケサル王伝説、千年記念大会」が開催されたということだから、ただごとではない。「リンのゲサル」は、いまだ数百人の口伝継承者がおり、ひとつひとつ話しを聞けば、数ヶ月はかかるということである。なるほど、その話をわずか60ページにまとめること自体、無理なのだ。

 口伝継承といえば、ネィティブ・アメリカンの
「一万年の旅路」を思い出した。この本を読んだ時も思ったのだが、これらの膨大な叙事詩を読むには、急ぎ旅のそそくさとした気持ちではなく、ゆっくりとその話の中にとけ込みながら、語られる言葉のスピードで聞いていく必要があるのだろう。

 この民話集に触れることによって、私のチベットを見る目が、それこそゲシュタルトを転じるような、逆転現象を感じることになった。

 「おんまにぱどめいうん」ともいい、もとはサンスクリット。チベットやモンゴルの仏教徒が常に唱える観世音菩薩のマントラ(真言=神に対する呼び掛け、祈願の呪句)、その意味は「ああ、蓮華の下にある宝珠よ、幸いあれ」。p61



 おんぱどめいうん 







Last updated  2009.03.31 12:29:52
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2007.05.10
カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「チベットの死者の書」99の謎 おおえまさのり 1994/2 二見書房

 アガルタを訪ねる道中で、同義に近いと思われるシャンバラの連想から、チベットに立ち寄った。そして、700年前のチベットとは何か、を問うた時に、もしそれがカギュー派の流れにあるとしたら、ミラレパの後の時代、しかもなおかつその足跡が途絶えたレーチェンパあたりに、何らかの消息を尋ねていかなくてはならない。

 そう思った時、ふと気づいてみれば、どんどん押し流され、引き寄せられて、行きつ戻りつして、辿り着いているところは、チベットの至宝、ミラレパなのではないか、と思うようになってきた。そして、わが書棚を見ると、おおえまさのりが1976年に出した特別装丁版「チベットの偉大なヨギー ミラレパ」(横尾忠則装丁)と、1983年にでた、こちらも特別装丁版「ミラレパの十万歌」があることに気がついた。あるいは、「チベットの死者の書」に至っては、1973年にやはり、おおえまさのりが出した、こちらもさらに気の入った特別装丁版があることに、いまさらながら、気づかされた。

 レムリアへの旅を急ごうと思い、これらを一気に読んで、「アガルタ」というカテゴリを終了しようと、一時は試みたが無理だった。ここはじっくり腰を据えて、その核心に届かずとも、その意味するところを探る新しき探究にでる必要を感じるところとなった。新しいカテゴリは「タントラ」いままでもそのテーマで何冊も読んできたが、そのアウトラインをなぞるだけではなく、すこしづつでも、内部へ、真奥へ、その蜜なる部分への誘いのまま、歩みを進めていくことになるのだろう。

 それにしても、その道の偉大なる先達といっていいだろう、おおえまさのりの文庫本、その一冊がまた我が蔵書の中にあった。この本は1994年発行だ。出会いはコンビニ。最近でこそ、過当競争となって撤退する店も増えているが、当時は、その存在を危ぶまれたコンビニだったが、ようやく社会的インフラとして一般に認知され、まさにコンビニ文化が確立した時代と言っていいだろう。

 そのような、近所のコンビニに立ち寄った時、この本は週刊誌やマンガ本の中の一冊として陳列されていた。私は、この本の内容がどうの、というより、ああ、もはや、あの「チベットの死者の書」でさえ、コンビニに並ぶ時代なのだ、と、あまりの感動でこの一冊を買い求めたのであった。時あたかも1994年、麻原集団事件が発覚する前夜である。日本のニューエイジ的精神世界は、この程度まで成長していた、あるいは爛熟していた、と言えるだろう。コンビニ、チベット、文庫、このコンビネーションが私には、なんとも象徴的に思えたのだった。

 この本は、99の項目が独立した読み物になっており、ちょっとした細切れの合間に読んでいくには丁度よい。しかもなおかつ、「チベットの死者の書」の成り立ちと、49日間の中有その一日一日や、チベット文化に触れ、軽妙なタッチで、おおえまさのりの世界に入っていけるようになっている。

 
そのマントラの唱え方は「オーム・マ・ニ・ぺ・メ・フゥン」となり、この真言を唱えながら「マニ車」をまわすのです。
 これは「観世音菩薩」のマントラで、「オーム(宇宙の始原の声音とされ、日本では<おん>としてかならず真言の最初に入ってます)! 蓮の中に坐(ま)します宝珠に万歳!」という意味になります。
 それぞれに発光する色彩を持ち、「オーム」は白、「マ」は緑、「ニ」は黄、「ぺ」は青、「メ」は赤、「フゥン」は煙色で、それぞれに輪廻転生する六つの世界に対応しています。順番に「オーム」は天上界、「マ」阿修羅界、「ニ」人間界、「ぺ」畜生界、「メ」餓鬼界、「フゥン」地獄界となり、それぞれに対応する世界に再誕生する子宮の入口を閉じる力をもっているとされています。
 輪廻転生して生れてゆく六つの世界の入口を閉じてしまうのですから、もはや生まれるべき世界はなくなり、したがって死に際して、生の輪から抜け出して解脱し、生と滅を離れた永遠の状態を実現するほかにはないということになります。
p66

 なんとこのような意味があったとは。ましてや色の指定までもあったとは・・・



 オーム・マ・ニ・ぺ・メ・フゥン 







Last updated  2009.03.31 12:30:20
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「私のチベット」 リンチェン・ハモ著 ペマ・ギャルポ/三浦順子・共訳 1988/4 日中出版 原書 WE TIBETANS 1926


 外国人によって書かれたチベット本は多い。ダライラマや一部の有名チベット人を除けば、チベット人自身によって書かれたチベット本は限りなくすくない。その中にあってさらにチベット女性の手になる本となると皆無に近い。貴族一族に属する夫人リンチェン・ドルマ・タリンが英語で書いた
「チベットの娘」(三浦順子訳)はきわめて珍しい本だ。英語本は1969年にでている。

 それに比して、この「私のチベット」はさらに古い。1926年にでている。歴史上、外国人(西洋人)と結婚した最初の女性であるという。夫は前英国領事でチベット語は出来なかったという。著者は著者で英語はできず、この夫婦は中国語で日常会話をしていたという。著者は結婚後、夫の勧めにより、中国語で、自らのチベット人としての誇りを文化や宗教とともに語り、それを夫が書き取り、さらに英語に訳し直したようだ。

 これを日本語に1988年に訳したのはペマ・ギャルポであり、三浦順子だ。ペマ・ギャルポには
「チベット入門」初め、たくさんの著作がある。テレビにもよくでて、流暢な日本語でチベット文化を紹介し、その文化交流に尽力している。

 三浦順子も「チベットの娘」を初めとする訳本を多く出し、チベットの文化を体ごと理解しようとしている。チベット本を原寸大で書ける日本人女性も少ないのではないか。このリンチェン・ハモと三浦も、魂のどこかで繋がっているのだろう。

 リンチェン・ハモは、1920年代の、いわゆる「シャングリラ症候群」の西洋人が跋扈していたであろう西洋社会において、ひとつひとつの誤解を解き、チベット人の文明の高さ、道徳心の高さを強調する。決してチベット人は未開な蛮族ではないのだ。いや、むしろ仏教の真髄を柱に据えた高度な精神文化をもつ稀有な高徳な人々なのである。彼女の誇りの高さは、この本がでてから80年を経た今でも、決して失われてはいない。

 当時のチベットの風景を、チベット女性の視線で書いており、貴重な一冊だ。

 
また謎々遊びもあります。一人が謎をかけ、もし答えられなければ相手は罰として「オム・マニ・ペメ・フム(蓮の中の宝珠に栄光あれ---観世音菩薩の真言)」を一回唱えねばなりません。すると謎をかけた謎をかけた者は正しい答えを言うのです。
 謎々遊びがどんなものかというと---
 「四本脚なのに歩けないものはなに?」---机
 「命があるのに息をしないのは?」---卵
 「息があるのに命のないものは?」---ふいご
 「百頭の牛に一本のつなぎ縄は?」---花輪
 「百本のつなぎ縄に一頭の牛は?」---テント
 謎々あそびに規則はありません。それぞれ好きなように作り出してゆけばよいのです。
p93

 チョパは教会の尖塔の形にちょっと似た供物で仏壇にお供えします。線香は火をともし、線香台にたてます。僧侶たちが通常の、あるいは状況にあわせた特殊なお経を唱えている間に、信者は儀礼用スカーフ、カタを仏壇にお供えし五体投地します。それから外に出、本堂をかこむようにして置いてあるマニ車の列をまわります。「オム・マニ・ペメ・フム」の真言を唱えつつ、マニ車を一つづつまわします。一周でも二周でも自分が満足するまでまわるのです。p118



 オム・マニ・ペメ・フム







Last updated  2009.03.31 12:30:48
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「チベット」マンダラの国 写真・松本栄一 文・奥山直司 1996/10 小学館


 沢山のカラー写真があって美しい。文章と写真、両方あってこそのチベットだなぁ、とあらためて思う。時間があったら、そこを訪れ、長い期間滞在してみたいものだ、とも思うが、そのようなチャンスがいつかはやってくるだろうか。あるいは、いつの日か、自分がそこにいたであろう日々を思い浮かべることができるだろうか。

 このブログにおいてのアガルタというカテゴリとして読んだ本も100冊を超えてしまった。アガルタへの旅の途中で、読み込んできたチベット本だが、予想したとおり、まだまだある。図書館の検索パソコンで、ざっと見ただけで3~400冊あった。タイトルにチベットを冠していなくても、ジャンルとしては、チベット本であるものがまだまだある。

 アガルタの次は、レムリア、あるいは、ネィティブ・アメリカンのほうにカテゴリを広げたいと思っているのだが、なかなか、そう思っているほど速度を上げることはできない。あえて、ここでは、もっともっとチベット本を読んでみることもおもしろいかな。次のカテゴリとして「タントラ」を追加していこうかな。チベット文化、チベット密教の、より真奥にせまることができるだろうか。

 この本もよくできている。写真も綺麗、文章も素晴らしい。すこし時間をかけてゆっくり読むのいいような感じがする。10年前の本だが、ぜんぜん色あせていない。

 観音の真言「オン・マニ・ペメ・フーン」を唱え、マニラコル(携帯用のマニ車)を回しながら寺を巡る巡礼者たちを迎えるのは、霊験譚と奇跡物語に彩られた仏像や仏画、仏塔、仏具たちである。p80

 殺生をする際は、かならず金剛祈願経典(ドルジェ・モンラム)を家畜の頭にふれ、口に供物(ジンラブ)を供えて、観音の真言(オン・マニ・ぺメ・フーン)を唱えます。117p

  オン・マニ・ペメ・フーン 

 また、仏教の「オン・マニ・ペメ・フーン」がサンスクリット語を写したものであるのに対して、ボン教の「オン・マトリ・ムエ・サレ・ドゥ」はシャンシュン語とされる。p90

  オン・マトリ・ムエ・サレ・ドゥ






Last updated  2009.03.31 12:31:18
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2007.05.09
カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「カラー版 トレッキングinヒマラヤ」 向一陽 / 向晶子 中公新書 2001/8


 「ヒマラヤのトレッキングに行こうよ。」妻がそう言いだしてくれた。アンナプルナに憧れてたでしょ。定年記念に、アンナプルナを眺めるトレッキングに行こうよ。 pi 

 定年後にヒマラヤに行こう、と言ったって、誰もが行けるわけはない。著者夫婦は、年季の入った登山家たち、彼ら流に言ったら「山屋」だ。
河口慧海のような超人をもちだすまでもなく、色川大吉のような先達もいることだ。このカップルなら、お気軽にこのようなプロジェクトをこなしてしまうだろう。

 トレッキングの語源は19世紀半ば、南アフリカで、オランダ系移住者たちが使っていた「trek」という言葉である。「難儀しながら牛車でのろのろと旅行する」という意味だ。アメリカの西部開拓みたいな苦難の民族大移動の歴史が背景にある。 piii

 聞いてみれば、何事にも歴史はあるものだ。

 
チベット仏教の修行者たちは「青空の瞑想」をする。目を閉じてものを考えるのではない。見晴らしのいい場所に座って、じっと真っ青に澄み渡った空を見詰める。
 「それは不思議な感動的な姿です。まるで、青空の本性が見開かれた目から修行者の体の中に流れ込み、修行者の生命と意識そのものが、透明な宇宙的なブルーに染まっているような光景なのです。真っ青な、ヒマラヤの高原の空。それをじっとみつめるゾクチェンの修行者。それは、実にチベット的な光景です。(
中沢新一著「三万年の死の教え」
 「ゾクチェンは宇宙存在の(中略)核心へ、入り込んでいこうとする思想」と同書にある。
 ゾクチェンの修行僧ならずとも、凡俗の身でもおのずと心がその中にさまよい出て、広大無辺とか、生と死、輪廻とかいう次元の思いに引き込まれていく、この空の青さ、雪山の白さ。
p56

 中沢新一の著書だけではなく、宮原寧子の
「ヒマラヤンブルー」真っ青なヒマラヤの空を思い出す。

 
この最後の橋は足下を見ると目がくらむ高さに架かっている。金網の手すりに、色とりどりの祈りの小旗がすき間なく結んであって、一斉に寒風がなびいている。
 竹橋の時代は、こんな場所を渡るのは怖かったろう。当時から、こうして手すりに小旗が結んであって、「オン・マニ・ペメ・フム」(おお、蓮の内なる宝珠よ)と、祈りの言葉を唱えながら渡っていたのだろう。
p34

 
11時30分にもう昼食。トレッキング中、食事時間はいつも早めだった。茶店の二階でおばあさんがチベット仏教の祈りの言葉を唱えている。
 オン・マニ・ペメ・フム。オン・マニ・ペメ・フム・・・・。繰り返し、唱えている。
p178



 オン・マニ・ペメ・フム 







Last updated  2009.03.31 12:31:43
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カテゴリ:アガルタ

「ネパール・ヒマラヤ・トレッキング案内」 中村昌之他 1995/1 改訂第二版 2001/4


 チベットの隣の国ネパール。いや、実際は、ネパールの隣チベット、と言った方が適切かもしれない。ネパールの方が、人里に近く、人々の暮らしが、私の住んでいるこの大地つながりで、日々繰り返されていることが想像つきやすい。自然も優しく、人々の暮らしも和やかだ。人口の80%がヒンズー教を暮らしの中心においていると言われ、チベットとの隣接地域にわずかにチベット密教を信奉している人々がいるということだ。

 このネパールからヒマラヤを望むトレッキング。かつての登山家は「山になぜ登るのか」と聞かれて、「そこに山があるからだ」と答えたという。今、ヒマラヤ・トレッキングをしている人々に、なぜトレッキングをするのか、と聞いたら、どのような答えが返ってくるだろう。その魅力は計り知れないものがあるに違いない。でなければ、このような案内書がこれだけ愛されるはずがないのだ。

 私は、このような本を何冊か読んではみたが、自らがトレッキングすることは、ちょっと想像できない。その前に、自分の住んでいる街の近くにある丘を登るハイキングコースでも回ったほうが、すこしはメタボリック・シンドローム緩和に役立つ、というものだ。ヒマラヤを望むチャンスなど、今生では、今後もあるまい。体力も気力も資力も時間も、私にそのチャンスを与えてくれないだろう。その中にあっても、このような本があり、美しいカラー写真とともに、各地の紹介をしてくれるのはうれしい。

 ただ、すこし思った。最近、チベット関連の本を読んでいたものだから、いかに隣国とは言え、ネパールとチベットでは違う。ネパールは人間界、という感じが漂う。人里、という感じがする。それに比較し、かなり変化してしまっただろうけど、チベットは、やはり超絶しているなにかがある。自然と対峙せざるを得ない、ぎりぎりの何か。美しい自然の中にいながら、さらに対峙しなくてはならない、自らの内にある何か。その煮詰め方が、チベットのほうが、はるかにキツイ。

 そして、そこからさらに、もしシャンバラやシャングリラ、アガルタ、などという世界を求めて旅に生きようとした人々がいたとするならば、その人々は目に見える外側のヒマラヤばかりではなく、もっと峻厳な、もっと存在観のある内なるものを求めてトレッキングに出かけてしまったに違いない、と思う。

 マニ石。チベット仏教の経文を彫り付けた石。その多くはオム・マニ・ペメ・フム(おお、蓮華の座におわします宝珠の神よ、の意)という経文が彫られている。p5



 オム・マニ・ペメ・フム







Last updated  2009.02.13 08:01:05
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「ヒマラヤンブルー」 
写真と絵 宮原寧子 2002/8 河出書房新社 

 こちらもネパールから見たヒマラヤの写真とエッセイー集。アート紙ではないが、むしろちょっと光を制限したコート紙であることが、ネパールやヒマラヤの質感をむしろ表現することに成功している。北海道に生まれ暮らしている女性写真家である。文章も光る。

 カメラマン・マインドというものは、私には想像を絶するところがある。30年程前にインドを訪ねた時、新品のカメラとフィルムを大量に買い込み、重い三脚をかついで旅をした。しかし、ある地点で、私はシャッターを押すことを断念した。もう写真を残すことに意義を見いだせなくなってしまったのだった。1年の旅のあと日本に帰国してみると、私のバックパックの中には、未使用の写真フィルムが大量に残されていたのだった。

 自分の目の中に、この風景をやきつけてやる、と、当時は意気がっていた。でも、今思えば、下手でもピンボケでもいいから、もっと写真をとっておけばよかったな、と反省しないわけではない。ただ、それだけに、カメラマンや写真家が、作品として写真を撮り続ける姿に感動するときがある。

 この写真集の著者も、そういった意味では、写真家やエッセイストでありながら、やはりひとりの全うな探究者でもあった。

  ファインダーを覗いていると、被写体ばかりに夢中になり、イメージの世界はどんどん創られてゆくのですけれど、なんか本当のものは見えなくなっていったような気もします。p92

 カメラを持たなければ、こんなに感じ、気づくのなら、それならと、私はシャッターをペンに替えて、写真を撮るということを、書くということに置き換えてやってみました。すると不思議にまた何も見えなくなってゆくのです・・・・。p93

 この写真集では、ヒマラヤの山並みを越えて、その上の美しいブルーが、写し取られている。






Last updated  2009.03.31 12:32:12
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カテゴリ:アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル2.0につづく



「シャングリラ」東チベットの仙境へ  
渡辺千昭写真集 東京新聞出版局 2003/6



 LPレコードのジャケットの大きさよりやや小ぶりではあるが、大きなサイズの全頁アート紙印刷の写真集。山岳写真家の著者が1992年から10年あまり撮り貯めた東チベットの自然を中心に編集されている。前半は、4000m、5000mを超える高地のヒマラヤの山並みが治められている。山並みと一口に言ってしまうが、峰々のひとつひとつにキチンと名前がついている。四季折々の顔を持っているに違いない。一つの峰でも、見る角度によって、さまざまな顔を見せているはずだ。

 ほとんどブルーを基調とした壮厳な大自然の中の、時には静寂が、時には、さまざまな音が、声が聞こえてくる。高地を流れる沢の水音。満々とたたえられた湖の水面を渡る風の音。あるいは、霞や雲が流れる白い音さえ聞こえてくる。その遥か下で、草を食む馬達のほんの小さな足音が聞こえたりする。そして、聞こえるのは、ヒマラヤの山々のいざないの呼びかけ。壮大な姿を見せながら、空に向かってそびえたち、白き衣装をまといながら、さらに高きところ、さらに全ったき色なき色の世界へと、見る者を誘う。

 後半は、レンズの角度が上ではなくて、横や、谷の下を望む。光、花々、平原の花、花々に彩られた大地、可憐な、赤、青、白、紫、黄色。人々の暮らしもある。日々の暮らし。生命力。牛の群れ。笑顔。衣装。旅行者が旅のところどころで撮影した写真群ではない。写真を通して何かを見んとする写真アーティストの息遣いが聞こえる。巻末には、一枚一枚の撮影記録(カメラ機種名やフラッシュ名、フィルム名)が残されている。

 解説の前田耕作は書いている。

 
仏教究極の経典「時輪タントラ」が生み出されたのは超俗絶険の地シャンバラであったという。また理想的な「世界の王」によって統治されていたとう虹の都アガルタはシャンバラの異名であるという。シャングリラとはこれらのシャンバラという思念の自然的結晶であるのだろう。
 渡辺千秋にとってのシャングリラは、神秘家たちの幻視的な理想郷などではない。山と谷と流れがあれば、人の気配が漂えば、そこがシャングリラであった。
p73

 著者の渡辺千昭も書いている。

 本書の書名「シャングリラ」とは理想郷を意味するサンスクリット語である。この言語が多くの人々に知られるようになったのは、1933年に出版されたジェームズ・ヒルトンの小説
「失われた地平線」の舞台となった理想郷の地名として登場したことによる。その地名は架空のものであったのだが、小説では中国南方の山奥にあるように描かれているため、近年、中国の中旬権、稲城権、理唐県など、雲南省や四川省の辺境山岳エリアではそのモデルの地として発見や主張がなされてきた。特に2002年には雲南の中旬では「香挌里拉=シャングリラ」と地名も変更し開発が進行している。p83

 昨今の雲南省麗江や中旬(香挌里拉)エリアの観光開発による「変化」は目を見張るものがあり「発展」と引き替えに「俗世間外の桃源郷」とさえる鮮度が失われていく寂しさを感ずるのは私一人ではあるまい。p83







Last updated  2009.03.31 12:32:36
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