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書評日記  パペッティア通信

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政治

Mar 7, 2009
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カテゴリ:政治


ふざけんな、民主党の中堅若手連中。

大久保秘書の逮捕は、誰がどうみたって、小沢代表が記者会見で「不公正な国家権力の行使」だろうが!。自民党・検察権力から権力闘争を仕掛けられたのに何だ!渡辺周や仙谷由人などの前原グループは。小沢代表を引き摺り下ろして、岡田克也を代表にしようと画策してるとは。

いい加減、若手というか民主バカ手たちの民主党の足を引っぱる行為には、頭に来ていた。
今度という今度こそ、堪忍袋の緒が切れたから言わせてもらう。

そもそも、大久保秘書の逮捕劇は、どこが「国策捜査」なのか。

小沢が汚職で捜査されるかもしれないから国策捜査なのか?
民主党を狙い撃ちにして自民を狙わないから国策捜査なのか? 
違うだろ。 

どうやら、多くの民主党連中は、そのように考えているようだ。だからこそ、小沢の罪を隠蔽しようとするのか!と反撃されとひるんでしまう。その結果、徐々にその矛先を鈍らせ、いつの間にか、当初の威勢のよさが失われてしまった。 だからちっとも世論にアピールできていない。 反発を怯えて、世論調査まちの有様だ。

しかし、違う。
大久保の逮捕は、断固として、「国策捜査」として徹底的に批判されなければならない。どこが、「国策捜査」なのか。大久保の逮捕そのものにあるのではない。小沢が汚職の容疑がかかることも、決して「国策捜査」ではない。国策捜査は、大久保秘書が「政治資金規正法違反」の名目で逮捕されたことにある。 民主党は、どうしてこの2つが区別できないのか。なぜ、前者が「国策捜査」「議会制民主主義の否定」であることを強く訴えないのか。
 
そもそも、議員に「不逮捕特権」が与えられているはなぜなのか。それは、議員というものは、民衆の付託を受け、いざとなれば、「国家に抵抗」しなければならないからだ。弁護士と同じだ。 議会の歴史をみよ。成立当初、議会は王権に抵抗するものだった。日本だってそうだ。帝国議会設立当初は、立憲政友会成立まで、吏党と民党は激突した。民党は、国民世論をバックに激しく国家に抵抗した。「不逮捕特権」があったからこそ、尾崎行雄は大正政変で桂太郎弾劾演説ができ、中野正剛は「東条軍閥打倒」に動き、浜田国松は寺内陸相に切腹を迫れ、斉藤隆夫は「粛軍演説」「反軍演説」を獅子吼したのだ。議会人の特権は、国家の支配者だから与えられているのではない。人々の支持をバックに、いざとなれば、国家に抵抗しなければならないからこそ付与されているのだ。国家の保護が与えられるのは、国家に抵抗できるようにするため…まことに議員とはアンビバレンツな存在というしかない。

だからこそ、政治資金規正法は「抜け穴だらけ」に感じられるようにできている。たしかに、政治資金規正法の抜け穴ぶりに不満を募らせる気持ちは分からないでもない。自由にお金をもらえるようにするかわりに、すべてをオープンに申告しさえすればよく、事実に反する申告は修正することが認められていて、逮捕は不公正なものだ ……… 一昨日の記者会見での小沢代表の説明は、一見、汚職・収賄を自己正当化するのか?ふざけんな!と思えたかもしれない。しかし、それは勘違いだ。政治資金規正法は、資金面における議会人の活動を束縛する法律だ。政治資金規正法がゆるいのは、国家が議員の政治活動に介入するのは最低限にしなければならないからだ。斉藤隆夫のような輝かしい活動を保障するためにこそ、抜け穴を利用する汚職政治屋の跳梁がおきるのだ。この2つを切り離すことなどできはしない。

今回のように政治資金規正法を名目に、総務大臣の指摘と訂正ですむような事柄をいちいち逮捕していればどうなる?? 「不逮捕特権」が空洞化してしまうではないか!!!。気に食わない政治家、政党に対して、選挙直前、なにかしらの疑惑を理由に議員秘書を逮捕してしまえばよい。国家は、議員本人の「不逮捕特権」を犯さなくても、選挙における落選を通じ、容易に議員の政治生命を終わらせることができる。

大久保秘書を政治資金規正法の微罪で逮捕することは「国策捜査」だ!!!
別件逮捕はやめろ!!!
政治資金規正法での不当逮捕を正当化するため、
検察が汚職容疑のリークをマスコミに垂れ流すのは許されない!!!
どうしても逮捕したければ、あくまで斡旋収賄などで逮捕しろ!!!

民主党は、なぜ、上記の様に叫ばないのか。なぜ、検察のリークを厳しく批判しないのか。たとえ、大久保秘書が検察に起訴されたとしても、本来、このように叫んで、小沢代表を支えなければならないはずだ。世論の逆風にさらされても、忍耐強く説明しなければならないはずだ。これは、国家・検察権力の仕掛けた権力闘争。不当に売られた喧嘩だから、買わなければならない。

ところが、民主党若手議員たちときたらどうだ。国民を代表して国家を監視(抵抗)するために選ばれたということをケロッと忘れ、秘書が起訴されたら、小沢をやめさせよう!と考えているらしい。それでも男の子か。金玉ついてるのか。

おまえら、小沢代表を選出した責任をとりたくないのなら、議員の意味が理解できないのなら、権力闘争を仕掛けられて逃げるのなら、ただちに政治家をやめろ。「時窮まれば、節すなわち現る」。逆風下こそ、議員の「節」「操」が試されるのだ。議員とは、落選をおそれる意気地なしどもの腰掛ではない。お前らは、そもそも、政治家になる資格などない!!! 

最後に、どうせ読まれまいが、この醜悪な政治闘争を仕掛けた自民党に所属する議員、世耕弘成、川崎二郎両名に言っておきたい。おまえらは良心がないのか。おまえらの祖父は、不逮捕特権を武器に戦時体制に抵抗し、翼賛選挙ではすさまじい選挙干渉によって落選の憂き目を見たはずだ。おまえたちの祖父は、生死の境をさまよいながら、日本の議会政治を守り抜いた。それは輝かしい名誉であると同時に、困難な闘いだったはずだ。それなのにおまえたちは、議会政治をゆがんだものにする気なのか? 祖父を守った不逮捕特権を空洞化させるのか? 輝かしい議会政治を貶めるのか? 世耕家、川崎家の歴史に泥をぬる気なのか? おまえらの姿をみたら、天国の祖父は泣いているだろうよ。

自民党よ、恥を知れ!

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Last updated  Mar 7, 2009 04:11:08 AM
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Nov 9, 2007
カテゴリ:政治
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読売新聞の記事は他新聞と比べて一番まともではないだろうか?
売りにくる販売勧誘員は「日本一の新聞」の自負を持っていて、
はじめてのお宅に訪問に出向いても、押売のような真似はしない。
従来型の一国平和主義に批判を加え憲法草案をつくっても、
米国や中国との協調を主張してやまない。
慰霊を靖国神社にもとめる遺族たちの思いを政治に利用してきた
安倍晋三などの極右政治家の靖国参拝を批判してきたのだ。
夫婦・家族を扱う家庭欄を中心として、読売新聞は
ナイーブなフェミニズムに反対してきた。
ベルリンの壁崩壊以降、
恒常化しつつあるグローバル資本主義の中で、「株式の
売買で濡れ手に粟」流の拝金主義に警鐘を鳴らしてきた。
国益を第一に考えているだけではない。
ゴア前副大統領などが重視してきた環境問題においても、
ミーイズムを否定し、つねに国家社会のことを優先させてきた。
売上げ・部数世界一の新聞であるのは、当然だろう。
新しい「与党過半数割れ」の政治状況が参議院選後に出現したとき、
聞けば、小沢代表・福田首相に大連立を持ちかけたというではないか。
なんという憂国の志士であろうか。
のんきに政治抗争に励む政治家が、永田町界隈にあふれる中
で、渡辺恒雄主筆の志は、国家国民のための政治にある。
不利益・批判を顧みず、断固たる信念で政治を動かそうとする姿が、
買物券・巨人戦チケットによる拡販活動で誤魔化されるのは、
運命とはいえ「悲運のジャーナリスト」というしかない。北朝鮮の
動向が不鮮明で中国が台頭している現在、特措法反対を
推し進める参議院野党勢力は、狂気の沙汰としか言い様が無い。
進軍ラッパをもう一度聞きたいのか?


(なお、著作権は放棄しますので、ご自由にご利用・改良・コピペしてください)

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Last updated  Nov 9, 2007 09:37:58 PM
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Jun 13, 2007
カテゴリ:政治
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▼     鉄道を通してみえる近代日本。 ただの「鉄っちゃん」のオタク話と思うと、とんでもない大間違い。 前作『鉄道ひとつばなし』の続編だが、続編特有のいい加減さは皆無。 「ひとつばなし」と銘打たれていることから分かるように、講談社『本』に連載されていたコラムをまとめただけ。 まとめただけにすぎないはずなのに、とてもそのようには思えない。 40以上のテーマで、縦横無尽に鉄道を論じていて、とにかく楽しくてたまらないのである。


▼     田舎に新幹線を走らせると、普通、東京に出やすくなると思いがち。 でも実際は、ローカル線の廃止や本数削減によって、かえって不便になってしまう。 東北地方は、東京に出やすくなって東京依存を強める一方、隣県への移動が困難になり、いっそう地方の分断化が進んでいる!!!という戦慄すべき現実をご存じだろうか。 本書では、そんな「常識の罠」を次々と否定していく。 戦時下でも、行楽客であふれた関東私鉄沿線。 地上の専用軌道が環状線運行されている所は、ベルリン以外、大阪と東京しかないという。 地下鉄環状線を含めても、ロンドンに次ぐ古さをもつ、山手線。 高級イメージとは乖離した、東急田園都市線の混雑ぶり。 西武鉄道は、当初学園都市を目指し土地買収こそ積極的だったものの、西武沿線を開発したのは、日本住宅公団や東京都住宅供給公社であって、西武本体ではなかったらしい。 そのため西武駅前は都市計画がないデメリットとして、住宅が密集してバスターミナルもないのだとか。 正力松太郎の夢の欠片、全国唯一の新聞社名の付いた駅名、「よみうりランド」物語も面白い。


▼     近年は、マーガレット酒井順子先生のような、女性の「てっちゃん」が増えているとはいうものの、筆者は、大学生以降、「鉄道オタク」と女の子に思われないように、「隠れキリシタン」のような生き方をしてきたという。 そのためか、故・宮脇俊三先生のあとをついで、自己を妙に客観視する鉄道紀行があるかとおもえば、「あさかぜ」廃止を嘆くくらいなら、鉄道オタクよ、連帯して抗議せんかい!!などと、熱血漢ぶりを示す箇所もあるなど、振幅の激しさがおもしろい。 宮脇先生の衣鉢を継いで書かれた「日本鉄道全線シンポジウム」(なつかしい!)は、スピード化批判が駅名自慢に脱線したりしていて、抱腹絶倒の面白さだった。  「独断・日本の駅100選」ともども、必見の箇所といえよう。 
  

▼     むろん、原武史は、何もかわっていない。 1876年輸入された御召列車には、鉄道運転制御装置がついていたのに、1891年輸入御召列車には付いていない。 これは「馬車の延長として鉄道を自由に止めることができる」天皇から、「あらかじめ設定されたダイヤに従わざるを得なくなった」天皇への移行があるのだ ……… 。 平成天皇は、グリーン車を利用するなど、開かれた皇室を目指しているため暗殺の危険が増大しているが、「暗殺の対象になる天皇」というものが、昭和で終わってしまったことを示すのだ ……… 。 2003年8月10日に沖縄空港~首里城間に開通したばかりの沖縄都市モノレール「ゆいレール」は、時間や行列にならぶことに無頓着な沖縄市民を教育する役割を担っているのだ ……… 。 地下鉄は、皇居の存在を希薄にしたように、北京・紫禁城の存在を希薄にするだろう ……… 。 女性専用車と在来線グリーン車の時を同じくした復活は、「70年代型民主主義」が破綻したことを示す ……… 。 あいかわらず、原武史節が炸裂していることがお分かりいただけよう。


▼     むろん、テーマは日本国内だけにとどまらない。 オレゴン州ポートランド。 そこは、中心部50万/都市圏180万人の人口にすぎないのに、アメリカの都市とは思えぬ70キロもの鉄道路線をかかえ、2~4両の路面電車が、郊外では時速70キロで走っているという。 また、台湾や中国大陸の鉄道事情も収録されているが、イギリス鉄道事情が大変な面白さだ。 ロンドン・ケンブリッジ間は、平均120キロをこえる列車が走るのに、特急・急行・普通といった区別がないらしい。 アリストテレスのいう最高の生活、「観想的生活」をも可能にする、イギリスの緑あふれるホンモノの田園都市の優雅さにはため息がもれてしまうだろう。 私鉄による路線整備が進められたイギリスでは、1948年から1996年しか国鉄は存在せず、汽車を前提として鉄道路線が敷設されたため、橋やトンネルの高さが低く、第三軌条方式でしか電化できない所が多い。 そのため、せっかくのユーロスターも、イギリスではスピードを出せないという。 また、イギリス鉄道は意外と遅れない。 「鉄道は英国の自由主義の実現だ」 ―――― 長谷川如是閑の言葉にはうならされる他はない。  


▼     本書の白眉は、「失われつつあるもの」「存在しなくなってしまったもの」への哀悼・渇望にあるといえるだろう。 戦前の名残ともいえる客車列車が、国鉄からJRへの移行を契機として消えてしまったこと。  イギリスは鉄道マニア大国だけど、日本とはまったく違うこと。 日本各地の「駅弁」「駅そば」文化を絶滅の危機に追いやる、JR直営店の強引な市場参入に対する告発。 宮脇俊三『時刻表2万キロ』(河出書房)への惜しみない敬意と愛情。 これぐらい郷愁をかき立てられる秀逸な鉄道紀行は、なかなかお目にかかるものではない。 


▼    あいかわらず、理論的にいい加減な部分が散見され、ホンマカイな?というような部分も多い。 たとえば、隣県どおしをつなぐ鉄道や、東京へ向けた鉄道幹線の建設がなかなか進まなかった四国地方では、鉄道とともに全国に普及する「1分単位」で時間を気にする感覚がなかなか定着しなかった、という。 あいかわらず、ラジオやテレビ・学校教育では、1分単位で気にする時間感覚が育てられない、とする説明がどこにもない。 鉄道が走っても時間にルーズな人々はいくらでもいるではないか。 また、PASMOの導入は、「官尊民卑」を打破するのではないか? と言われても、そんなもので無くなる訳がないだろう、とツッコミを入れたくなってしまう。 筆者によれば、鉄道オタクは、助手席に女性を座らせたいというギラギラした所有欲をもつ車オタクとは違い、権力欲とは無縁の「男らしくない」集団だから、鉄道マニアには女装趣味者が現れるのはおかしくはないのだそうだ。 『萌える男』『電波男』の本田透かよ!!!!!お前は!!!(笑)


▼     とはいえ、旅行記としても、鉄道うんちく話としても、日本近代史としても、いずれにおいても、水準を満たしていてすばらしい。 鉄道マニアは言うまでもなく、旅行好きな人、日本の近代について考えてみたい人、など、すべての方々にお薦めしておきたい。



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追伸   A 相生のかきめしは美味しいらしい。 一度食べてみたい。

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Last updated  Jun 14, 2007 11:18:17 AM
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May 27, 2007
カテゴリ:政治
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▼    平和憲法下の日本では、「紋切り型」の議論が横行しがちだ。 日本では、軍事が忌避されてきたため、軍事・情報とかの国家戦略上重要な問題が蔑ろにされてきた!!!軍事教育を!!などというのも、逆の意味で、「紋切り型」の議論に他なるまい。 言い出すのはたいてい、視野の狭い「軍事オタ」ばかり。 たしかに、おまえたち軍事オタを教育するためにも、軍事学を大学で教えた方がいいかもしれないな、と言いたくなってしまうことが多い。


▼    そこで、本書の御登場である。 いやはや素晴らしい。 軍事評論家といえば、兵器オタの水玉蛍之丞の兄(岡部イサク)か、アメリカのポチの志方俊之だけと思ったら大間違い。 日本の悲劇は、田岡俊次以外、ろくな軍事評論家がいやしねえことにあるのではないか、と思わせる迫力に満ちあふれた本である。 本書は一言で要約できよう。 今のタカ派は、「タカ派というよりもバカ派」(by 防衛庁幹部&田岡)  バカ派たちの言説をメッタギリしてくれているのだ。


▼    バカ派とは、以下のことを口走る人たちのことをいう。
     心してチェックしてもらいたい。


A   北朝鮮の実戦ミサイルが来る前に先制攻撃せよ ←技術的に不可能
B   日本も核武装だ! ←NPT脱退してアメリカを敵に回すの?
C   米軍の臨検から戦争に突入する!! ←臨検は相手の同意がいる
D   台湾独立で中国軍が侵攻 ←台湾の85%は現状維持
E   ノドンを日本に打てば自殺行為 
      ←米基地を叩くついでの日本攻撃の可能性はある
F   北朝鮮の核技術は大したことはない 
      ←威力制御技術をもちノドン搭載可能
G   ミサイル防衛で対応せよ ←ミサイル防衛は穴だらけで「気休め」程度
H   中国は20年以上大軍拡!! ←名目と実質の区別が付かないバカ
I    中国の軍事費は、公表額の2~3倍だ! 
      ←財政の8割が軍事費というのか?
J   アメリカの戦争に巻き込まれるなんてサヨクの常套句! 
      ←冷戦時、日中の役割は、ソ連軍の西欧正面から引きはがし
K   中国は台湾に特殊部隊を送って、台湾中枢を制圧して全土制圧!
      ←まともな上陸作戦を立てられない証拠。北朝鮮にやってみろ。
L   中国の弾道ミサイルの標的は日本だ! 
      ←標的はその都度ターゲットを入力する上、
       ミサイルは垂直上昇するので方向判別は不可能

M   中国の「衛星破壊」事件をみよ! 
      ←アメリカが40年前にやって無意味と知った行為の再現
O   米中は敵対的関係だ! 
      ←米は、「3つのコミュニケ」重視で、台湾防衛に消極的


▼    中国も韓国も、リアル・ポリティクスの観点から、「北」の崩壊を望んでいない。 北朝鮮には、もはや飛行可能な空軍パイロットがおらず、北進統一を妨げるものが存在しないが、さりとて地下要塞に籠もって、ソウルにむけてロケット弾攻撃をやられれば、100万人の死者が出てしまう。 だからこそ、米軍は外科手術を諦めたらしい。 94年の米朝合意は、とおからず北朝鮮が崩壊するという甘い見通しでおこなわれた。  アメリカが北朝鮮核実験失敗説を吹聴しているのは、北朝鮮核実験よりも日本の核武装の方を警戒しているためらしい。 東京に落ちれば、100万人が死ぬ。 しかし200発のノドンに、何十発の核弾頭をつんで、ダミーもろとも発射されれば、米軍でも湾岸戦争で「スカッド」ハントに失敗したように、ミサイル迎撃は不可能。 核抑止は、「相手が理性的」であることを前提だし、核武装をアメリカは許さない。 「核シェルター」で被害を軽減するか、気休めのミサイル防衛を整備しつつ、「アメリカの核の傘」を言い立てるしか方法はないらしい。


▼    中国脅威論は、ソ連の代わりに敵を作ろうとするだけ、と手厳しい。 「中国の軍拡説」は、ソ連に対して「ギャップ」を強調して予算獲得した、ペンダゴンの常套手段である、「過大見積」にすぎない、という。 近年の上昇は、人件費と装備費の肥大化。 1998年、朱首相は、人民解放軍の副業(退役軍人・家族・兵士たちが2万もの会社を経営していた)にいらだち、給料2倍にするから厳禁を打ち出したらしい。 とはいえ、史上最強の装備を持っていた「民兵」ベトナム軍に中越戦争で敗れた人民解放軍。 、そこは「世界最大の航空博物館」。 50年以上前に初飛行した航空機が、全体の8割を占め、中国側航空機は「見えない距離」から撃墜されてしまう。 


▼    人民解放軍は「近代化」を進めているものの、装備費はどんどん増えているが、近年の兵器の値段は、べらぼうに高い。 ほとんど買い換え需要という。 保有航空機、保有潜水艦、軍隊の数は、軍の近代化とともに、量を維持することに耐えられないので、急減せざるをえない。  アメリカに対抗するには効果的な潜水艦は減る一方、見栄えがする水上艦のみ増加しているが、これはこれで、各国の技術の寄せ集めにすぎない。 「早期警戒機なき空母」は、所詮、ステータスシンボル。 原潜も動く騒音で、航法水準もミサイル技術も低い。 近年の中国の武器輸入量は、90年代の台湾の武器輸入量に遠くおよばない。  第二次大戦時の飛行機を計算にくみこんだ、『ミリタリーバランス』の数字を信じて、中国軍拡を真顔で論じる、アホな軍事評論家とはいったい誰のことか、知りたくて仕方がない。
   

▼    また、中・台衝突をめぐる論議は、必読の箇所といえるだろう。 パワーバランスは、海軍でも、空軍でも、台湾有利であるという。 台湾独立阻止のためには戦争を辞さないといっても、台湾上陸作戦には「ノルマンディー上陸作戦」の3倍の規模が必要となれば、根本的に不可能である。  中国は、「無制限潜水艦戦」以外採りようがなく、世界中から恨まれて、貿易に依存する経済が持たない。 戦争になれば、世界市場を失い、投資は止まり、在米資産は凍結、原油輸入は不可能である。 中国の「反国家分裂法」も現状維持法。 アメリカが公然と現状維持に努めるのも、日中米とも、台湾に独立宣言されて、中・台「2者択一」を迫られたら、かなわない。 台湾軍人も独立反対派が多数、台湾の中国経済依存、を合わせれば、「独立」はない。 さらに、近年は日米関係よりも中米関係の方がよほど親密であるという。  
 

▼    個人的には、朝日新聞のリベラルな社風が印象的であった。 1963年頃は、朝日の方が穏健で、他紙は扇情的な左だったことは、左側の川崎泰資・柴田鉄治『NHKと朝日新聞』(岩波書店)の証言(ナベツネ的人物に乗っ取られそうだった朝日)と符合していて、ほぼ事実といってよい。 中央公論『社説対決 読売VS朝日』などは、針小棒大のプロパガンダ、とみなければなるまい。 当時の朝日幹部がみんな海軍士官経験者だったこと。 「非武装中立」なんて与太話を語る社員など、周りに聴いてもいた記憶がないこと。 まあ、4年に1度の国防総省の「国防政策見直し報告(QDR)」において、全体の1%を針小棒大にとりあげ、「軍拡中国に対抗」とした読売・毎日の記事について、防衛庁担当者の「朝日は全文読んで記事を書くけど、他紙は機をみて森を見ず」をわざわざ書いたのは、「報道される側に取りこまれることに批判的じゃなかったのかよ!!!と、さすがに苦笑させられてしまったが。 


▼    的確な中国認識も冴えわたり、うならされる他はない。 共産党の「商工会議所化」という見立ては、ともかくとしても、中国財政規模の対GNP比率が先進国と比較してかなり低い(地方併せて2割以下)ことは、中国ウオッチャーの常識であるが、氾濫する中国本で触れられることはほとんどない。 経済発展を輸出入に頼れば頼るほど、中国はアメリカと協調的にならざるをえない。 旅順港使用権をえたため、ソ連大使が蒋介石に最後まで随行したこと。 米中接近で、中越対立が激化したこと。 靖国神社参拝への不快感から、米中が親密になりつつあること。 現代中国は、工学部出身者のテクノクラートに支配される官僚国家の伝統のみならず、押しかけ民主主義「民変」まで復活しつつある、という。 また、尖閣諸島とガス田開発は別の問題であって、尖閣諸島では日本有利でも、ガス田開発では中国有利であるらしい。 なにより、ポル・ポト派の大虐殺集団が参加する政権(民主カンボジア)を、日本は米中と一緒になって承認していたことには呆れはてる他はない。


▼    ともかく、右翼メディアで憲法論議が盛んなのは、憲法を論議するだけなら法知識程度で済み、膨大な予備知識が必要な軍事から逃避できるからだ、という一節ぐらい、バカ派たちへの根本的な批判、肺腑をつらぬく一撃となっている批判はない。 集団自衛権論議も、台湾海峡防衛に適用すれば、中国への「内政干渉」であって、サンフランシスコ講和条約違反で「侵略」にほかならない。 島嶼防衛論も、全力で台湾独立阻止をしなければならない中国が、日本領土を攻撃して「日米安保条約」発動条件をつくることを前提とした議論であって、とても参謀能力のある連中が作ったシナリオとは思えない。 朝日新聞も、つまらない護憲社説を何本も書くよりも、「現実をみすえろ!!、改憲論議に逃避するな!」と主張した方がはるかに良いと思われる。 


▼    喚くだけの左派より、法をもてあそぶ観念タカ派は、権力に近いだけに危険。 ほとんど、目からウロコのような体験がえられるだろう。 ぜひ、1度詳しく目を通しておくべき、必須の新書とおもわれる。


評価: ★★★★☆
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Last updated  Aug 2, 2007 11:58:27 AM
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Mar 21, 2007
カテゴリ:政治
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▼    すばらしい。


▼    「つまらない本しか出さない講談社現代新書」、という私の偏見を吹き飛ばしてしまう快著である。 このブログを読んでいる人は、ぜひとも本屋で購入して欲しい。 
 

▼    マザー・テレサが人権のシンボルであることは、日本人にとって自然でも、欧米人にとって奇異であるのは何故なのか。 なぜイスラム女性は、フランスの学校で、「スカーフ」を着用してはならないのか。 そもそも、アメリカ・ドイツ・イギリスでは、宗教教育が盛んなのに、どうしてフランスではかくも厳しいのか?  その淵源について、文学作品を使いながらたどってくれる、すばらしい19世紀フランス社会史になっているのだ。


▼    目次は以下のとおり。

第1章 ヴィクトル・ユゴーを読みながら
第2章 制度と信仰
第3章 「共和政」を体現した男
第4章 カトリック教会は共和国の敵か
  



▼    第1章は、『レ・ミゼラブル』である。 ジャン・バルジャンの魂を買った、大司教ミリエル。 ジャン・バルジャンは、終油の秘蹟をこばみ、大司教ミリエルからもらった銀の燭台の光に照らされ、心安らかに臨終の床につく。 売春と奴隷と子供たちの悲惨をもたらす「無知」という名の暴君の絶滅をねがい、友愛と調和と黎明の共和国に賛成票を投じた、かつての国民公会議員医師Gは、ミリエルの薦めを拒絶して、無限の存在の自我こそを神(=理神論者)とする立場を捨てず、ジャンと同様、終油の秘蹟をこばんで死ぬ。 フランス革命の時代、カトリック教会は、憲法への忠誠と引き換えに、「国教会」的な形で護持され、国家の援助が与えられていたという。  カトリック教会は、プロテスタント・ユダヤ教徒・嬰児・自殺者の墓地への埋葬をこばむので、政府は衛生上共同墓地を造らざるをえない。 今や雑多な宗教でごった返すパリ最大のペール・ラシェーズ墓地だが、創立当初はライシテ(=政教分離)精神の発露どころか、忌避すべき埋葬場所だったという。 ジャン・バルジャンは、死をもって市民権を贖い、ラシェーズ墓地に埋葬される。 市民であることとは、カトリック信徒であることと対立するものであるらしい。


▼    第2章は、国家が宗教を管理しようとするナポレオン流のコンコルダートと、宗教を私的領域に囲いこむライシテ原則とは、対極にあることを強調する。 王政復古期は、カトリック教会や修道会が復興した。 「王殺し=無神論者=市民(シトワイヤン)」という概念が生まれる一方、修道会は、ボランティア活動を通して住民の福祉を支えた。 驚く無かれ。 われわれの出生証書、婚姻証書、死亡証書は、元はといえば、カトリック教会教区司祭管轄下の洗礼証書・婚姻証書・埋葬証書に由来するという。 19世紀、修道会は、職業をもたぬ女性に社会的活躍の場と生きがいを提供し、カトリック教会は女性化してゆく。 女性は、男性に比べて、強力な宗教の囲いこみを受けていた。 修道会は、フランスの中等教育において役割を高め、「家族に奉仕する性」である女性にボランティア活動を通してかけがえのないソシアビリテをあたえ、純潔を徳目とした女性教育をおこなった。 フロベールの小説に描かれる、濃厚な「宗教感情」と陶酔をさそう女子修道会寄宿学校の雰囲気は、ミッション・スクールのパロディである「マリ見て」の非ではない。  


▼    第3章は、第3共和制である。 王党派が優勢を占めたにも関わらず、ブルボン派とオルレアン派に分裂していたため、1879年、上下両院で共和派に逆転されてしまう。 フランスのアイデンティティは、「カトリック教会の長女」なのか、「革命の理想を受け継ぐ現代フランス」なのか。 プロテスタントとユダヤ教徒、ならびに普遍的友愛の世界共和国をめざすフリー・メイソンは、後者に合流。 ジュール・フェリーは、宗教の代替物として「道徳と公民教育」、安息日の労働解禁をおこない、共和国の父、とよばれるようになる。 しかし、良家の子女は、えたいの知れぬ下流階級のかよう公立ではなく、私立のミッションスクールに通わせるのが普通だったという。 「自由・平等・友愛」の標語も、当初からあったのではない。 「責務・絆・調和・共同体」的な「友愛」の定着は、その語のもつキリスト教的イメージ(兄弟、友愛の人キリスト)もあって、「権利、状態、契約、個人」的な語彙である自由・平等より遅れたという。 「友愛」は、キリスト教信仰にかわるものとして、世俗的道徳のカナメとして、非キリスト的な「連帯」「尊厳」の概念が発見される中で、浮上してゆく。 第三共和制で女性に参政権がなかったのは、左派において女性は、「カトリック教会に取りこまれた存在」、右派においては「家族に奉仕する性」という、左右の共犯関係によるものらしい。大統領令(1944年、ドゴール)で与えられるまで、棚ざらしにされていたらしい。 


▼    かくて第4章は、ライシテの総仕上げとなる。 共和派の勝利は、フランス共和国国民の創設の必要性を生む。 かくて、構造的に要請されることになった反教権主義は、コングレガシオン(修道会)にフランス公教育から緩やかに撤退を強いることになる。 反教権主義は、決して輸出されることはなく、コングレガシオンは、かわりに「文明化の使命」をおびて、植民地教育に進出したらしい。 ドレフュス事件がおきた理由は、社会主義的な労働者陣営、カトリック主義陣営、ブルジョア自由主義に不満をもつ陣営…様々な利害のちがう集団を糾合しうる紐帯が、「反ユダヤ主義」しかなかったことが原因だという。 かくて、ドレフュス派陣営(侮蔑的意味をふくめ「知識人」とよばれた)は、反教権主義を軸に結束。 「人権リーグ」が結成されることになる。 カトリック教会との激しい闘争の末人権が獲得された、人権とカトリックとは相容れないものだ ――― などの欧米の常識は、ここに由来するらしい。 かくて共和国は、カトリック「教会」(信仰ではない!) と全面対立。 1901年、修道会を標的にしたアソシアシオン法の成立。 1905年、 政教分離法の成立。 これをもって、カトリック教会は、アソシアシオンの一つに転落した。 国家は一切、宗教を支援しない。 3万人もの修道士・修道女が、フランス国外へ出ていったという。 


▼    とにかく、フランスに対する、通俗的な認識の変更をよぎなくされる書物であることは、まちがいない。 第三共和制の大臣の6割がフリー・メイソン。 マッチョな植民地帝国である第3共和制。 そこでは、急進党・社会党・共産党の左派勢力とちがって、カトリック教会という支柱、名望家ネットワークを持つ右派勢力は、明確な政党を結成しなかったという。 政教分離法以後も、修道会系の学校は、自由学校に形をかえ、修道会メンバーが世俗の形でなら、教育に携わることが認められていたらしい。 また政教分離法当時、フランスの政策推進者たちにとって、宗教と国家の共存できる理想的状態とは、アメリカ合衆国だった ……… 現在、キリスト教原理主義に牛耳られるアメリカに対する、最大の皮肉としか言いようがない。 


▼    「不可分の非宗教的な共和国」という国是をもつ、フランス。 そこでは、公教育の現場からは、軍や警察まで動員して、十字架が撤去された。 この史実こそ、イスラム女性のスカーフを公教育から追放する動きが、フランス人の間であまねく是認される、最大の原因であるという。 アメリカのフィルターを通しがちな日本では、フランス理解も偏見にまみれがちである。 この状況に風穴をあける入門書、といってよいのではないだろうか。  「ライシテ」とは、単なる政教分離、非宗教性ではない。 「ライシテ」とは、フランス市民社会の基本原則に加え、制度的「決断」を含意するものなのだ、という。 また、筆者は2分法に陥ることもない。 カトリック教会は、アソシアシオンの一つとして、フランス社会において女性を組織化し続け、隠然たる勢力を持ち続けた。 パンテオンでおこなわれたヴィクトル・ユゴーの国葬こそ、靖国神社の方向性とは正反対の、パンテオンの脱宗教化の完成であるという議論は、国立追悼施設に無宗教はありえない、という議論に一石を投じるのではないだろうか。 とにもかくにも、興味深い話でいっぱいなのだ。 


▼    ただ唯一の弱点は、フランス以外の欧米諸国における政教分離がはなはだ曖昧になっている点であろうか。 プロテスタント系諸国に比べると、アソシアシオンに関する法律や女性参政権などにみられるように、フランスは決して先進国ではない。 むしろ、後進国といってよい。 これは、「人権」が教会と戦うことによって得られたという結論をフランスから汲み出す筆者の意図にとっては致命的なのではないだろうか。 フランスにおける政教分離を研究する意味は、フランスが人権獲得の先進国であったことと不可分である。 もし、後進国であるとするなら、どれくらい普遍的なものといえるのか、疑念を抱かざるをえない。


▼    とはいえ、これは過剰な批判なのかもしれない。 最近読んだ新書では、ピカイチの面白さだったからだ。 講談社現代新書は100冊以上読んでいるはずだが、こんな面白い本は、本書がはじめてである。 皆さんにはぜひ、お勧めしておきたい。



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Last updated  May 31, 2007 04:30:45 PM
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Mar 3, 2007
カテゴリ:政治
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▼   驚いた。 創刊以来、お手軽路線で、重厚さのカケラもない、朝日新書。 「愛国の作法」を始めとして、昔の名前で食ってます、というラインナップ。 ちくま新書や、岩波、中公クラスを期待した人間は、肩透かしを食らわせられた感じだった。 それが現代中国入門を刊行していたなんて。 しかも、これがなかなか要を得ていてすばらしい。 


▼   簡単にまとめておきましょう。


▼   第2章「文明中国と血統中国」では、中国のナショナリズムが、「クレオールだけがネイティヴを発見する(アンダーソン)」の言葉通り、かつて存在したとされる「想像の共同体(=エトニ)」を内面化させた、海洋中国世界のディアスポラ・ナショナリズムに由来したものであることや、先鋭化したエスニシティを輸入することで形成されたことが説かれる。 国民国家は、ひとつの「Naition=民族/国民」が主権者として統治するという仮構の上になりたつが、「歴史・言語・文化・主権の共有」というフィクションが必要(=想像の共同体)である。 マスメディア・公教育といった出版資本主義が、汎用性があり均質化された国民を作り出す。 中華帝国の時代、成員は3つの階層に分かれていたといってよい。 A 普遍的文明、B 在地リーダー(士の予備軍)、C 民衆の共同体。 在地のリーダーが、「黄金時代→堕落→復興」のV字回復の物語をつむぎだす際、2つの方法が採られることになった。 A 普遍的文明に依拠する「文明中国派(貴族的・水平的エトニ)」と、C 民衆の共同体に依拠する「血統中国派(垂直的平民的エトニ)」。 前者は康有為、後者は孫文という。  孫文は、後期三民主義になると、普遍的文明の形成者を「士」から「漢民族」に置き換えることで、「文明中国」を「血統中国」のものとして簒奪してしまう。


▼   第3章「階級中国の崩壊と『士』『民』『夷』の分裂」では、中華人民共和国建国以降の動向が触れられる。 毛沢東時代、「士」は「民」の文化への同化がもとめられ、思想改造が目指された。 孫文の国民同様、階級も「先天的」に決められていたように、中国の政治運動は、「血縁幻想」から自由になれない。 改革開放後、自由主義者、新儒家、旧左派、新左派など様々な流れが生まれてくる。 「洋の士」 ――― 人権に口やかましい自由主義者たち ――― とは違い、「文明中国」的発想をおこなう「土の士」は、イデオロギーの退潮を補う上でも、たいへん好ましい。 「文明中国」的「文化ナショナリズム」は、かくて導入され、伝統の再評価がおこなわれ、公定ナショナリズム=「愛国主義教育」になる。 しかし、経済成長の片隅で、取り残された「民工」を始めとする「半国民」は、「たった一つの哀れな卓越性に激しい憎悪の念をもって固執」せざるをえない。 ここにもう1つの「血統中国」的な大衆ナショナリズムの復興がみられ、「士」「民」「夷」が、それぞれに分裂していく。 3者を包括する戦略としての「文明中国」的公定ナショナリズム、すなわち「愛国主義」教育は、「宗族」に代表される漢族の血縁幻想に絡めとられ包括しきれない。 「血縁中国」的ナショナリズムの過激化。 自大意識と均富願望をもつ「憤青」たちは、官製メディアに飽き足らないでサイバー空間につどい、「文革世代」の親譲りの闘争方法で、漢奸たちを攻撃するという。 その様子は、滑稽といわざるをえない。


▼   第4章「失われた10年と、日中民際関係」では、2つのリアリズムのハザマに両国政府をおき綱渡りを強いている、両国民の成熟度の低さが批判の俎上にのせられる。 日中両国は、21世紀的リアリズムである「格差社会」の痛みを、19世紀的リアリズムである「ナショナリズム」という麻酔で沈静化しようとしているからである。 日中の「謝罪」をめぐるすれ違いは、始末書文化(日本)と検討書文化(中国)の差異にあり、どのように再発を防止する気なのか、日本側は何一つ明言していないことにある、という。 国際法に変化が生じ、国家対個人の補償という考えが出てきたことで、日本と華人社会の対立は、激しさを増すことになった。 そもそも2005年「反日デモ」は、華人社会の「日本安保理常任理事国入り反対運動」に発していたのであって、中国に輸入されたものに過ぎないことが、日本では忘れられている。 中国人がデモや集会をおこなう権利まで否定する日本のメディアの偏向報道は、官製メディア中国の偏向報道と大差があるとは思えない。 その結果、商品価値の高そうなニュースのみたれ流され、党・政府の国内の分裂に苦しむ姿が見えなくなってしまった。 現在の日中関係が持っているのは、「結果の民主」がもとめられる中国政府が、譲歩だと悟らせないため「非民主的」施策が採っているからである。 


▼   日中の不毛な対立から救い出すには何が必要なのか。 中国は、少しずつ進みつつある、「結果の民主」から「過程の民主(欧米流議会制民主主義)」への軟着陸。 日本は、隣人という名の「他者」と向き合うことで、自らを支配している「文脈」を相対化する思考、という。    


▼   分かりやすいけど、その背後には、豊かで深い中国理解がある。 こんな芸当は、なかなかできるものではない。 「チベット民族」概念は、方言分化が激しい言語的多様性を無視したもので、これに寄りかかっているチベット独立運動はかなり危険なしろものであることに言及しているのは、わたしの不勉強もあるが、この書しか知らなかった。 言われてみれば当然のことであるが、たいへんな衝撃であった。 また、雑学も面白い。 チベットの世界観は、「黒域(中国)」「白域(インド)」に挟まれた、天上に最も近い仏教の国プー、というものらしい。 「士」は、儒家の後天主義にもとづく。 「学歴無き団塊世代」のジュニアを中心とした、「憤青」たち …… 軽いタッチで書かれていながら、的確に問題の所在を押さえられていて、入門書には最適といってよいのではないだろうか。 


▼   とくに、現代中国の3つのパラドクス、「中央集権だから、地方が造反する」「一党独裁だから、厳しく結果が問われる(プロセスの民主ではない故に結果の民主が不可避)」「メディアが規制されているので、世論が地下化して暴走する」は、中国を理解する上で、絶対欠くことができないものであろう。 加えて、中国人と日本人の先の戦争に対する意識の違いは、「戦争体験の差異」、それも「地上戦であったか否か」にある。 そのように述べて、現在も長州人を嫌う会津市民(140年前の話!!)や、沖縄県民などを例にとりあげながら、中国人の持つ「わだかまり」を丁寧にほぐして「同じ人間であること」をアピールしてやめない姿勢には、たいへん胸を打たれるものがあった。 必見の書といってよい。


▼   お互い知らないからこそ、罵りあう日中のナショナリズム。 われわれは、日本人、中国人などの、民族・血族の「究極的指示記号」たる「大審問官」に身を委ねてはならない。 その選択には、責任を取らなければならない。 他者を理解することの難しさ。 他者の的確な理解と「友好」とを結びつける難しさ。 そのような中で、客観的かつ丁寧に現代中国社会を腑分けした作業は、読まれるべき書物であろう。 一読をお願いしたい。 



評価  ★★★★
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Last updated  May 10, 2007 08:43:39 PM
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Jan 5, 2007
カテゴリ:政治
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▼   なんか、僕がブログから抜けているとき、とても面白い事件が起きていた。 『週刊現代』新年号の渾身のスクープ、それに対する『週刊新潮』の反論、で展開された、イエロージャーナリズム同士の華々しいバトル。 どちらの記事も、読む気はおきないのだが、少なくとも拉致被害者について、不思議と言われてこなかった、ある「ダブー」に風穴を開けたことについて、『週刊現代』を高く評価しておきたい。


▼   読売・産経から新潮・諸君・サピオに至る右派ジャーナリズムには、北朝鮮における国家とその公民の関係について、公式化された見解、というかドグマがある。  


「北朝鮮政府が外に送り出した人物は、政府の工作員である」


▼   それなら、「北朝鮮政府が送り出した」蓮池薫はどうなるのだろう、と前々から思っていたが、みごとに逆用された形で、愉快痛快このうえない。 まさしく、反骨精神の面目躍如。 『週刊新潮』や右派ジャーナリズム、それに日本政府は、さっそく、情報提供者の身元を問題にすることで否定に躍起だが、それも仕方あるまい。 『週刊現代』の記事は、拉致被害者のもつ、ある重要な何かに、風穴を開けてしまったからである。 それは何か。


▼   こういう問いかけをしてみたい。

    蓮池薫は、どうして北朝鮮で生き延びることができたのだろう
    
    

▼   これまで、工作員訓練のための語学教官施設でうんぬん、で曖昧にされてきた次元とは、何だろうか。 それは、語学教官として拉致された人間は、もし「拉致被害者の会」の言うとおりなら何百人もいて、「替わりはいくらでもいた」ことにほかなるまい。 帰還事業で帰国した在日は、日本語が話せたことで、どのような目にあわされてきたか。 ましてや、蓮池薫は外国人。 彼の言葉は、朝鮮人には理解できまい(そのため、日本人を拉致する必要があったのだ)。 彼は、北朝鮮にとって必要でもあったが、同時に朝鮮人が監視できないという点で、危険きわまりない人物でもある。 おまけに、「日本語が喋れる人間」だけなら、蓮池薫クラスはいくらでもいるのである。  


▼   右派ジャーナリズムの公式見解を総合すると、過酷な北朝鮮社会では、職場の至る所で密告が横行していているという。 また、収容所に入れられ、餓死させられているものも多い。 たぶん、その通りだろう。 にも関わらず、かれは生き延びている。 そして我々は、今もなお多くの日本人が拉致され、北朝鮮政府の下にいると信じているが、さすがに、その拉致された全員が存命しているとは思ってはいない。 自然死以外にも、北朝鮮政府に殺された日本人は、多いと考えている。 


▼   それならば、理由はほかでもない。 彼が、マインドコントロールによって、「北朝鮮体制の忠実な僕」であっただけでなく、それを客観的に「公式」に示してきた ――― 彼は、拉致された「日本人」同胞さえ、北朝鮮当局に密告、売り渡してきた、極めつけ優秀な、「金正日体制」の下僕だったから、ではなかったか。


▼   週刊現代が与えたショックとは、この可能性の「領域」を切り開いた点にほかならない。 そして、家族会や政府のヒステリックな否定的な反応も、この領域に対する否認とみなさないと、ただの事実確認をめぐる闘争に歪曲されてしまう。


▼   そもそも、蓮池薫が職場において、朝鮮労働党の信頼する、模範ともよべる優秀な北朝鮮公民でなくして、どうして、北朝鮮から出国することがありえたであろう。 考えてみれば、蓮池薫本人は、あまりマスコミに出たがらない。 いつも、拉致家族会の厳重なガードに守られ、蓮池透が、頼まれもしないのに、しゃしゃり出ているだけである。 その忌避は、何故なのか。 そして蓮池透は、「マインドコントロールが解けるのに時間がかかった」と、常々、語ってきた。 マインド・コントロールの解けない状態とは、かれが優秀な北朝鮮公民と同様の行動をとることにほかなるまい。  社会主義政権下、模範的公民であることのもっとも簡単な当局への証明は、模範ではないものを密告することではなかったか………。 


▼   北朝鮮核武装によって、北朝鮮打つべし論が下火になって久しい。 右派は、意気地がない。 「体制崩壊するだろう」論と、「だから核武装しよう論」にこぞって、宗旨替えのご様子だ。 あながち、「打つべし論」も、嫌いではなかった。 ひょっとしたら、スパイ警察資料がごっそり押収できて、蓮池薫署名の上申文書なども、日の目を見ることになるかもしれない。 そう考えると、それはそれで面白いと考えたからだ。 「体制崩壊」では、その後の国民和解のことまで考えると、スパイ警察資料が、手先レベルにすぎない、蓮池薫資料まで全面公開されるとは、考えにくい。 この説に、裏が採れないことは、まことに残念でならない。


▼   蓮池薫は北朝鮮の工作員だった、という衝撃的な『週刊現代』のスクープは、やはり哲学的な意味において、徹底的に是認され、肯定され、承認されなければならないだろう。 それは、彼が、「本当に」拉致実行犯だった、という意味でではない。 


▼   それは、蓮池薫の帰還という事実を、蓮池薫の存命によって「失われてしまった可能性」とともに理解することであり、彼が北朝鮮で生きぬいたことそのことによって、「失われてしまった何か」に思いを馳せながら、理解することなのだ。 


▼   そして蓮池薫は、このことについて、何も恥じることはないだろう。 我々は生き残るために、今も、生物を犠牲にして、ひどい場合、命さえ奪っている。 かれは、たかだか、その犠牲の領域に、「同胞の日本人」を何らかの形で加えたにすぎない。 そう。 山本懸藏を亡命先のソ連で密告した、野坂参三・日本共産党元名誉議長と同様の、どこにでもある、ありふれた出来事にすぎないのだ………


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Last updated  Feb 23, 2007 07:14:23 PM
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Nov 7, 2006
カテゴリ:政治
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▼  講談社現代新書は、最近、まったく読まなくなった。 以前は、あの鮮やかでカラフルな装丁に騙されて、「くそう、ツマンナイ!」と、ずいぶん泣きをみたもんだ。 今思いかえしてみても、講談社現代新書で感動した本は、1冊もない。 最低でも、100冊は読んだはずなのに … 一番面白かったものの一つが、『動物化するポストモダン』だったことに、あらためて驚いてしまう。


▼  今の「お手軽な新書」路線の走りは、どう控えめに見ても、講談社現代新書だろう。 新潮新書、ソフトバンク新書……そういえば、昔、有斐閣新書というものもあったけど、今も続いているのかな、そのレーベル。 


▼  そんな、内容の薄い、「お手軽な知の入門書」の走り、講談社現代新書だけあって、この書も実につまんなかった。 黒野耐の前作、『参謀本部と陸軍大学校』や、『日本を滅ぼした国防方針』とかを読んでいて、それなりに面白かったので、期待してしまったのが、敗因かもしれない。 しくじった。 本当に残念でならない。


▼  陸軍三大改革として、桂太郎、宇垣一成、石原莞爾の改革があげられる。 本書は、なぜ桂太郎の改革のみが成功して、宇垣・石原莞爾の改革が失敗したのかを問うのだ。 とりあえず、目次だけは示しておきたい。

 第1章 陸軍の創設
   治安維持軍の建設
   山県の陸軍掌握と国防軍への脱皮
 第2章 桂太郎の陸軍改革―明治期の改革
   対立する国防像
   陸軍改革の始動
   第一の衝突―統合参謀本部をめぐる攻防
   第二の衝突―陸軍紛議
   最後の衝突―月曜会事件
   陸軍改革の完成
 第3章 宇垣一成の軍制改革―大正期の改革
   第一次世界大戦の衝撃
   軍制改革への反動
   軍制改革の断行と衝突
   軍制改革の頓挫
 第4章 石原莞爾の参謀本部改革―昭和期の改革
   陸軍内の革新運動
   革新という名の保革対立
   陸軍による政治支配
   石原莞爾の改革と挫折



▼  陸軍は、大村益次郎が設立するんだけど、当初、志願兵制の意見が強かった。 これを山県有朋は、ドイツ・フランスを参考にしながら、徴兵制度を採用する。 これは、西南戦争において、士族中心だった西郷軍に勝利することで、先見の明が明らかになった。 とはいえ、山県は、「権力掌握の牙城」として陸軍をつかい、政党勢力が統帥権を掌握することを防ぐため、参謀本部を設置して、天皇の下に直属させる。 内務省・司法省・枢密院・陸軍を横断して、山県自ら政・官・軍に権力を確立することで、分断した「政治」と「軍事」の隙間を埋めるものの、後の日本を破滅に導く遠因になる。


▼  清国との対立が高まる中で、この山県のあとを受けて陸軍を変革したのが、桂太郎であるという。 専守防御ではなくて、機動的防御ないし外征。 鎮台制から師団制。 フランス式からドイツ式。 学識あるもの、官吏、戸主なども徴兵の対象に加え、厳格なドイツ式皆兵主義としたのも、桂改革であるという。 欧州留学組で、近代教育を受けてきた、軍政の桂、軍令の川上操六、教育の児玉でタッグを組ませ、三浦・谷といった守旧派が、権力闘争においても、非主流派に属していたこともあって、排除に成功したらしい。  成功の要因は、3点あるという。

 A  改革勢力の国防ビジョンのほうが、「開国進取」だったこと
 B  改革側に体系的・具体的施策を準備していたこと
 C  権力闘争にも勝つ陣容だったこと(大山・山県・西郷[従])


ただ、統合参謀本部案は、三浦の本部長就任を防ぐという、山県の陸軍掌握の都合によって、一度は実施されたものの廃止されてしまう。 戦略の統一さえ、達成できない、昭和の陸海軍対立の遠因になる。 


▼  宇垣軍制改革は、第一次大戦の総力戦の衝撃を受けて始められるが、短期決戦から総力戦への転換、軍隊数を削減して火力の増強という、改革ビジョンを実現できないまま終わってしまう。 それは、ポテンシャルがない日本の現実に直面し、「総力戦を戦うことに反対」する日露戦争型短期決戦主義派が、参謀本部を中心に台頭してしまったから、とされる。 精鋭主義と精神力主義で補うとする、上原勇作・荒木貞夫らの守旧派の勝利。 そこに筆者は、総理への野望を隠さない、宇垣一成の剛毅不屈というよりも傲慢な性格が、緊縮財政のためだけの体系的ではない軍縮、政府・与党と連絡を密にしないがため共有されないビジョン、というマイナスをまねいたことを見出そうとする。 宇垣には、衆知を糾合して改革をおこなう、リーダーの素質がない。 大命降下の際、陸軍にソッポを向かれる遠因、と結論づける。


▼  石原莞爾の改革とは、実際には「皇道派(保守派)VS統制派(改革派)」のことを指すらしい。 緊縮財政のみで、空手形になった宇垣軍制改革。 宇垣改革を葬った陸軍は、皇道派と統制派に陸軍は分裂してしまう。 満州事変以降、陸軍は国内でクーデターをやるかわりに、海外でクーデターを断行する形で、国内体制転換を図ってゆく。 総力戦・長期持久戦・国家総動員体制の確立を痛感する故・永田鉄山の衣鉢をつぐ統制派は、「2・26事件」以降、反乱鎮圧を担った功労者顔で、山県が陸軍を掌握するために作った統帥権独立と幕僚制度を利用して、陸軍中心とした政治支配にのりだした。梅津陸軍次官を中心として行われた、軍部大臣現役武官制、軍務局から兵務局の独立、陸相権限の強化。 石原莞爾は、この流れにのって参謀本部に入るものの、戦争指導の中核がないことに気づき、省部横断体制で改革に乗りだす。 だが、「国防方針(国策の基準)」は、陸海対立で「北守南進」「北進南守」を決めることすらできない。 そこで、「国防国策大綱」によって転覆を図り、「重要産業五カ年計画」などを策定したものの、板垣陸相実現をめぐって、梅津次官(板垣の先輩)と対立してしまう。 石原は、参謀本部を追い出された。 国防計画の体系と内容というソフトウェアと、参謀本部の組織改革というハードウェアの改革は、空中分解してしまった。 教訓としては、首脳が本気で改革する気はないのに、中堅幕僚がやろうとすることに無理があったという。


▼  たしかに、読みやすいし、面白い部分も多い。 省部横断体制で下克上を図った石原の改革が、武藤・田中の省部横断の提携で潰された箇所とかは、「回る因果は風車」の趣があって、企業経営者の教訓などには、使えるかもしれない。 陸軍のみの改革では、失敗する。 大きな計画をおこなうには、明確な目標と、体系的・具体的な計画を準備して、計画を支持するスタッフと支持者(とくに首脳部の了解)をとりなさい。 社員を教訓するための素材には、うってつけなのかもしれない。 あと朝礼のときの挨拶か。


▼  とはいえ、細部は問題が多すぎるだろう。 たとえば、平時には全力で産業振興をおこない、戦時には全国力で戦う、「産業立国主義」(犬養毅)が退けられたから、軍備削減も近代化も果たせなかったし、戦後不況も長引いたというのは、いったい何を根拠にしているのか、さっぱり理解できない。 1920年代の経済史の知見からみれば、ほとんど噴飯ものの意見といえよう。 さらに、桂改革を高く評価して、宇垣改革を批判するのも、まったく意味不明である。 そもそも、山県の庇護の下、進められた改革なら、それは「桂改革」ではなくて、「山県改革」ではないのか。 どうみても、桂は山県の使い走りにすぎないではないか、という疑念が、読みながらぬぐえない。 


▼  最後の石原改革にいたっては、そもそも改革の名に値するのかすら、不明であろう。 国防計画と参謀本部組織の改革は、直接的には、総力戦・長期持久戦・国家総動員体制という統制派の目指したものと、まったく結びついていない。 本来介在しなければならない、企画院や商工省が抜け落ちているから、ただの陸軍内の権力闘争の次元で終わってしまう。 これで結論が「中堅幕僚だけ…」なんていわれても、そりゃ枠組が、最初から陸軍内では、そんな結論が出るのは当然だろう、としかいいようがない。 「総力戦体制」なんて、お題目は、いつのまにか消えてしまっている。   


▼  うーむ、講談社現代新書は、中公・岩波・ちくまの「新・御三家」に比べるとひどいねえ、と言うのが感想だったりする。 やっぱり、昔のカラフルな表紙に戻した方がいいんでないかい、と心底思うのであった。


▼  安いけど、図書館で借りて読むのがお勧め、てな感じ。


評価  ★★☆
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Last updated  Jan 17, 2007 08:06:36 PM
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Sep 1, 2006
カテゴリ:政治
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▼   かつて、週刊『自由民主』誌上に、「気骨ある政治家たち-翼賛体制に立ち向かった37人」と題されて連載されていたものが、増補の上、一冊の本にまとめられ、朝日選書から出版されました。戦時の一時期、同交会(1941年11月~1942年5月)に結集した、議会政治家たちの戦い。それが、伝記という趣で収録されていて、なかなか楽しめるものになっています。


▼   その内容は、25回連続当選を果たした「憲政の神様」尾崎行雄を初めとして、田川大吉郎、植原悦二郎、鈴木文治、岡崎憲、大野伴睦、星島二郎、世耕弘一(あの自民党世耕弘成の祖父)、坂東幸太郎、岡崎久次郎、本田弥一郎、福田関次郎、北 日令(れい)吉(戦後鳩山内閣の幻の司法大臣)、宮脇長吉、原口初太郎、名川侃市、一松定吉、芦田均、安藤正純、片山哲、若宮貞夫、鳩山一郎(首相:鳩山由紀夫元代表の祖父)、石坂豊一、川崎克(川崎二郎厚生労働相の祖父)、百瀬渡、丸山弁三郎、大石倫治(大石武一環境庁長官の父)、「ネズミの殿様」斉藤隆夫、芦田均、林譲治、服部岩吉、森幸太郎、板谷順助、松尾孝之、牧山耕蔵、田中亮一、木檜三四郎、工藤鉄男。総揃37名全員の伝記。 これに、大政翼賛会から、「戦後民主化」「保守合同」と歴史トピックの解説をはさみながら、「同交会」結成には加わらなかったキーパーソン、河野一郎(河野洋平衆議院議長の父)、三木武吉、松木弘たちの伝を交え、重層的に戦中・戦後の政界を描き出そうとするもの。


▼  とかく多彩な人士である。松尾芭蕉の俳聖堂建設をおこなった川崎克は、文学から書画茶陶芸にまでおよぶ、文人政治家としてしられ、その人物伝を江戸川乱歩が執筆していたらしい。斉藤隆夫「除名決議」のとき、官僚出身で同じ選挙区(定数3)から選ばれていた政治家、若宮貞夫は、斉藤隆夫のような立派な政治家を議会に戻すために、自ら議員辞任をおこない、さっそく「補欠選挙」に持ちこもうとしたいう。初当選直後でありながら、軍部への内田外相の弱腰対応を批判した、政友会代議士芦田均(京都3)は、戦後、河野一郎への反発から、鳩山自由党ではなく、進歩党を結成したのだとか。牧山耕蔵は、米内光政の人格・識見に感服して、東郷平八郎元帥に直談判、予備役編入(1928年)を未然に阻止したという。検事や裁判官出身者(一松、名川)、実業家(岡崎、本田、福田)。森・服部が戦後滋賀戦争をおこなうかとおもえば、東京1区と同選挙区でありながら、終生、兄弟のような仲であった、安藤正純と鳩山一郎。同交会に集った社会主義者たちは、戦後は社会党から出馬する田川大吉郎を含め、敬虔なキリスト教徒たちであったことは、社会党・無産運動の右派に、キリスト教徒が集まっていたことを考えると、なかなか面白い。


▼  また、いずれも、きわめてリベラルな政治思想の持ち主であったのが嬉しい。坂東幸太郎は、「婦人参政権論者」。また、目白の広大な屋敷地を次々と売りはらった「井戸塀政治家」でしられる星島二郎も、「普通選挙」「婦人参政権」「公娼廃止」をとなえただけではなく、普選決定時に激しく治安維持法反対をとなえた代議士だったという。戦後岸内閣(最高裁長官の田中耕太郎も含め、『3権の長』全員が、旧制岡山中学出身者)の下、「警職法」強行採決の責任をとって、衆議院議長を辞任させられたのは、何の因果か。 植原悦治郎にいたっては、その急進的デモクラットぶりは、日本国憲法の源流。国民主権をとなえ「民本主義」吉野作造と対決。軍部大臣現役武官制廃止、枢密院改制、陪審制導入、知事・町村長民選………そのいずれも戦後になって実現したことには驚く他はない。戦後は、内務大臣に就任して憲法改正案に副署したものの、日本国憲法には不満を抱いていた。その理由は、現代の改憲派主流の迷妄である「押し付け憲法」論について、「陛下の詔書と、貴衆両院の絶対多数で可決された以上、民意である」とばっさり切り捨てた挙げ句、以下のようにのべる。

  • 軍備をもたないと国連加盟後の義務も果たせない
  • 衆参が同じ直接選挙では重複してしまう
  • 地方自治はいいが、財源がない
  • 実際は改憲不可能になってしまう

首肯すべき点の多い、リベラルの鏡ともいえる議論ではないだろうか。


▼  総じて感じさせるのは、国民的世論にも支えられた、「軍部・ファシズム・独裁」といった特色をもつ政治勢力に立ち向かうには、政治家個人の思想信条も大事ながら、選挙区民の政治家に対する圧倒的信頼が欠かせないことかもしれない。戦前、現役軍人に選挙権はなかった、のだから、ある意味当然だろう。とかく、斉藤隆夫といい、尾崎行雄といい、「木堂宗」「世耕宗」「愕堂宗」と呼ばれた、利益誘導に目もくれない、政治家に惚れた選挙区民たちが、「翼賛選挙」―――最悪の官憲による選挙介入、たとえば「尾崎行雄不敬事件」で知られる―――でさえ弾き返して、かれらを国会へと送り出した。この政治家への厚い支持が、また、政治家の所信を貫徹させる。芭蕉の「俳聖堂」の完成は、なんと戦時下42年9月のことなのだ。


▼  翼賛選挙では、「政友会鳩山派」を中心とした大政翼賛会に参加しなかった「同交会」の連中は、次々と落選してしまう。斉藤隆夫「いたずらに聖戦の美名に隠れ」で知られる『反軍演説』のための除名決議は、大政翼賛会体制を生むが、このとき144名の棄権者、7名の反対者の内、4名が同交会に属していた。その4名とは、芦田均、名川侃市、丸山弁三郎に、鉄道マニアならおなじみの名前、宮脇長吉(陸士卒将校、三土忠造の実兄)だったという。その宮脇長吉を翼賛選挙で落選させてしまうのが、何あろう、東京選挙区から移ってきた三木武吉だという。なにか因縁を感じさせます。それでも、戦後衆議院選挙で次々と復活して、戦後保守政治に参画する。
 

▼  むしろ本書の白眉は、片山内閣評価にあるのかもしれない。「左派の造反」で潰された経緯。加えて、左派主導だった社会党の『党史』においては、「大衆が離反」と低評価しか与えられていない片山内閣に、筆者が高評価を与えているのは、たいへん面白い。旧内務省改革、警察民主化、労働省の設置、公務員を「全体への奉仕者」とした国家公務員法制定、改正民法………ため息が出るほどの民主化推進内閣である。吉田内閣がGHQに対してサボタージュを繰り返したのに対して、積極的担い手であったことが強調され、かなり刺激を受ける。片山本人も「やることはやった」と言っていたという。われわれは、ついつい東条英機や吉田茂に目を奪われてしまいがちなだけに、かつての大戦を考える上でも、時宜を得た、大きな価値がある書物といえるでしょう。


▼  ただ、全体として眺めると、「トリビアの泉」的な部分を除けば、生ぬるくて、辟易させられるのも事実。そもそも、総動員体制下における1エポックにすぎない「同交会」だけが採りあげられるのは何故なのか。まったく不明になってしまっている。そもそも、「同交会」だけが、大政翼賛会体制に抵抗していたわけではない。興亜議員連盟や、1942年翼賛選挙における「非推薦」で当選してきた85名が触れられていないのは、あまりにも片手落ちで、抵抗の全体的イメージがうまく結びついてくれない。また、無産運動によって選ばれた政治家、たとえば、西尾末広・賀川豊彦・安部磯雄・松本治一郎・水谷長三郎といった「無産運動右派=社民(社会民衆党)系」を中心とする代議士たちは、どこにも伝がのせられていない。わずかに、「同交会」に加入していたというだけで、片山哲と鈴木文治(友愛会:東6)、岡崎憲が触れられるにすぎない。これでは、とても、包括的・体系的・分析的なものとはいえない。


▼  なによりも許せないのは、「同交会」は「自民党の源流」とは言いがたいことが隠蔽されていて、単なるプロパガンダに堕してしまっている点にある。この2つについて、無理やり「継続性」なる意味をあたえて、結び付けようとしたため、どちらもかなり中途半端なものになってしまっているのだ。 


▼  なるほど、「同交会」の末裔たちは、自由党を結成して、自民党に流れ着いたかもしれない。しかし、そこで彼らはなんと呼ばれていたか。「党人派」ではなかったか。保守本流3派は佐藤・池田・岸であって、決して「同交会」の連中ではない。自民党の中心は、大政翼賛会=国家総動員体制において、官僚主導の統制経済を運営した人間「官僚派」によって担われたのであって、「同交会」の流れをくむ党人派の代議士たちの出番は、脇役以外少なかった。それは、社会党についても、いうことができる。戦後出発した社会党は、無産運動三派合同によって、労働運動の統一の輿望をにない誕生するものの、片山・西尾・安部といった大政翼賛会に抗した連中は、西尾統制問題を契機として、日労・日無といった中間派・左派によって、党外に追放される(民社党結成)。いうなれば「同交会」が、自民党の源流にも、社会党の源流にもなれなかったからこそ、今の政治はかくも貧困なのではないのか?と、皮肉の一つでも、筆者にいってやりたくなってしまう。「同交会」と「自民党の源流」、どちらも描ききれていない上に、その関係については、こんな体たらくでは、生ぬるいとしか言いようがない。


▼  こんな自民党へのオベッカ、阿諛追従のような本を書くくらいなら、大政翼賛会に協力・旗振り役をつとめた、前田米蔵や大麻唯男、日労系の三輪寿荘・麻生久、それに赤松克麿たちの内面を、きっちり「同情」をこめて描いてくれた方が、どれほど面白かっただろうか。鳩山にしても「お坊ちゃまの『気骨』」をたたえる前に、文相時代のことも書く必要があるだろうに。書き直しをしてほしいくらいである。


▼  という訳で、かなり評価は厳しくなってしまった。もし、図書館で手にとることがあれば、上記の点に留意しつつご閲覧アレ、といった所かも知れない。



評価  ★★★
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Last updated  Oct 11, 2006 06:41:36 PM
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Aug 6, 2006
カテゴリ:政治


▼  ネット史料として、毎日新聞にのった、保阪正康の議論をあげておきます。アホなことをいう奴のブログ・掲示板には、コピペして貼ってあげてください。なお秦郁彦氏の論説はこちらにあります。


● 宮司の歴史観に怒り 保阪 正康 (作家)

健康に不安をもった天皇の「公式」発言
A級戦犯合祀への不満を追認するもの


  富田朝彦元宮内庁長官の在任時のメモが発見され、そこには昭和天皇の靖国神社への不満が直截に語られていることが明らかになった。各メディアでもこの富田メモについて多様な視点から論じられているが、しかし何かが欠けているとの感が否めない。 

  このメモの靖国神社についての部分は字数にしてわずか125字程度だが、きわめて歴史的な意味をもっている。昭和天皇の個人的直話が明らかにされるのは逝去後の「昭和天皇独白録」以来のことと思われるが、今回のこの直話はいささかの推測を重ねれば、昭和天皇自身が自らの健康に不安をもち、これだけは語っておきたいとの強い意志があったことが窺われるのである。しかも昭和天皇は側近に対してもその職務に応じて、話す内容を変えるのだが、宮内庁長官にその意思を伝えたことはこれは公式のものであり、いずれ明らかになったとしてもかまわないという考えがあったとさえ思える。

  一部の論者がこの富田メモについて、その信憑性を疑っているが、この125字が伝えている歴史的事実を検証すると、そういう疑い自体があまりにも史実に鈍感だということがわかる。私の見るところ、この富田メモが伝えている内容はすでに知られていることであり、ただひとつ欠けていたのは、昭和天皇自身のそれを裏づける史料があるかないかということだった。今回のこのメモはすでに語られていることが追認されたとの意味をもっている。

  昭和天皇は1975年11月に靖国神社の参拝に赴いてから以後は一度も足をはこんでいない。松平永芳が靖国神社の宮司に就任して、すぐにA級戦犯を合祀したのは、78年の例大祭の折である。昭和天皇が靖国神社参拝に行かなくなったのはこのことに不快感をもっていたからだと考えられてきた

  そのことを侍従(その後、侍従長)でもあった徳川義寛氏が、「侍従長の遺言」(97年刊)で裏づけた。昭和62(1987)年8月15日の御製として「この年の この日にもまた 靖国の みやしろのことに うれいはふかし」があるが、これは合祀への不満、それに伴う混乱を憂えていたと書いている。

  さらにこの富田メモでの昭和天皇の怒りは松平宮司の歴史観にもあるように思う。というのは、松平氏は戦犯合祀について宮司職をはなれたあとにある講演で、日本の戦争状態は1952年4月28日までのアメリカを中心とする連合国の占領下でも続いていたと自身の歴史観を披露した。したがってこの間のA級戦犯の死者は(絞首刑の7人以外の7人)も戦死扱いだというのだ。東京裁判は戦時下の不当な軍事裁判ということになる。この歪んだ戦争間に、昭和天皇は怒りをもっていたことがわかる。それが「松平(注・永芳氏の父慶民氏。天皇側近)は 平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている」という表現である。

  さらに最後の「それが私の心だ」は、天皇の怒りは頂点に達しているとの意味である。私はこの最後に記されている7文字を読みながら、天皇が2・26事件時の本庄繁侍従武官長を叱りつけた強い表現をなんども思い浮かべた。




▼  瑣末な出来事にこだわって、描き出す全体像がかなり陳腐だなあ、という印象を保阪正康氏の昭和史に関する著作を読むたびに感じていたのですが、今回はかなりまともな歴史研究者の一員という感じです。おいらは、靖国神社・国立追悼施設に反対どころか、「死者を追悼することさえ必要ない」「悲しむな、死は必然なのだ」な~んて考えている人間ですが、そこに安らぎを感じる方々を本格的に批判したいとは思わない。肉親の死のつらさが分からない人間ではいたくない。私には資格がない。ただ、それをテコにして、メモはニセモノだ~って、根拠も乏しく逆ギレされてもなあ………。それは違うだろう、と思うんですよ。


▼  描き出す全体像がでかいだけの研究者は、このような時にはお呼びではないのかもしれません。


保阪正康氏



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Last updated  Sep 20, 2006 09:46:29 PM
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