図書館で『空港時光』という本を、手にしたのです。
おお 温又柔の短編小説ではないか。日本―台湾の間で出国、帰国を繰り返す台湾系ニホン語人作家の飛翔作とのこと・・・面白そうである。
【空港時光】
温又柔著、河出書房新社、2018年刊
<「BOOK」データベース>より
「出発」「日本人のようなもの」「あの子は特別」「異境の台湾人」「親孝行」「可能性」「息子」「鳳梨酥」「百点満点」「到着」…最注目の気鋭が描く、10の物語!エッセイ「音の彼方へ」併録。台湾系ニホン語人作家の飛翔作。
<読む前の大使寸評>
おお 温又柔の短編小説ではないか。日本―台湾の間で出国、帰国を繰り返す台湾系ニホン語人作家の飛翔作とのこと・・・面白そうである。
rakuten空港時光 |
冒頭の「出発」の手続きを、見てみましょう。
p6~8
<出発>
IMMIGRATION
出国
DEPARTED
入国審査官―日本国
HANEDA A.P
12 MAR. 2002
真新しいパスポートの一頁に、出国スタンプの判が捺された。ついに、出発だ。大祐(だいすけ)の興奮は募る。搭乗券に印字された搭乗口は「G 05」。Gに続く「0
」を、アルファベットの「O」と一瞬みまちがえる。「Go」と「5」で、ゴーゴーか。大祐は可笑しくなる。
搭乗時刻まではあと半時間ほど余裕があった。あたりを見渡せば、名だたるブランド店が連なっている。子どもの頃に祖母や大叔母に連れられておとずれた百貨店の風景ににていると大祐は思う。ちがうのは、そこらじゅうに「免税 duty-free」という文字が躍っているということ。そして、天井まであるガラス窓一枚隔てたむこうには、滑走路が広がっていること。
雲一つない、よく晴れた空にむかって離陸する飛行機が見える。空を斜めによぎりながら遠ざかってゆくその姿を目で追っていたら声がよみがえる。
・・・あたし、飛行機は自分が乗る日にだけ飛ぶと思ってたんだ。
かのじょとは、大学一年生のとき、中国語のクラスで知り合った。初回の授業で、就職に役立てたい、とか、三国志演義が好きだから、とか、漢字なら何とか読めそうなので、などいったことを第二外国語に中国語を選んだ理由としてクラスメートたちは答えていた。大祐も自分の番がまわってくるまでに何かそれらしいことを言わなければと思い、あまり深く考えずに、ジャッキー・チェンが好きだから、と答えた。
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「音の彼方へ」で再入国の手続きを見てみましょう。
p138~140
<台湾(中国)>
私の国籍。私という個人が属していることになっている国家の名称。それについて考えるとき、私は揺れる。ボールペンを置き、傍らのパスポートを手にとる。私とパスポートの付き合いは長い。考えてみれば三十年近くの歴史がある。三歳になるかならないかの頃からずっと、パスポートは私の身分を証明してきた。私が温又柔であると保証していた。ほかでもない私自身が、お名前は? と訊かれて、オンユウジュウです、と答えることができなかった時期から。
それ以来、一度も途切れることなくパスポートを更新し続けてきた。数えたことはないけれど通算十数冊目であるはずの私のパスポートの表紙には「中華民國 REPUBLIC OF CHINA」と金色の文字が記されている。真ん中あたり(日本のパスポートなら菊の紋章に該当する位置)には、太陽の形のマークが描かれてある。
これは中国国民党の党章を基本とした「中華民國」の「国章」だそう。国章の下側には「TAIWAN護照PASSPORT」とある。以前は「TAIWAN」の表記はなかった。それが記されるようになってからまだ十年も経っていない。
(中略)
中華民国(=台湾)外務省の発行したパスポート。表紙に「REPUBLIC OF CHINA」と「TAIWAN」が同時に並ぶパスポート。台湾(=中華民国)じたいが、「中国(CHINA)」と「台湾(TAIWAN)」の間で揺らいでいる。
「再入国記録」の国籍蘭には、「Nationality as shown on passport」という英文が添えられている。ただ「国籍」というのであれば「Nationality」だけでいいはずだ。何故「as shown on passport」と続くのだろう。パスポートを持たない人は、どうすればよいのだろう。もちろんそんなことはありえない。「再入国記録」の記入は、(渡航先がどこであろうと)日本からの出国を前提とした行為なのだ。そして、出国には、パスポートの掲示が不可欠なのである。
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